第27話 騎士見習いミウ

 リゼラはルミアーナを迎えにやってきて、まず驚いたのはルミアーナの出で立ちだった。


 ルミアーナは近衛騎士団の訓練に参加する為、あの美しい金の髪をバッサリと首元まで切っていたのである。

 しかも髪と瞳が茶色になって肌の色さえも若干濃くなっているようである。


 一瞬、別人かと思った。

 この部屋にいるのでなければルミアーナ様だとは分からなっただろうほどにである。


 シンプルなブラウスとズボンでその格好はまるで声変わりも未だしていない少年のようだ。

 それも絶世の美少年である。


 リゼラは「ま、まさか、あんな美しい髪を切られるなんて!それにその色は…」と絶句した。


「あら、髪なんてすぐにのびますから!それに髪や瞳や肌の色はルーク王子が魔法をかけてくれたの!すごいでしょう?私、いえ、僕ちゃんと男の子に見えますか?姉様」


「ねっ、姉様?かっ…か…可愛い~っ」とつい見悶えするリゼラだった。


「なるほど、ルーク王子に…。陛下からルーク王子も見習いにとの仰せには驚きましたが魔法を使える協力者がいるのは心強いですね」とリゼラも納得した。


「そうなんだよね、ルーク王子とはいい友達になれそうなの。姉さま、ルーク王子共々宜しくね?」とルミアーナが男の子っぽく、でも甘えるように言う。


 男でも女でも可愛すぎるルミアーナに、もう、もうぅ!どうしてくれよう…こんな可愛い男の子…! 新たな道に目覚めてしまう男共が出ませんように…と願うリゼラだった。


「ところで、ルミアーナ様!私の弟ということにしますので、クーリアナを名乗って頂きますがファーストネームは、どういたしましょう?」


「あ!そうね?そうだ!あのね?ミウって男の子の名前としては変かしら?」


「めずらしい名前ですね?あまり男でも女でも聞いたことない名前ですが、別に変じゃありませんよ?呼びやすいし良いかもしれません」


「じゃあ、ミウ・クーリアナにする!」と、ちゃっかり前世の自分の名前にした。


 これなら、いきなり呼ばれても自然に反応できそうである。


「では、これから、その格好の時は恐縮ではありますが私の事を常に姉呼び弟として振る舞ってください。僭越ながら私も貴女様を弟としてミウと呼び捨てさせて頂くことになります」


「もちろんです。姉さま、宜しくお願いします」ミウは満足そうに頷いた。


 そうして二人は王子を部屋まで迎えによってから三人で訓練場に向かった。


 騎士団の訓練場に着くとルミアーナも驚いたが騎士達も驚いた。

 それは互いの容貌にだった。


 ルミアーナは、声には出さなかったが心の中で思った。


 わぉ、皆すっごい綺麗な人ばっかり!

 男か女かわかんないな?

 リゼラもすごい美人だし、ここにいる皆レベルたかーい!

 …そっか、確か、父様が近衛隊は王族直属警護だから家柄や、強さだけじゃなくても美しい者だけがなれるって言ってたっけ?

 でも、これなら私も男の子で全然違和感なさそうじゃない?と、安心した。



 そう、この国の近衛騎士団は主に国王付き、王妃付き、賓客付きの三部隊に分かれており、中でもいう王妃直属のウルバ隊は、王が、愛する王妃の為に厳選した清廉よりすぐりの人材がそろっている。


 血筋や眉目秀麗はもちろんのこと、文武両道の優秀さで、しかも王家への忠誠心が最も厚いと王と王妃が直々に認めた者のみしか入れない美しき精鋭部隊なのである。


 ルミアーナがという事は近衛隊の中ではリゼラとルーク王子以外にはもちろん秘密である。


 さすがに父母には伝えたが母ルミネも夫と山に籠られるよりは…と国王夫妻と同じく渋々承知した。

 ルミアーナと山に籠る気満々だった父カイン・アークフィル公爵は皆の反対にかなり反発したが妻が本気で出て行こうとしたので泣く泣く諦めたのだった。


「隊長、昨日お伝えしていた二人を連れて参りました。ルーク王子殿下と私の弟のミウ・クーリアナですわ」 


 ミウとルーク王子は、ぺこりと頭をさげた。

「おお、ルーク王子、ようこそ!ここでは、王子殿下も見習い故、ルークと呼びすてにさせていただきますぞ?」と近衛騎士団ウルバ隊隊長のウルバが声をかける。


「望むところです。父からもお達しがあったと思うが、私の事はこのミウと同じように見習いとして扱ってください」と、微笑んだ。


「そしておまえがリゼラの弟か、うぁっ!なんだなんだ?物凄い綺麗な子だな?」と、隊長ウルバが驚いた。


 ウルバ自身も近衛騎士団の隊長だけありなかなかの美丈夫で美形だらけの団にいて美形はみなれていたもののミウの美少年っぷりには驚いた。


「ええ、そうでしょう?本人が騎士になりたいと言うので、この子の器量ならばいっそ近衛で騎士見習いをさせては…と思いまして…」と、あらかじめ用意していたセリフを言ってみる。


「なるほど、確かに将来がたのしみだな。だが近衛は見た目ほど優雅ではないぞ?大丈夫かな?」


「それは、多分問題ないと思いますわ。弟は、日頃から騎士に憧れて鍛練していたようで…昨日、基礎体力を測ってみたのですが、ついていけると思いますわ」


「おいおいリゼラ!普段、採点の厳しいリゼラが言うのなら問題ないとは思うが、まさかの身内びいきじゃなかろうな?ミウ、姉さんに恥をかかせるんじゃないぞ?」


「はい。僕、がんばります」鈴を転がすような可愛らしい声に隊長のウルバはちょっと気が抜けたようだった。


「声変わりもまだなんだなあ、可愛い声しちゃって…ミウは…よし、じゃあとにかく最初は、リゼラの指示に従ってルークと一通りやってみな?」


「はいっ!」と元気よく返事するミウと王子に周りの近衛兵たちも微笑ましげにしている。


「おー、元気元気」

「最後までもつのかなー?」などとニコニコしながら見守る。

 まずは、柔軟体操、そして走り込み。五十メートルほどの直線を全力疾走を十本。


 これには周りの皆も驚いた。

 ルークも決して遅くはなかったが、とにかくミウが速い。


「すばしっこいなー!」と皆が感心する。


 ルークがはあはあと、肩で息をしているのに対してミウは十本走り終えても、けろっとしていた。

「ま、まいったな!僕は確かに学院では魔法学科で文系だったけど全く鍛えてなかったわけでもないのにミウってばすごいよ」とルークが息絶え絶えにミウを褒める。

(女の子なのに…)というのは心の中でつぶやく。


「おまえ、俺と勝負してみないか?」近衛騎士団の中でも一番の俊足のテス・テアードが、声をかけた。


「喜んで!」とミウは、元気よく答える。


 周りの騎士たちも面白そうな展開になってきたぞと見守る。


「よーしよし、じゃあ、やってみろ、一本勝負だ!」ウルバが愉快そうに許可する。


 二人は位置につき、隊長の「走れっ!」という掛け声と共にダッシュした。


 結果はなんと体ひとつ分ミウが速かった。


 隊長も皆も心底驚いた。


「リゼラ…お前の弟は…なかなか見所があるな…」


「そ…そうでしょう?隊長!でも、私もまさかテスより速いとは思いもしませんでしたけど…あはは…」


「なんというか…、走り方が綺麗だったな」


「多分、体力的にはテスのが上なんだろうが、動きに無駄がないんだな?」


「隊長もそう思われました?私もあの子の動きは走っている姿さえ優雅にみえてしまうんですの…」


 姉バカもろだしの発言で熱い溜め息までつくリゼラにちょっとびっくりしたウルバだったが、まあミウのような弟ならさもありなんと思った。


 誰も知らない事だが、ミウはなんといっても美羽時代の記憶がある。


 体育の授業でも無駄のないフォームやスタートダッシュのコツなども習っていたし何といっても体育と武道全般は得意とするところだったのだ。


 身体はルミアーナだとはいえ、その運動センスは健在である。


「ルーク!姉さま!みてくださいましたか?僕、勝っちゃいましたよ!」と満面の笑顔でリゼラにむかって走ってきて抱き着いた。


 もうリゼラは可愛くてたまらないという感じでミウをだきしめて

「すごいわ!ミウ!最高に格好よかったわよ!」と褒めたたえた。


「ほんとに、すごいや!僕感動したよ!ミウ!」と性格の良いルークも手放しに一緒に喜んでいる。


 まわりもまるで人懐っこい子犬のようなミウの仕草に、勝負に負けたテスまでもが可愛いな~と癒された。


「いや~、参った!走りだけは今まで負け知らずだったんだけどな~ミウは十本走った後だったのに負けたんだから完敗だな~ははは」とミウの頭をぽんぽんとなぜた。


「ありがとうございます。でも僕まだ馬にものれないんです。姉さまに今日から教えて頂く予定なんですが…。本物の剣も持ったこともないし…逃げ足くらい速くないと戦いになったら僕、一番に死んじゃうから必死なんですよ」とおどけたように言ってみせた。


 これには団員みんながどっと笑った。


「そうか~、そうだな!死んだら困るもんな!必死なのはいいことだ!じゃあ弓はどうだ?」


 あ、弓道なら美羽時代に部活でやってた!とおもったが、当然ルミアーナの体ではしたことはない。


「やったことないです。でもやってみたいです!僕、多分むいてると思います」


「よぉーっし!んじゃ、俺が弓を教えてやる!姉さんに馬術を習った後は俺に声をかけな!毎日1時間くらいならつきあってやる!」


「ほんとですか?うれしいっ!」と目を輝かせながら返事するとテスがにかっと笑った。


「そーかそーか、嬉しいか~!いいなぁ~すれてなくてミウは可愛いなぁ~!」


「ちょっと!勝手な事言わないでよ!弟は私が責任もって全部みるんだから!」


「は?なんだよ!弓なら俺のほうが上手いだろうが!」


「そ、そりゃそうだけど」


 テスの当然の言い様にリゼラは口ごもり、そのあと直ぐに決意を新たにしたようにテスを睨み付けながら口をだした。


「じゃあ、その時は私も付き添いますからっ!」


「はぁ~?おまえ過保護なんじゃねぇの?」テスが心底呆れたように言う。


「うるさいっ!過保護でも何でもミウの事は私が見守るのっ!」


 これは、ミウが実はリゼラが守らねばならない公爵令嬢だとは知る筈のない周りの者からみたら『ブラコンな姉の度が過ぎた過保護』以外何ものにも見えなかった。


「まあ、まてまて!テスの言う事も尤もだ。弟が心配なのはわかるが本当にミウの事を思うなら馬術は得意のお前が指導して弓はテスが教えたほうがいいだろう?テスはこれでもこの国で一~二を争う腕前だぞ…」とウルバが言った。


「し…しかし!万一テスが弟に邪な気持ちでも抱いたら…」とリゼラは苦悩の表情で言葉を返した。


「はぁあああ~?」とテスが心外だという声をあげる!


「あのな~!いくら可愛らしくても俺には男色の気は一切ないからな!」


 この発言にはさすがにウルバも呆れた。

「いやはや、すごい姉バカというかブラコンというか…おまえなぁ~」


 ミウは何だか自分のせいで、どんどんリゼラの立場が悪くなっていくような事に焦った。

 おろおろしながら、ミウが言う。


「隊長、テスさん、ごめんなさい!姉さまは僕が何度か攫われそうになった事があったので心配しているんです。つい先日も変態に襲われかけて両親にも目を離さないように言われてて!だから!姉さまは悪くないんです!」と、言うと隊長がは~っとため息をつきながら頷いた。


「なるほどな…何度も攫われそうにか…逃げ足も速くなるわなあ」と急に皆が納得してくれた。

 そして、一変、ミウに同情するような目が一斉に向けられた。


 あれ?思ったよりすごく信じてくれた?とミウはちょっとびっくりした。

 でもまぁ、嘘ではないしな…とミウは思った。(ちなみにとは王太子アクルスの事を指している。)


「まぁな~俺もミウほどではないが子供のころは背も小さくてそれなりに可愛らしかったからな。女子禁制の寄宿学校にいた頃は危なかったこともあるからな~!わかるわかる」とテスも深く深く頷いた。


 ほかの騎士たちも何人かは襲われかけた経験があるらしくうんうんと頷きあっている。

 さすが、近衛は美形でも選りすぐりな集団だけあってこれまでににあった者も多かったようである。

 とっさに出た言い訳だったが、意外と不自然さもなく受け入れられてほっとした。


「ま、でも安心しろ。リゼラ、ミウ!少なくとも俺たちの団には男色のやつは一人もいない!俺が保証してやる!ま、でもご両親との約束っていうんなら気がすむまで付き添ってやるといいさ!乗馬と違ってどうせこの訓練所の中からでる訳でもないしな!」とやんわり諭されてリゼラが頷いた。


 おお~さすが隊長、大人だぁ~とミウは感心した。


「う…はい…テス、ごめんなさい。失礼なことを言いました」とリゼラが素直にテスにあやまった。


「お、おう、わかりゃいいんだよ」としゅんとしたリゼラに少し焦ったようにテスは返事した。


 おお、テスさんもさっぱりとしたいい奴じゃん!とミウは感心した。


「では、テスさんこれから姉共々、宜しくお願いいたします」とミウは頭を下げた。


「…おまえも大変だな…」とミウはテスに真剣に同情された。

 ミウは、ははっとこわばった笑顔をつくって返した。

(何か、私のせいでリゼラが姉扱いに?ごめんね?リゼラ)と心の中で詫びるミウだった。


 近衛騎士団の皆さんはなかなか良い人たちである。

 ここでなら結構、本格的に練習に励めそうだ。


 『騎士見習いミウ』の誕生である。 


 ***


 そして、国王夫妻は、第二王子とルミアーナをくっつけちゃえ大作戦を開始した。


 国王から近衛騎士団隊長ウルバに命が下り、見習い同士との事で乗馬に弓に剣にと、ほとんどの練習は二人セットで行うよう指示された。


 命を受けたウルバの方はルーク王子の側近として年の近いミウを育てようと国王夫妻が思ってのことかと、大して不審にも思わず受け入れていた。


 ルーク王子は柔らかな人柄のせいもあるが、ミウ同様、騎士団になじむのはじつに早かった。


 太子(世継ぎと定められた王子)以外の王子は、騎士として身を立てる事も普通これまでの王族にもあったことなので、さほど不思議にも思われなかったようである。


 数日たち、王子とミウの見習い歓迎会と称して街に繰り出すことになった。


 ミウが、街にくりだすなど止められるのではと、リゼラは心配したが王子も一緒で決して離れないという条件付で今回は割りとすんなり許可がおりた。

 もちろん国王の勅命で『影の護衛』はしっかりついてはいるものの…ではある。


 ルークは、ミウがある程度ではあるが自由に行動するためにはかかせない大変ありがたい友達になった。

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