第13話 ダルタス将軍の回想
それはつい先日の事であった。
あの見合いの翌日、アークフィル公爵が、前触れもなく我が屋敷にやってきたのだ。
折り入って話があるとのこと。
むろん、娘…ルミアーナ嬢の事だろうと思った。
やはりな…と俺は思った。
やはり娘が、嫌がるので婚約は、なかったものに…とか、そういう事であろうと…。
面白くはないが、嫌々嫁がれるのでは、こちらの方が迷惑だ。
婚約破棄なら早い方が傷も浅いと思った。
『傷?』俺は傷ついたのか?まさかだろう?
いやいや!
ほんの一瞬ちょっとかわった夢をみただけの話だ。
そう、自分に言い聞かせ、覚悟した。
ところがアークフィル公爵の話は私が思っていたものとは全く違う話だった。
「ダルタス殿、貴方は王太子がルミアーナを気に入ってしまったような事にお気づきか?」
「は?」
それは、ダルタスにとって思いがけない言葉だった。
「その様子ではお気づきではなかったようですな?何故、わたしが昨日のうちにさっさと国王にも婚約成立の承認をいただき祝辞までもぎとってきたか!お察しくださいませ」真剣そのもの鬼気迫る勢いのアークフィル公爵に、ダルタス将軍は、ちょっと押され気味になりながらも話を聞いた。
「しかし、この見合いは王太子がしくんだのであろう?」
「それは、あの娘に会った事がなかったからでございましょう?」
「親の欲目を差し引いて辛口で見てもうちの娘は美しく、しかも可愛らしいのです!」
親バカまるだしな台詞なのだが、ルミアーナに限っては、本当の事なのでしかたない。
そしてダルタスも大きく頷く。
本当に美しくて可愛くてこの世の者とも思えないほどの可憐さなのだから仕方がないなと思った。
「た、確かに、王太子が気に入らない訳がないな…む…それで?…ああ、私との婚儀を取り消したい?とか、そういうことか?」
さすがに虫のいい話ではないかとアルクスにもアークフィルにも少し腹が立ったが、それもまた、ありそうな話だとため息をついた。
ルミアーナ嬢とて自分のように醜くいかつい男よりもアクルス王太子のような見目麗しい男の方が良いに決まっている。
それに何といっても王太子妃だ。
年頃の娘なら一度は憧れる存在であろうと思い、いよいよ諦めねばと思った。
「まさかっ!逆でございます!先程も申し上げましたが、わざわざ見合いしたその日のうちに王に婚約成立の承認をもらい祝辞まで取り付けたのは、ちょっとやそっとではこの婚約を覆せないようにする為です!」
「なぜ?」心底ダルタスは問うた。
「それは、もちろん、王太子殿下よりも貴方様の方が娘を幸せにするに足るお方だと思うからでございます!どうか、王太子が何を言ってきても、これは国王夫妻からも祝福を受けた正式な婚約であると、つっぱねて頂きたいのです」
「や、しかし、貴公の気持ちは嬉しいが娘御の気持ちはどうなのだ?ふつうは王太子のような見目麗しい男の嫁になりたいものではないのか?自慢ではないが私のこの傷を見ただけで大抵の婦女子は、どん引きだぞ?」と、自分で口にして何だかすごく嫌な気分になりながらも腹を割って正直なところをつっこんでみた。
「娘は、王太子ではなくダルタス殿が良いのだと申しておりました。ええ、それはもうキッパリと!」
「な、…し、信じられん」と、思わずもらすとすごい剣幕でアークフィル公爵がまくし立てた。
「なんと!娘の誠をお疑いか!昨日の出会いで頬を染めて恥じらいながらもダルタス様がよいと言った娘の気持ちを!」
「い、いや、そんなつもりでは…え?わ、わたしが良いと?姫が?」
もちろん、けちをつける気など毛頭ない。
そんなつもりはないが、あんな夢のような姫が、自分になどとそんな…それこそ夢のような話でにわかには信じがたいのである。
「しかし、王太子より私が良いなどと、ほ…本当にか?」
我ながらしつこいと思いつつも聞かずにはいられぬダルタスだった。
「本当に本当でございます」申し立てるアークフィルの目は据わっていて鬼将軍すらたじたじにさせる怒涛の勢いである。
「そ、そうか…それは…こ、光栄な事だ」
これだけ言われても尚、信じがたそうにダルタスが言った。
「では、王太子が何を言ってきても娘を手放したりはしないとお誓い下さるか?」と、たたみかけるようにアークフィル公爵が念を押した。
「わ、分かった。ルミアーナ嬢自身が望まぬ限りは私から破談にはしないと誓おう」
そう言うとアークフィル公爵は、ぱっと顔を輝かせた。
「それを聞いて安堵いたしました。ダルタス殿は約束を違えるような方ではないと知っております故。おお、そうだ明日、我が屋に来て下さるお約束もお忘れなく!何せ娘が楽しみにしております故」…と、心底安心し嬉しそうにうんうんと頷いていた。
***
そうして翌日、アークフィル公爵家を訪れると本当に待ちかねたようにルミアーナ嬢が出迎えてくれた。
やはり美しい…。
こんな(ありえないほど美しい)姫が一体全体なんでまた自分に…?という思いが消えない。
「ダルタス様、いらっしゃいませ!お待ちしておりました」
駆け寄るルミアーナ嬢の声は明るく弾んでいた。
ダルタスは思った。
ああ、満面の笑みだ。
可愛い…。
ものすごく可愛い…。
やはり嬉しそうにみえる。
怖がってるようにも見えない。
どうやらルミアーナ孃が私との婚約を望んでくれているというアークフィル公爵の言葉は嘘ではないように思える。
にこにこと可愛らしく微笑んで目が合うと真っ赤になって視線をそらす。
その様子も、何というか、とにかく…、
か…可愛らしすぎて困る。
未だかつてこんなに、困った事がないくらいに困る。
思わず抱き締めたくなる衝動に苦悩する。
仮にも婚約者なのだから抱き寄せるくらいは許されるのであろうか?
いやいや、深窓のご令嬢だ。
めったな事をして怯えさせてはいけない。
彼女はまだ社交界にすらデビューしていない少女だ。
おそらく、父親以外の男性とは手すら繋いだ事もないだろう。
実に純粋無垢な令嬢だ。
それ故に父親に言われれば、自分の様な者との結婚にも素直に従ってしまうのだろうか…?
それとも、まるで雛が初めて見た動くものを親だと思うように、彼女もまた初めて出会う父親以外の異性を夫と認識したのだろうか?
それならばそれでもかまわない。
その幸運を素直に受け止めよう。
こんなにも可愛らしく愛しいものをもはや誰にも、わたせるものかと…。
今日は、公爵夫人も出迎えにこられた。
最初、私の顔の傷に少し驚いていたようだったが、さすがに武人であるアークフィル公爵の奥方だ。
怖がる様子も厭うような態度もおくびにも出しはしない。
…というかルミアーナ嬢が私に嬉しそうに話しかけているのをみて安心してくれたのか、二人でいるところを非常にほほえましそうに見ておられるので何か気恥ずかしくて私の方が落ち着かなかった。
「ルミアーナ、せっかく婚約者のダルタス殿が来られたのだから我が家の自慢の庭園をご案内してはどうかな?」とアークフィルが言うと
「それはよいですわね。ちょうど今は季節も良くて花が咲きほこっておりますもの」と、笑顔で母ルミネがいった。
ルミアーナは、(お父様、お母様、ナイスですわ!)と心の中で呟いた。
ダルタスはと言えば内心、この親たちは、娘を私のような男と二人きりにしても良いと思ってるのか?危ないだろう!と思ったが…アークフィル公爵夫妻は満面の笑みで俺との散歩を娘に勧めている。
「は、はい、ダルタス様、宜しければご案内致しますわ」と、ルミアーナ嬢は頬をうっすら染めながらも嬉しそうに席を立ち自分を誘った。
よいのか?本当ににか?と思いながらも、言われるがままに席を立ち二人でサロンから出たのだった。
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