第88話 二足の草鞋を履いてると、体も2つ欲しくなる

 無限に~仕事が~湧いてくる~♪

 なんて愉快に歌える状況じゃ全然ないんだけどね。

 俺が今任されてるのは、客先・社内含めた諸々の確認と調整、交渉に折衝。いわゆるタスク管理やプロジェクト管理と呼ばれるものの一部だ。

 ていうか、この量を通常の業務もある中で優梨愛さんに振ってたとか、アホ過ぎない?

 どう考えたって回るわけないじゃん。

 圧倒的に業務量に対して人手が足りてない。そりゃ、優梨愛さんがああなるのも理解できるし、俺が尋常じゃなく仕事に追われているのも納得だ。


「次のミーティングっていつからだ?」


「次は1時間後です」


「わかった」


 言いつつメールを打つ傍らでどこかへと電話をかける優梨愛さん。

 パッと見は出来る社会人といった感じだが、この人も俺以上に仕事に追われている。

 今は本当に仕事しかしていないんじゃないかと思うぐらい、いつでも仕事をしている。

 そんな姿を側で見続けているからこそ、ふと気になったことを、電話をかけ終えた優梨愛さんに聞いてみた。


「昼飯、食べました?」


「そんな時間がどこにあった?」


「ですよねー……」


「腹が減ったなら食べてきていいぞ」


「いえ、次のミーティングまでにまとめなきゃいけないものがあるので、大丈夫です」


「そうか。無理はするなよ」


「優梨愛さんに言われたなくはないですね。今、1日1食で生活してません?」


「感覚的には全く食べてないがな。口に入れてはいるが、食事として食べている感覚はない。ただの栄養補給の作業だ」


「社畜が極まってますね」


「お前も似たようなものだろう? 下手したらお前の方がキツイんじゃないか?」


「なんでです?」


「二足の草鞋を履いてるから」


「まさか。好きでやってることで首を締めたら元も子もないじゃないですか」


「そうか。それならいいが。すまないな。最近は配信を見に行けないから、スパチャも出来てない。そうだ、これで何か旨いものでも食べてくるといい」


「……さすがに冗談ですよね?」


「さすがにな」


「だったら万札を差し出すのはやめてください! 対応に困りますって!!」


「配信の時のようなテンションで応えてくれれば問題ないが?」


「スパチャにはお礼しか言いませんが?」


「そうだな。だから『ありがとうございます。優梨愛さん』って言ってくれていいんだぞ?」


「……冗談って言ってましたよね?」


「天丼という言葉を知っているか?」


「こんなネタをおかわりさせないでください!!」


「貢ぐ女は嫌いか?」


「恐怖と違和感が凄まじいです。特に現金を直で渡されると」


「……なるほど。もうちょっと慣らした後だったか」


「怖いこと言わないでくださいね!?」


「私の金をどう使おうが、私の勝手だろう? それとも共同の財布を持とうという、遠回しな提案か?」


「そんなことありませんから!!」


 結婚を示唆するような物言いはやめてくれ!!

 しかもめっちゃ即物的だし!!


「私が稼ぐから、お前は好きに配信してていいんだぞ?」


「あ、ちょっとお腹空いたんでコンビニで何か買ってきますね」


「おい、逃げるな」


「じゃあ、逃げられるようなことをしないでください。で? 優梨愛さんは?」


「ん?」


「何かいりますか? ついでなんで買ってきますよ」


「逃げるふりをして気にかけてくれる。なるほど。これがツンデレか……。悪くない」


「いらないんですね、わかりました」


「おい、冷たく扱うな。泣くぞ」


「ストレートな脅迫をどうも。それで、いるんですか? いらないんですか?」


「いる。適当に腹に溜まるものを買ってきてくれ」


「わかりました」


「冷たい素振りを見せつつ、甘やかしてくれる年下彼氏か……。いいな。ヒヒ」


 いや、こっわ!!

 背後で欲望を垂れ流してる優梨愛さんは放置。さすがに相手に出来ない。

 疲れてるってことにしよう。じゃないと、あのバグったテンションに説明がつかない。

 しかしなぁ、ヤバいよな、今の状況。

 優梨愛さんだけじゃなくて、他のみんなも大体あんな感じだし。

 結局どうしたところで人手が足りないと言う結論になり、とにかくいる奴は使えと言わんばかりに動員されてる……。

 みんな、他にも仕事があるのにね。しんどいよね、社会で生きるって……。


「そしてこっちもすごいな……」


 エレベーターを待つ傍ら、スマホを確認すればアゲハちゃんから大量のメッセージが届いているのが確認できる。

 あの日以来、アゲハちゃんは本当に本気で頑張っている。

 今だって安地パターンごとの移動ルートをいくつも送ってきている。

 それだけじゃない。自分のはもちろん、俺やミチエーリさんの参考になりそうな動画を見つけてきては、そのURLを共有してくれたりと、とにかく一生懸命だ。

 ……最強になるって言ってたからな。


「……ふぅ」


 知らず、息を吐きだしていた。

 もちろん俺だって勝ちたい。せっかく出場するなら優勝を狙いたい。

 ミチエーリさんとアゲハちゃんと一緒にやるのは楽しいし、彼女達のためにも頑張りたいと思う。

 ……でも、同時にこうも思う。

 2つ同時はやっぱり限界があるって。

 時間は限られてるし、体ひとつだとやれることも限界がある。

 VTuberとしての活動も、優梨愛さんとの仕事も、どっちも頑張りたいんだけどね。

 なんかこう、サクッと分身とか分裂とか出来ないかな?

 1人で草鞋を二足も履くからいけないわけで、それぞれの草鞋を履けるように体が2つあれば全て解決しないか……?

 どっかに分身の術の巻物でも落ちてないかなー。

 なんてバカなことを考えてる間にコンビニへとたどり着く。


「何がいいんだろ。何でもいいか」


 優梨愛さんの分も食料を調達し、2人揃ってただ胃の中に収めるだけの、食事とも言えない食事を済ませる。

 予定していたミーティングを全てこなし、どこからともなく発生する仕事に対応をし、今日も走って帰る。

 服を着替える間もなくパソコンを点け、それでもそんな慌ただしさを2人に悟られないようにディスコードの通話に合流する。


「すみません。遅くなりました!」


『あ、来た来たー。またギリギリじゃん』


『本番には遅刻しないでね!?』


「すみません。アゲハちゃんが送ってくれた動画とかを研究してたら、つい熱中しちゃって。すごい参考になってますよ」


『でしょー? 何だったらウチ、色んな動画をプレイリストに入れて、勉強用のやつ作ってるし』


「死ぬほどやる気じゃないですか」


『まぁね。もっと褒めてくれてもいいんだよ?』


「偉いです。頑張りましょうね」


『へっへへー。頑張るよー』


『今日が本番前ラストの練習試合だからね! 気張っていこう!!』


「おー!」


『おー!』


『うー! 本番が楽しみなような怖いような』


『私は楽しみだよ! あと、ちょっとさみしかったり』


『あ、そっか。ウチらってこの大会終わったら解散? えー、ヤダー』


「また遊びましょうよ。EX.以外のゲームをしてもいいですし」


『私やりたいゲームあるよ!』


『ウチもある! あと、アズマさんがお酒飲んでるところ見たい!』


「何でですか。意味わかんないですよ」


『なんか面白そうじゃん』


「バカなこと言ってないで。ほら、もう開始の時間ですよ。俺、配信つけますからね」


 言いつつ、配信を開始する。

 それに気づいたリスナーさんたちがコメント欄で挨拶をくれる。


「皆さん、今日もよろしくお願いします!」


『よろしゃーす』


『お願いします!!』


「今、裏でも話してたんですが、今日が本番前ラストの練習試合ってことで」


『ウチらめっちゃ頑張るから、応援しててね!』


『よーっし、まずは今日、クラウンを獲ろう!!』


「はい。頑張りましょう!!」


『絶対だからね!! 勝つよ!!』


 ミチエーリさんやアゲハちゃんの意気込みを聞きつつ、仕事で疲れ切った体に活を入れるように、目頭をきつく揉む。

 今日と、明日の本番。とにかく最後まで頑張りぬこう……。

 二足の草鞋を履いて走るのは、大変だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る