ムエナif もしもあの子と付き合っていたら~世界一可愛い推しは、世界一可愛い彼女~

「? どうしたの? 入って入ってー」


「あ、うん。……お、お邪魔しま~す」


「あはは。緊張し過ぎじゃない?」


「いやいやいや。するでしょ、それは。しない方がおかしいって」


「なんで?」


「なんでって、だって、……推しの家に来ちゃったんだよ?」


「ぶっぶー」


「え」


「はずれ」


「はずれ?」


「うん。ここは推しの家じゃなくて、彼女の家だよ。ね? アズ君」


「──ッ!!!!!!!」


 それはそれで意識しちゃうというか!!

 な、え、なん!? そんな笑顔で言われたら、──くっ、まだだ。まだダメだ。我慢しろ俺。いくらエナが可愛いからって家に上がった瞬間に抱きしめたりしたら、ただの節操なしじゃないか!!

 せっかくエナが家に招待してくれたんだ。そんなにがっついちゃいけない!!

 我慢だ。鉄の意思で我慢して、まずはこうのんびり過ごしつつ、少しずつ雰囲気を盛り上げていって……ってぇ!?


「エ、エナ!?」


「えへへ~」


「あ、ああ、あのその!?!?!?」


「どーしたの?」


「ど、どうしたって──ッ!!」


 だ、だって、エナが抱き着いて来てって、ええ──ッ!?

 まだ玄関で靴を脱いだところですが!?


「アズ君の匂いだぁ」


「──ッ!!」


 我慢?

 知るかそんなもん。

 エナが抱き着いて来てるんだぞ!?


「ぎゅ~」


「……っ」


「……ん~」


「──ッ」


 抱きしめ返した途端にめっちゃ甘えてくる。あ~、……可愛すぎる。

 ただただ可愛い。どうしよう。俺の推しは彼女で世界一可愛いんだけど。


「エナ」


「ん~?」


「こっち見て」


「なぁにぃ?」


 くっ、この甘々ボイス。

 公式販売ボイスの比じゃない……っ!!

 もっと幸せで、むずむずして、照れ臭くて、嬉しくて、……そして愛おしい。


「……」


「……ぁ」


 だから、もう止まらない。

 まだ玄関口だろうが何だろうが知ったことじゃない。

 だってこんなに可愛いんだぞ!?

 そりゃキスぐらいしたくなるだろう!?


「……エナ?」


「それは、まだダメ」


「え」


 なぜ!?

 なんでそんなことを言うんだ!!

 というか、そんなこと言われても無理なんだが!?


「アタシもしたいけど、今キスしちゃったら我慢できなくなっちゃうから、……ね?」


「いや、俺はもうすでに我慢できないんだけど」


「あはは。……ごめん。アタシが我慢できなくて抱き着いちゃったから」


「エナ」


「ダ~メ」


「ちょっとだけ」


「ダメ~」


「なんでさ」


「だって、今日は他にやることあるでしょ」


「少しぐらいなら大丈夫だって」


「ダメ」


「なんで」


「だって、しちゃったら我慢できないもん。ずっとイチャイチャしてたくなっちゃう」


「……俺は、してたい。正直。エナが可愛い過ぎるから」


「え~。ダメだよ、アズ君。そんなこと言われたら嬉しくなっちゃう」


「エナ」


「ダメだってばぁ」


 と、言いつつ抱きしめなおした俺の背中に回った手が背中を撫でまわしてくる。


「エナ」


「えへへぇ~」


 耳元で囁くように呼べば蕩けた笑みが返って来る。


「アズ君はASMRしちゃダメだよねぇ」


「なんで?」


「ガチ恋勢が増えちゃうよ」


「……ダメなの? それ」


「ん~、ダメじゃないけど、……なんかヤダ」


「俺が好きなのはエナなのに?」


「ん~……、ズルいよぉ、そういう言い方ぁ」


「だって、本当のことだし」


「ん~~~~~っ」


「ちょ、エナ!?」


「これ以上はもうダメェ。本当に我慢できなくなっちゃう」


「ダメか……」


「そんなにガッカリしないでよ」


「するって」


「も~。やることやったら、ね?」


「は~い……」


「めちゃくちゃ不満そう……」


そりゃぁ、ねぇ。あそこまでされておあずけはそうなるでしょ。


「アタシだって我慢してるんだからね」


「うわ、顔真っ赤」


「言うな!」


「あはは。つい」


「笑うな! 洗面所そっちだから! 手洗ってきて!!」


「ちょ、カバンぐらい置かせてよ」


「い~い~か~ら~」


「わかったわかった。わかったから押さないで」


「は~や~く~」


「わかったってば!」


「むん」


 最後によくわからない気合いと共に洗面所に押し込められた俺は、おとなしく手を洗う。


「……」


 いや、ね?

 見ちゃいけないってのはわかるんだけど、どうしたって見ちゃうよね。

 始めて来た彼女の家だし、推しの家だし。

 全然いやらしい意味じゃなくて! 興味というか、へぇ~って感じ。


「あんまりジロジロ見ないでね」


「うわ!?」


 テ、テレパシー……?


「アタシも手を洗いに来た」


「そ、そっか」


 あー、びっくりした。


「荷物はテキトーに置いていいから」


「わかったー」


 と、返事をしつつ部屋の中を見渡す。

 あー、なんかエナ、というか鳳仙花ムエナのイメージそのまんまな部屋だ。

 白を基調にした明るい部屋は、きれいに片付いていて、ところどころに見える生活感がなんだか安心する。

 小物や家具なんかも俺の部屋にあるようなものとは違い、女性らしさを感じるデザインだ。


「も~、ジロジロ見ないでって言ったのに」


「いい部屋だったから、ついね」


「恥ずかしいでしょ~」


「あ、そうだ。これ」


「?」


「お土産」


「え~、わざわざいいのに。わ、これ美味しいやつだ」


「リスナーさんが教えてくれてさ。せっかくだから買ってきた」


「ありがとー。あとで食べよう」


「そうだね。さっさとやることやっちゃおうか」


「あはは。お願いします」


「俺もそんなに詳しいわけじゃないんだけどね」


「でも、アタシより詳しいでしょ? パソコンの設定とか全然わかんないよ」


「そんなに難しくも無いと思うよ。……これ? 新しいパソコン」


「うん! 箱からは出した!」


「よし。じゃあ、設定しちゃおうか」


「おー! って、基本アズ君にお任せするけど。あはは」


「その分、この後のご飯を期待してる」


「ウーバーイーツでいい?」


「帰るか」


「嘘嘘冗談!! ちゃんと作るってば! 準備もしてあるんだから」


「ん。楽しみにしてる」


「じゃあ、お願いします」


「いえいえ。こちらこそ」


 これこそが今日エナの家に呼ばれた本当の理由。

 どうにも最近配信用のパソコンの調子が悪いみたいで、この間新しいのを買ったとのことだ。けど、配線やら設定やらを自分ひとりでやる自信がないとのことで、俺が呼ばれたってわけだ。

 ……ぶっちゃけ、そんなの口実で実は俺を家に呼びたかっただけじゃないか、とか思ったんだけど、部屋に真新しいパソコンが鎮座してるのを見て、そうじゃなかったんだなって。


「うわ、人のパソコン触るのってちょっと怖いな」


「壊したら弁償ね」


「怖いこと言わないでよ。……ちなみに新しいパソコンっていくらしたの?」


「んー? 50万円ぐらい?」


「たっか」


 さすがはトップVTuber!

 俺のパソコンの倍以上の値段じゃん。というか値段なんて聞くんじゃなかった……。なんだか無駄にプレッシャーが……。


「じ~……」


「や、そんなじっと見られても……」


 余計にプレッシャーかかるからやめて欲しいんだが……。


「いいからいいから」


「何が」


「まあまあ、いいからいいから。アズ君は作業を続けて」


「わかったけど……」


「じ~……」


 ──いや、見すぎッ!!

 ああでも、緊張するからどっか行けなんて言えないし……。しょうがない。気にせず続けるか。


「……」


「……」


「……」


「……」


 よしよし、いいペースだ。

 配線自体はすぐ終わるから、後はデータの移行と諸々の設定か。さすがにOBSの設定とかはエナに自分でやってもらわないとなぁ。普段どんな設定で配信してるのかなんて知らないし。


「アズ君ってさ」


「何?」


「指きれいだよねー」


「……あの」


「わ。でもやっぱり関節はボコってしてる」


「あの、エナ?」


「ん? 何?」


「いや、何? じゃなくて。作業出来ないんだけど……」


 いい感じで集中してたら、突然彼女に手を握られたっていうか、指を触られている。


「まあまあ」


「いや、まあまあ、じゃなくて」


「まあまあまあまあ」


「これ、エナのパソコンでしょ? 設定しないと配信出来ないでしょ?」


「終わんなかったら事務所で配信させてもらうから」


「いやいやいや」


「じゃあ、アズ君の家でさせてくれる?」


「炎上するからダメ!!」


「あはは。冗談冗談」


「で、どうしたの?」


「んー、なんて言うかサクサク進めてるから」


「……いいことでは?」


「もうちょっと作業してるとこ見てたい」


「なぜ」


「えー、なんかいいなぁって思って。彼氏がアタシのためにやってくれてるの」


「終わらないよ?」


「そうしたらまた来てもらうから」


「来ていいならいつでも来るけど」


「むふふー」


「え、今度は何?」


「いつでも来てくれるの?」


「来ていいなら」


「じゃあさ。……一緒に住も?」


「……すぅーーーーー」


「なんで深呼吸?」


「落ち着くため。押し倒しそうになった」


「えー、……ダメだよぉ」


「じゃあ、指離して」


「ヤダ」


「エナぁ」


「あはは。変な声」


「俺はどうすればいいのさ」


「んー、……とりあえずベッドはあっち、かな?」


 あー、うん。はい。

 ということで、作業は一時中断。まずは何と言うか、俺の可愛い彼女をたっぷり愛するとしましょう。


「……えっち」


「エナだって」


「えへ」

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社畜営業がVTuberに転生したら ~社畜時代に培ったトークスキル。それとゲームセンスで成り上がる!?~ 藤宮カズキ @fujimiyakazuki

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