第140話 披露宴で…3
クンテは更に不思議に思っていた。
貴賓席にいる国王夫妻と語らう新郎新婦ダルタスとルミアーナ嬢の様子を見ていたのだが何か腑に落ちない。
「何か、国王陛下や王妃様のほうがやたらルミアーナ姫に気をつかっているような?」
「あ~、そりゃ、結婚を土壇場で反対しちゃって皆に怒られちゃったしねぇ!王妃様にもほかの二将軍にも」くっくと笑いながらルーク王子が答えた。
「あ、ルーク殿下…な、なんと…」クンテは呆気に取られる。
「な、なぜです?そんなにも気遣うほど、お気に召した姫君なら王家に迎えるべきでしょう?」
「だから、私はふられたといったではないか?話を聞いてなかったのか?古傷をえぐるな!」とアクルス王太子が呆れ気味に言う。
「で、でも国王のご命令であれば…」
「ん~、ルミアーナが望まぬことをして月の石の精霊を怒らせたりしたら、それこそ大変なことになるからねぇ~」
「は?ルーク殿下…大変って?何がですか?」
「ん~、そうだなぁ、例えば国が滅んだりとか世界がひずんだりとか世界中が邪気だらけになっちゃったりとか?」
「はぁっ?何言ってるんですか?」とツェンが突っ込む。
「ふふっ、”月の石の主”だからね」
「そもそも、その月の石ですけど、精霊云々なんて迷信でしょう?王家の皆さんがそんな世迷言に迷わされるなんて…」と言いいかけて、ツェンはクンテの口を覆った。
いくら、思っていても王族に対して不敬なものいいである。
「す、すいません。こいつ馬鹿なんで!」とツェンが謝る。
「ああ、いいけどね別に…でも月の石の”御力”は迷信なんかじゃないから、くれぐれも気をつけてね?ルミアーナに不埒な真似したら…あ、まぁいいか」とルークが途中で口をにごした。
ルミアーナに変な気をおこしたところで、不埒な真似をすればルミアーナ本人に投げ飛ばされるかダルタスにぶちのめされるかである。
ルークは月の石が怒るほどの事になる前にぶちのめされるだけだろうから、放っておこうと思った。
「な?何がいいんですか?」
「まぁ、ルミアーナの事はルミアーナに聞けばいいよ。紹介してあげるから」
「?ルーク王子は、王太子殿下よりルミアーナ姫様とお親しいのですか?」とツェンが不思議そうに尋ねる。
「ん?そうだね。兄上との縁談が無理だと落胆した父上母上が、今度は僕とくっつけようと色々画策して暫く一緒に行動させられていたからね」
まさかルミアーナが、男の子の格好で、一緒に騎士見習いしていたことまでは言わないが、面白そうなので思わせぶりに言うルーク王子である。
わざと誤解を招くような言い方をするのは、ルークの悪い癖である。
「えっ!ルーク殿下とまで?それほどまでに国王夫妻が望まれた姫君だったのですね?」
「ん~、まぁね…。でもルミアーナは最初っからダルタス一筋だったからねぇ。僕も振られちゃったってことになるのかなぁ?でも、すごく仲のいい友人だよ」とルークは言いながら、ルミアーナとダルタスに手を振り、おいでおいでをした。
「お、おまえら、なんで?」とダルタスはクンテとツェンの二人をみてちょっとぎょっとした。
学生時代の時のトラウマを思いだす。
自分がちょっといいなと思った女子がいても必ず二人のどちらかに夢中になるのである。
特にクンテに、至っては、わざと仕向けていたふしもあり、要注意だったのである。
今日ばかりは堪忍してくれ!と思い顔色をかえる。
だが二人は…少なくともクンテは、そんな事、お構いなしである。
最初は本当に心底、ダルタスの結婚のお祝いをしたかっただけの筈だったのにルミアーナのあまりの美しさに、クンテはすっかり、とち狂ってしまっているようだった。
ダルタスのことを本当に思う友人はツェンの方だけだったということのようである。
「ルミアーナ、彼らはダルタスや兄上の騎士学校時代の同級生でクンテ・ダートとツェン・モーラだよ」とルークがルミアーナに声をかける。
「まぁ、ダルタス様の?」
「「は、お初にお目にかかります。この度はご結婚おめでとうございます」」と二人はルミアーナに礼をとった。
「まぁ、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」とルミアーナははにかむような笑顔をみせてお礼を言った。
クンテとツェンは、間近でルミアーナをみて心臓がとまりそうになった。
遠目にも美しいと分かったが、間近でみるとその美しさは言葉に尽くせないほどだった。
やはりクンテは納得いかない。
何故、ダルタスなのかと…。
ツェンはルミアーナの美しさに驚きながらも、心から祝福している。
クンテがさっと跪きルミアーナの手をとり
「美しき花嫁に祝福の口づけをお許しください」と手の甲に口づけようとした。
「えっ?」とルミアーナは顔をしかめて手をひっこめた。
クンテは驚いた。
まさか手の甲への口づけでそんなしかめっ面をされた挙句、手をひっこめられるとは夢にも思ってもみなかったのである。
クンテは、跪いたまま固まってしまった。(漫画だったら目は点になっていただろう)
そうか、姫君は社交界デビューもまだなのだ。ウブなのだな?そうだ、そうに違いない。
まさか自分が気持ち悪いとかそんな事はあるまい!
とブツブツと小さく小さく独り言を言う。
ダルタスがさっとルミアーナとクンテの間に立ち、ルミアーナを背に庇うようにしてクンテを蹴り飛ばした。
「うわっ!な!何をする!」
「何をする!は、こっちのセリフだ!クンテ!」とダルタスが外聞も憚らず怒鳴った。
王太子アクルスもルーク王子もツェンも「あ~あ」といった顔をしている。
「ダルタス様、大丈夫よ、ちょっと
ルミアーナのその一言はクンテはダルタスに蹴られたよりもずっとへこんだ。
(まさか、本当に気持ち悪がられていたとか…あ…ありえない)
そう、彼、クンテ・ダート次期侯爵こそ正真正銘のナルシストだった。
自分は美しい、自分はダルタスよりモテる。
自分から手を握られ拒む令嬢などいる筈もない。
学園での時のようにルミアーナ嬢も自分の方が良いと思うに違いない。
そう、そんな風に内心思っていたのである。
「ぶっ」とルーク王子が笑いだした。
ルーク王子の笑い上戸が再発である。
(お…おもしろすぎる。クンテって…こんな奴だったんだ)
ツェンは思った。
(ルミアーナ様、すごい!本当に、本当にダルタス一筋なんだ!あのクンテのこと気持ち悪いって、言ったよ!)と内心パチパチと拍手した。
「え?ルミアーナ?気持ち悪かったのか?」とダルタスがたずねた。
「ごめんなさい。ダルタス様のお友達に私ったらとても失礼なことを…で…でもダルタス様以外の人に、例え手でも口づけなんて…やっぱり嫌です」と言った。
ルーク王子は声を殺しながらも涙を浮かべながら、ひーひー笑っている。
ダルタスはちょっと驚いた。
少しでもルミアーナがクンテの美貌に惹かれるのではと、思った自分を笑ってしまう。
ちなみに、ルークと王太子は全く驚かない。
王太子アクルスに至っては内心(当たり前だ!この私ですら指一本触れるなと自決仕掛けたんだぞ?
ダルタスは、にっこりとほほ笑んだ、ダルタスがこれまで生きてきて一番の笑顔だったかもしれない。
姿形だけではない。
もう、ルミアーナの全てが可愛くて愛しくて堪らない。
ダルタスは、上機嫌だ。
「気にするな!気持ち悪いのは、放っておこう。さぁ、新郎新婦は、最初のダンスが終わって陛下と王妃様への挨拶が済めばもう退出してよい決まりだ。後は義父上、義母上におまかせして部屋へさがろう」
そう言ってルミアーナを抱きかかえた。
「きゃっ」
お姫様抱っこである!
ダルタスはそのまま、周りに宣言した。
「お集まりの皆様、今宵はご来賓頂きありがとうございました。それでは私達は新郎新婦のしきたりにのっとり、先に下がらせていただきますが、皆さまはどうぞ、心行くまでお楽しみください」といい、ルミアーナを抱きかかえたまま、その場を退席した。
周りの貴族たちは上品に、事の成り行きを素知らぬふりをしていながらも、意識はしっかりこの噂の二人に向けられていた。
クンテの所業もダルタスのクンテへの蹴りも、そして、ルミアーナの『
男達は内心、ダルタスに賞賛を贈った!世の美形でない男達、強面の男達の希望の星である。
(いや、誤解のないよう、補足しておくが、決してダルタスが不細工な訳ではない、どちらかと言えば端正で男前だが、いわゆる男らしすぎる顔立ちにワイルドな傷で強面なため、ラフィリルではモテるタイプではないというだけである)
そして、令嬢たちには、王太子にもイケメンのクンテにも、なびくことのなかったルミアーナは尊敬の対象となった。
まさに、淑女の鏡である!
(何よりあの『お姫様抱っこで退席!』には、きゅんきゅんと胸をしめつけられ、華奢で綺麗な男が理想ではあるが、『逞しい男』というのも、ちょっと良いかも?素敵っ!という空気が流れていた)
女性とは自分の敵にならないと分かる相手、尊敬できる相手には限りなく優しくなれる生き物である。
ましてや、ルミアーナは誰の目に見ても明らかに国王からも王妃からも大事にされていると今日の様子でも十分すぎるほどに、周知されている。
月の石の主云々の事など知らずともルミアーナと敵対しようだなどと考える貴族は男女共に、いないだろう。
こうして二人の披露宴はつつがなく?平和に?終えたのであった。
そして二人はようやく正式に国に認められた結婚式を果たせたのである。
周りの空気も優しかった。
これからも、色々な事はあるだろうが、それは、その度に乗り越えて行けば良い!
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