第165話 二人の想い

「私を置き去りにすると言うのか?」


 いつのまに現れたのかダルタスが、ルミアーナの手をひき抱き寄せる。

「ダメだ!いくな!どこにもいくな!結婚式で私の側にいると誓ったばかりではないか!」


「ダ…ダルタス…さま?どうしてここに…」


「月の石の精霊リュート様だよ。」と、ダルタスの後ろからルーク王子が顔をみせた。


「え?え?リュート?」


「僕に直接、お声を下さったんだ。今からクンテの牢に主と向かうから主の夫ダルタスを連れて来るようにと…」ルーク王子は、うっとりと感極まるように言った。

 崇拝している月の石の精霊様から直接声をもらえた事に深く感動しているようだった。

(こんな時にどこか呑気なルークである)


 振り返るとリュートは、涼しい顔で微笑んでいる。


 ダルタスは、ルミアーナを逃さぬように強く抱き締める。

「ダ、ダルタス様…く、苦しい!」


「ダメだ!お前が俺を置いてどこかに行くと言うのなら離さぬ!このまま、屋敷に連れ帰り閉じ込めてしまおうか?ルミアーナ、不甲斐ない俺の事をもう嫌いになったのか?そうなのか?」ダルタスが苦悩の表情でルミアーナに詰め寄った。


「は?そんなこと思う訳が無いではないですか!ダルタス様こそ、醜い私など見たくはないのではありませんか?」ルミアーナは卑屈になりたくなくて飲み込んで来た言葉をとうとう口にしてしまった。

 言った側から後悔しつつ…。


「バカな!そんな訳がなかろうが!お前がお前である限りこの思いは生涯変わらない!変えようったって無理だ!」


「だ、だって!だって昨日からダルタス様は私と目を合わせては下さらなかったではないですか」と、後悔しながらも尚、恨みがましい事を言ってしまう。


「ルミアーナ。お前…それを気にして?」


「ほら、やっぱり!やっぱりダルタス様は私の顔を見るのを避けていらした!やはり醜くなった私の顔など見たくもなかったのでしょう?」と、目にいっぱいの涙をためて叫んだ。


「それは違う!断じて違う!」


「何が違うと言うのです?実際にダルタス様は私と目が合う事すら避けていたと言うのに!」と、とうとうルミアーナの目からはぽろぽろと止め処なく涙が溢れだした。


そしてダルタスが答えようとしたときクンテの言葉が割って入った。

「ダルタス!責任ならば姫の顔に痣をつくってしまった私がとる!」と、クンテからとんでもなく空気を読めない発言が飛び出し周りを驚愕させた。


「やかましい!馬鹿はだまってろ!」とダルタスは一喝した。(当然である)


 そこでリュートが口を挟んだ。

「呑気なものだな、こんな事件をおこしておいて…まだ侯爵家を継げるとでも?」と絶対零度まで冷えきったような表情で…。


「なっ…何を…」思いもかけない言葉をかけられクンテは心底驚いた。


 そう、そんな事すらわかっていなかったのだ。

 辺境とはいえ侯爵家跡取りとして甘やかされて育ったクンテは、これまでやんちゃもしたが自分で責任を取った事などなかった。


 いつも侯爵家跡継ぎの肩書は彼を救いつつも彼をダメにしてきたのである。

 今度ばかりは侯爵家もクンテを庇う事は叶わないだろう。

 身分も地位も上のものへの愚行である。

 しかも知らぬこととは言え、ルミアーナはこの世界の至宝”月の石の主”である。


 そんな、やんごとなき姫君にとんでもない過ちを犯してしまったのだから…


「それどころか国王夫妻すらひざまづく”月の石の主”に”黒魔石”の汚れを受けさせたのだから極刑すら免れないのではないか?」とルーク王子が言う。


「き、極刑?…そ、そんな、まさか!」とクンテが恐れおののいた。


「何も、死刑にまでしなくても…」とルミアーナが言うと、ダルタスは慌ててルミアーナをきつく抱きしめ直す。


 ちょっと、ぐぇっとなりながらも、悪い気はしないルミアーナである。

 少なくともダルタスは自分を厭わしいとは思っていないと感じられたから…。


「そんな奴をかばうな!まさか僅かでも、あんな奴のところに行こうなどと絆されたのではあるまいな?」


「なっ!なんて事を!そんな訳ないではないですか!気持ち悪いっ」

 冗談でもやめてほしいと鳥肌をたてるルミアーナである。

 そんなルミアーナの心底嫌そうな表情をみたダルタスはちょっとだけほっとし言葉を続ける。


「ルミアーナ、よく聞いてくれ!俺がルミアーナの目をろくに見れなかったのは自分自身を恥じていたからだ!目の前にいながらお前を傷つけさせてしまった自分が許せなかったのだ。お前に自分が相応しくないのではと自分を呪っていたからだ!」


「そんな!私がわざわざ当たりにいったようなものなのに!」


「それでもだ!それでも自分が許せなかった。ましてや俺を狙っていた礫(つぶて)をお前が受けるなど悪夢としか言いようがなかった」


「そ…そんな」


「ルミアーナ!確かにお前の美しさはまるでこの世の者とも思えぬほどの美しさだ。それに惹かれたのも事実だ!否定はしない!だが、それだけで結婚したいとまでは思わぬ!どんなに美しくても性悪な女や我儘な女だったらこんなに惹かれることは無かっただろう。お前の美しさがどれほど素晴らしかろうとあくまでもきっかけに過ぎない!」


「っ…ダルタスさま…?」


「お前の優しさ、明るさ、慕ってくる想い、可愛らしい仕草!何もかもが愛しくて堪らないのだ!」


「っ!」ルミアーナはそんなダルタスの心からの叫びに息が止まるかと思った。


「むしろ、俺こそがお前に相応しくないのではと悩んでいた。そこの馬鹿な奴も、お前の相手がアクルスやルークであれば、こんな馬鹿な真似はしなかったろう…つりあわぬ俺だからおこった事件といえる…と」


「そんな事ない!ダルタス様…」

 そんな風に思っていたなんて思いもよらなかった。

 自分と同じようにダルタス様も悩んでいたのだと知り、ルミアーナはまたもやダルタスの気持ちを信じきれなかった事を恥じた。


「だが、俺はそれでもお前を手放す事は考えられない!俺ではだめなのだと思いつつも俺はもうお前でなければダメなのだ!これだけは譲れぬ!ルミアーナ、諦めて俺のものでいてはくれないか」とルミアーナの手を握りひざまづき願い乞うた。


 ルミアーナはぽろぽろと泣き崩れる。


「何故泣く?俺をおいて騎士になどなるな」怖い位に真剣なまなざしで真っすぐ自分を見据えていうダルタスにルミアーナの心は大きく揺れた。


「ち…ちがっ…わ…私が騎士になると言った…のは、例えダルタス様に離縁される事になっても騎士になれば、ダルタス様にお仕えする事ができるかもしれないと思ったから…ひっく…お…おんなじ部隊は無理でも役に立てることがあるかもって…うっ…わ…私だってダルタス様とずっと一緒にいたいと…ひっく…お…おもっ…思ったからぁ~」ともう涙でぐちゃぐちゃになりながら、そう伝える。


 ダルタスは立ち上がりルミアーナを再び抱きしめた。


「よし!言質は取ったぞ!やっぱり嫌だと言ってももう聞かない!俺はお前に相応しい男になる。だからお前は一生俺の側でそれを見届けるんだ!」迷いも何もないダルタスの言葉はルミアーナの心の中にあった影を一掃した。

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