第167話 精霊は優しい嘘をつく

 私、ルミアーナは精霊リュートがうそつきだったということを初めて知った。


「あのさあ、リュート。本当は私の痣なんて最初っから、ぽぽいっと治せたんじゃないの?」と聞いてみた。


「そんなことは無い。主の心の問題だと言った筈だ。心に影を宿していては…治るものも治らない」


「まぁ、あの黒魔石の件は…とは思ったが…」と笑った。


 その言葉に、やっぱりか!と、確信した。

  私がダルタス様に感じていた不安は、どうやらリュートにはお見通しだったようだ。


「私が、不細工でも好きでいてくれるのかとか馬鹿な事が気になってしょうがなかったのが、バレバレだったみたいね…私の顔に痣ができた時、ちょうどよいと思ったのよね?そうでしょ?」と、ダルタス様に聞こえないようにひそひそ声でリュートに文句をいうがリュートは、ただ、にっこりと微笑んでいる。


 綺麗な顔が怖いよ…リュート…。


 そうそう、昨日のリュートのクンテへの対応が、ダルタス様にはいたくお気に召されたようでリュートの事を褒め称えまくりである。


  「さすがは、教科書にも出てきた”月の石の精霊”様なだけの事はある!胸がスッキリした!ルミアーナも元通りで何よりだ!たかが顔の事でも周りから色々言われるのは辛いものだからな!」


 そんなダルタスの言葉に私は思った。

 ダルタス様は言われてつらかったのね?


 だから過剰に反応して私の顔も見れなかったのね?と今更ながら分かって、自分の誤解が恥ずかしくなった。

 私を見れなかったのではなく、私を通してつらかった自分をも垣間見てそんな思いを私にさせてしまったと苦しんでいたらしい。


 これからは、もっと気を付けよう。

 私の傷は私よりもダルタス様の方が余計に傷つくようだと覚った。


「ダルタス殿は実にぶれない。人間にしては珍しい。さすがはあるじの夫である」とリュートが珍しく人を褒めた。


「おぉ、ありがたい。月の石の精霊様にそのように言って頂けるとは…しかし、わたしの家系は確か何代か前に子が出来ず、血が途絶え外から養子を迎え血族ではなくなった筈なのに、何故わたしにはお声を聞かせて下さるのか?」とダルタス様は不思議そうである。


 私もそれは気になる。

 リュートときたら私以外の人間にはとんと無関心だったのに。


 相手が王様でもきっと無視するだろうに…。


 そして精霊は、この世界でそれを許される位置にある。

 神のごとく崇められている存在なのだ。


「ダルタス殿は我が主の夫。つまりあるじ主人あるじだ。そして主を最も幸福にする者として認めざるをえない存在…ないがしろにはできぬ…我が人がたをとっている時ならダルタス殿に、血族の力なくとも話せるし何より我がダルタス殿と話したいと思った故…」


  「なるほど、ありがたいことだ」


 ダルタス様とリュートの視線が交差する。

 ふっとお互いが笑い合う。


 何か…すごい互いを認め合ってる!?

 認め合ってるわっっ!そんな二人に何かちょっとドキドキする。

 ほんとにもう何なのぉ?と、ちょっと興奮してしまうのは仕方ないよね。はぅぅっ!


「さっき、言っていた事、わたしも思っていた。本当にリュート殿は…」


  「あるじ同様、リュートで結構」


  「お…おおぅ、では、わたし…いや、俺の事もダルタスと…」


  「承知した!ダルタス、それで?」


「本当にリュートにはルミアーナの穢れを取り除くことはできなかったのか?」


「ふん、そもそも穢れて等おらぬものをどう取り除くというのだ?」


「え?」「は?」


 と私もダルタス様も首をかしげた。


「最初のは軽い火傷と打ち身程度だ。ルークの癒しだけで治っていたし…”月の石の主”ともあろう者が、あの程度で穢れる訳がない」と涼し気な顔で言った。


「えええええええーっ!」


「リュート!ちょっとどういう事?ちゃんと説明しなさいよっ!」


「さすがルミアーナのしもべ。リュート!お前も”びっくり箱”かっ!」


「ふふふ、あの痣は主の憂鬱をちょっとばかし大げさに表現しただけ!主の憂鬱が消えたのなら消せるようにつけた取れにくい模様みたいなものだったのだ。ダルタスの真摯な愛の言葉と態度だけでほとんど解消されていた。模様を取り除き悩みは全て解決!ついでに、トドメにあの愚かな男に軽い罰を与えてやろうと思いついたという事だな」とリュートはドヤ顔で言い放った。


「こっ!この嘘つきぃ~ぃ」と私は涙目でリュートに文句を言ったが、リュートは変わらず涼しい顔をしている。


「はっ!リュートの腕にだって痣が出来てたわよね?あれは?あれは何?あれも嘘なのね?そうなのね?」私は本気で精霊たちに申し訳ないと思っちゃってたのに!何なのソレはぁーっ!


「ふふふ、主はダルタスの心を知りたかったのであろう?自分が美しい顔でなくとも本当に好きでいてくれるのか?と…」


「いやぁ~!言わないでぇ~!何なの何なの?何でダルタス様の前で言うのよぅ~」


あるじが説明せよと言われるから…」


「いっやぁあああ~」


「ルミアーナ、痣ができる前からそんな心配をしていたのか?」とダルタス様が少し呆れた様に言う。


「いや、その…ごっ…ごめんなさぁああああい」


「まぁ、良い。ちゃんとわかってくれたなら…痣が消えたという事は、私の真実の想いを理解してくれたと言う事なんだろう?リュート」


「そう言う事だ」


 ダルタス様とリュートは満足そうな笑みで頷きあっている。

  何なの何なの?このリュートとダルタス様の息の合い様ったら!ううう!


「そ、それじゃあ、あのクンテにつけた痣もすぐに消えるの?」


「うむ、あの者が本当に自分が悪かったと気づけばすぐにも痣はとれるように移した。主が気に病むことは何もない故、安心されるがよろしかろう」とにっこり微笑む。


「まぁ、よかった。リュートありがとう。何だかんだ言っても優しいのね」


 ふふふ、あ~よかった!何だかんだあったけど、彼のおかげでダルタス様のお気持ちもわかって、さらにハッピーになれた訳だし…うん、よかったよ。ほんと!


 …そんな風に思っているルミアーナをよそにダルタスはこっそりとリュートに声をかけた。

  若干、こわばった笑顔である。


「お…おい、それって逆に反省しないと一生消えないって事だよな?」


「ふふふっ…そういう事でもあるな」とリュートはとてもとても良い…いや、黒い笑顔をダルタスに見せた。

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