第18話 訓練見学で

 その日、城壁内にある兵達の訓練場は騒然としていた。

 何を思ってかアークフィル公爵が、ご令嬢を伴って見学にやってきたのである。


 ざわざわと兵達が、落ちつきなさげにちらちらと令嬢に目をやる。


「あの方が噂の眠り姫か?」


「なんと噂どおり」

「いや、の美少女じゃないか?」


「ほんとに人間?妖精?女神?」


「なんで、こんなムサいところに?」

「何でも王太子様の口利きで将軍とご婚約なさったとか?」

「えっ?王太子殿下の許嫁候補だった筈じゃ?」

「王太子様がお譲りになったってことか?何だってまた?」


「嘘だろ?」

「俺ならあんな素晴らしい姫君をいくら従兄で将軍でも譲らないぞ!」

「むしろ、さっさと結婚して王宮にお迎えしてお守りするのに!」


「いや、それが噂だと王太子は姫に会った事すら無かったらしいぞ?」

「「「はぁ?」」」


「自分が仕組んだ将軍との見合いに立ちあって初めて姫の顔を見たらしい。」

「「「「はぁ~っ?」」」」


「死ぬほど後悔したようなご様子だったと王太子付きの侍従が言ってたぞ」


「なんだそりゃ?王太子様も何というか…随分と間抜けな事を…って…あわわっ」


「ダルタス将軍は役得すぎるだろう!」


「だよな!」


「「「「「それにしてもお美しい…」」」」」


 とひそひそと、ルミアーナの美しさに驚き、ダルタス将軍に羨望の眼差しを向け呟きあう。


 煌めく金色の髪、陶器のような白く滑らかな肌、人か精霊かと疑うほどの清楚で可憐な姿に皆驚愕している。


「あー、皆も知っていると思うが、この度、我が娘ルミアーナとダルタス将軍が婚約してな!娘が是非、の職場を見学したいと言うのでな。連れてきた。」

 と、“未来の旦那様”を強調しながらアークフィル公爵がほくほくしながら言うと、まわりは、皆同じ事を思い目を見合わせた。


『『『『『ああ、だった。』』』』』と、皆が納得した。


 そういえばアークフィル公爵は、実直な武人であり、知る人ぞ知るダルタス将軍のだったと!


 なるほどそれでこのトントン拍子な縁組か!と…。


 ダルタス将軍が恥ずかしいのを隠すためにか、いつもより低く重たい声で渋い顔をしながら

「皆、いつもどおりでよい。さっさと始めろ」と、そっけなく言った。


 兵達は、思った。


『おいおい…あんた表情恐いよ。』

『眉間に皺!怖っ』

『大丈夫なのか?うちの大将は?』


 いくら令嬢が来たいって言ったからって、深窓のご令嬢をこんな荒々しく男臭いところに連れてきて実際に見たら絶対引くだろう?と、皆一様に思った。


 ところがその深窓のご令嬢おひめさまが、空気を読んでか皆に声をかけたのである。


「皆様、突然ごめんなさい。でもお邪魔は致しませんわ。どうぞ、私の事はお気になさらずに…」と端の方にちょこんと座った。


 そう、とである!と!


 その仕草まで愛らしくにっこりと微笑むと兵達からは熱いため息がもれる。

 そしてその声!

 鈴をころがすような声とはこういう声のことを言うのだろうか?

 声まで愛らしく兵達の顔は思わずほころんだ。


「「「くそ、将軍いいなあ」」」

「「「「あり得ない!」」」」

「「「「「羨ましい~!」」」」」

 場内はもはやダルタス将軍への嫉妬と羨望の嵐である。


 そして皆、いつもどおり準備運動を始めたあと、木刀のようなもので立ち会いをはじめた。

 皆、美しい令嬢の前で少しでも良いところを見せようと張り切っている。


 どうやら勝ち抜き戦のようだが、ルミアーナは剣道みたいなものかと思いながら見ていた。

 ダルタスの掛け声で数組ずつで打ち合いが始まる。

 木刀を打ち付け合う音が場内に響き兵士達の顔も真剣そのものである。

 勝ち抜き戦のようでその打ち合いは盛り上がり白熱していた。


 すると一人の兵が汗で手を滑らせたのか木刀がルミアーナに向かって飛んでいった。


「「「「あっっ!」」」」」と皆が一瞬青くなったが、ルミアーナは平気な顔でぱしっと木刀を片手で受け止めた。

それをくるっと片手でまるでバトンを回すようにして取っ手を相手に向けた状態で差し出した。


「汗で滑ったのですね?はい、どうぞ」と、その木刀をハンカチで拭って兵士に返した。


 これには、兵達はおろかダルタスや、父親であるアークフィル公爵も、驚いた。


「ルミアーナ嬢、そなたは何か武人のお父上から特別な訓練でも?」


「え?」とルミアーナは不思議そうに言った。


 父親のアークフィルは、ダルタス将軍にぶんぶんと顔をふって私は知らないぞと言う顔をする。


「別にこれといって…毎日体を丈夫にするための運動等はしておりますけれど…?」

 ルミアーナは今さらだが、そうか…飛んできた木刀とか普通の令嬢は素手で受けられないのか?失敗したな?とか思ったがもう遅い。


 ルミアーナは窺うように、ちらっとダルタス将軍を見て、

「え~と、ダルタス様?ダルタス様は昨日、私がお転婆でも問題ないとおっしゃって下さいましたわよ…ね?」と尋ねた。


「いや、別に責めてる訳ではない。あまりに見事な隙のない動きに驚いただけだ。むしろ凄い!誇っていい」


「え?あ、あら、そんな、誉めすぎですわ。うふふっ!でも私、婦女子も護身術程度の武術はたしなみとして学んでおいて良いのではないかと思っておりますの」と、ルミアーナは、まさか今の自分以外の記憶があって武闘派女子高生だったという訳にもいかないし、言ったところでわかるまいし…と思うので適当にごまかした。


「ほう?」


「私自身、これまで命を狙われたり拐われそうになった事もありましたし…」と、思いついたまま適当な言い訳を口にする。


「「「「なるほど」」」」」ダルタスや周りの兵たち、父親までもが感心するように頷く。


「え~と、そうそう、力の少ない女子でも大男を倒せる技とか無理なく体を鍛える方法等、書物などで学んだりしていましたの」と、美羽時代によく柔道や合気道の雑誌を読みあさって必殺技を模索していた事を思い出して言ってみた。


 実際に今のルミアーナになってから試した事はないし、美羽時代ほどの体術は体力的には無理だろうが、目覚めてからトレーニングを始める前のルミアーナと比べたらかなり筋力もついてきたし、試せるものなら試したいと思っていたルミアーナだった。


「実際に試した事もございませんし、何の役にもたたないかもしれませんが…」と付け加えた。


「いや、素晴らしいぞ!ぜひ試してみるがいい!」と父が両手を広げて自分に向かって仕掛けてみろと言わんばかりのポーズをとってみた。


「お父様?」


「まあ、お父様、後悔なさいますわよ?」とにっこりすると、するりと公爵の横に立ったかと思うとさっと右足を公爵の足もとの後ろ側に自分の右足を引っ掛かけ、同時に胸元をぽんと軽く突き飛ばした。


 すると、公爵はバランスを崩して体を仰向けにばったりと倒れてしまった。

(はい、テコの原理を利用したかんたんな人の転がし方ですねー)


「うふふっ、バランスを崩せば力などさほどなくても人を、転がすくらいなら簡単でしてよ。」と、得意気に微笑んだ。


「あいたたた、なんとっ!これは!ほんとにかっ?驚いたぞ!」

 がばっと起き上がり、公爵は娘にまさか倒されようとは思わずびっくりした様子である。


 一瞬、まわりが驚きしんとしてしまった。


 ありゃ?また失敗したかな?

 ついダルタス様に褒められたのが嬉しくて調子にのりすぎた?

 そう思ったルミアーナは何とかごまかそう…と思った。


「まあ、お父様、親ばかですのね。皆様呆れてらっしゃいましてよ。そんな!わざとらしいですわ」と、ちょっと拗ねたように可愛らしく言うと周りはどっと笑いだした。


「いやいや、びっくりしましたよ!こんな華奢なお嬢様がいくらなんでも大人の男をいとも簡単に!なんて」


「いや、一瞬、信じちゃいましたよ!迫真の演技!公爵様は、役者にもなれそうですね」と囃し立てる。


「姫様もこんなに綺麗で可愛いのに、全然気取ってなくてなんて素敵な姫様なんだ!」


「ほんとに、楽しいお嬢様だ!こんなにお綺麗なのにノリまで良くて!」


「「「姫様、最高!」」」等々…!


 やんややんやと、ひやかされて

 とりあえず、お父様も特に突っ込むこともなく笑ってくれて、ごまかせたかな~と思ったけど…。


 お父様と、ダルタス様の目が笑ってなかった。


 …そんなにヤバイことしたのかな?

 投げ飛ばした訳でもあるまいし…。

 ちょこっと転がしただけだよね?(あははは…)と、内心、焦りつつも深く考えないようにしてその場はスルーした。

 

 ***


 その後、ダルタス様が模範指導という事で、勝ち抜いたジョナというまだ若い二十歳くらいの兵士と手合わせが行われた。


 すごいっ!すごいわ!カッコいいー!

 ルミアーナは興奮してぱちぱちと手をたたきながら一生懸命見入っている。

 さすが、ジョナという青年も何人もの兵から勝ち残っただけあって強い。


 けど、ダルタス様とは大人と子供ほどの実力の差を感じる!


 剣道も初段でそこそこ強かった美羽の記憶があるルミアーナには一見してその実力の差を見切ることができた。


 ジョナが、力一杯打ち付けてくるのに対してダルタスは、あくまでも軽く流している。


 疲労困憊して倒れる寸前のジョナが、

 最後に打ち込んだ一打にダルタスが、力をこめて、弾き飛ばした。


 わっと、歓声があがり、皆がよってきてジョナを、労う!

「よくやった!偉い!偉い!」

「将軍相手にまあ!よく粘ったなあ!」


「うむ、よい汗をかいた。」とジョナの頭をなでた。

「くぅ~!いつか必ずや私が将軍の木刀を、弾いてみせますから!」と息巻く。


「楽しみだ」と、笑ってみせる。


 はぅん、恰好良い~かっくいぃぃ~

 この人が私の結婚相手なんてなんて素敵なんだろ!

 あーもうマジ幸せすぎるぅ!

 ルミアーナは、うっとりとダルタスを見つめるのだった。


 ***


 その日、ルミアーナは、大好きなダルタス様の勇ましい所も見れてルミアーナは大満足だった。


 訓練を終えたダルタスや兵達も、湯殿に皆で汗を流しにいくと言うので、父と城内を散策しながら帰ることにした。


 次はいつ会えるかしらと思いつつ名残惜しそうな笑顔で

「また、近いうちにお会いできますわね?」と言うと、ダルタスが滅多に見せない良い笑顔で(兵達を背にルミアーナだけ見えるように)

「ああ」と言って頭をぽんと軽く弾いた。


 小さい子をあやすような仕草だけれどルミアーナが嬉しそうに顔をほころばせると、周りの兵らからは何故か小さなうめき声や絶叫があがっていた。


「「「うぉぉぉ」」」


「「「「ぐがはぁっ!」」」」


「「「「「「はぅぅっ」」」」」


「「「「「「くそ!可愛すぎるだろ!」」」」」」


 何で、あんな鬼みたいな男に懐いてるかな!この天使様は!と、皆が皆思った。

 ダルタス将軍の事を本当に尊敬しているのか?と疑うほど失礼である。


 ふだんはダルタスを尊敬どころか”崇拝”している兵達までもが嫉妬してしまうほどルミアーナは可愛く頬を染めて笑うのだった。


「ではまた、皆様今日は有り難うございました。」とぺこりと頭を下げて父と共に訓練場をでた。


 公爵令嬢が下っ端の兵士にまで頭を下げるなど普通、あり得ない!

 姿ばかりか中身まで美しい姫と兵士らは皆、一様にルミアーナを褒め感動すらして暫くルミアーナの話題が興奮気味に語り合われていた。

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