第12話 姫君と鬼将軍は…

 ダルタス将軍と公爵令嬢ルミアーナの婚約の報は瞬く間に国中に広められ、めでたくルミアーナは王太子妃候補から外れて、この国の王都の守護者ダルタス将軍の正式な婚約者となった。


 とりあえず、命を狙われるという危険要素が減ったということで両親も大喜び!

 しかもルミアーナ本人がダルタス将軍に夢中なのだから何よりである。


 ***


 そして今日は、ルミアーナの愛しのダルタス様が訪れる約束の日だった。

 朝からルミアーナは、どきどきワクワクである。


 思えばルミアーナは、美羽時代からワイルドで逞しいタイプに憧れていた。

 会ってみればモロ好み!

 タイプど真ん中!なんて素敵なの!きゃっふぅ♪である!


 ああ、私の理想の人~!

 あんな人が実在するなんて!神様ありがとう!

 ああ、この世界ほんとに、夢みたいに素敵!


 そんな風に思うルミアーナだった。

 自分が暗殺されかかっていた事など、どこ吹く風…といった感じである。


 美羽の記憶をもつルミアーナの中身は、本当に豪快でワイルドである。

 細かいことは気にしないし、気にならないのである!


 美羽時代、美羽の強さを知る周りは女扱いなどしてくれてなかったし、実際、美羽にかなう男など空手の道場師範である兄か道場主の父親くらいなもので美羽からみたらそれ以外はみんな軟弱なもやし君達だったのである!


 人並みに恋愛には憧れていたものの、ときめく相手など漫画やアニメの中にしかいなかった!


 なんせ理想は自分より強い


 そして、本人は空手と柔道の使い手であり、弓道、剣道までもそこそこいける腕前という強者!

(あくまでも美羽時代の話だが…記憶はつい最近のように感じられるので、毎日のトレーニングで体さえ出来上がれば、今でもそこそこは使えるようにはなりそうだ。)

 まったくもって、逞しいにもほどがある姫なのである。


 しかしそれは、中身の話であり見た目だけは、どこをどうみても深窓のご令嬢。

 幸いこの世界で自分の本性(…というと言葉が悪いが)を知るものは、いない!


 この見た目!利用できるならさせてもらいましょうとも!

 ふってわいた自分の初恋!

 手段は選んでおられませんわっ!


 あの方を手にいれられるのならば、なりきりましょう!姫君に!

 …と、儚げな見た目と相反し、もはや心は『狩人』である。


 獲物は、泣く子も黙る鬼将軍ダルタス!

 気合い万全!はやる心を抑えきれないルミアーナだった。


 むろん朝のトレーニングも、きっちりして風呂にも入って数日前からフォーリーや母と念入りに選び抜いたドレスを纏い着飾って準備万端にダルタスを待ちわびた。


 ***


 一方、ダルタスの方は、柄にもなくそわそわしていた。

 約束の時間より大分早く、まだ時間がある。

 自分の屋敷の中を行ったり来たりしながら考えこんでいる。


「旦那様、少し落ち着かれませ!」

 年若い家令のブラントが笑いを堪えるように言った。


「わ、わかってはいるが!くそっ!戦場に赴く時の方がまだましだ!」と、頭を片手でわしわしとかきむしりながら唸る。


「なんて事を!旦那様!せっかくご自身のご身分にも相応しい公爵家の姫ぎみとのご婚約、ぶち壊しになさるおつもりですか?」ブラントの眉間にしわがよる。


「旦那様、私は旦那様の為を思って敢えて言わせて頂きますが、このような素晴らしいご縁談、絶対に絶対にぜーったいにもう二度と金輪際ございませんからねっ!」


「む…ぅ…わかっている」


「は?」


「わかっていると言っている!」


「ぶち壊したくないから行きたくないんだ!いや、行きたくない訳ではないが…!」


「はぁ、こんなダルタス様は初めてですね?そんなに心配なさらなくても、すでにお会いになられた上であちらから申し入れのあったご縁談にございましょう?」


「そ…それは…そうだが、父親に言い含められていただけやも知れぬ」


「それは、そうかもしれませんが、旦那様をみて怯えもしなければ泣きもしなかったのでございましょう?」と、ブラントは、呆れたように言った。

(全く、それならそれでよいではないか?所詮、貴族間の結婚などそんなもんである)と、口にはださないが思った。


 そんなブラントの心の声など知らぬダルタスは、


「っ!そうなのだ!」

 くわっと目を剥いて主が、ブラントにむきなおる。


 ブラントは、びくっとした。


(こわっ!あなた、こんな顔見せたら確実に逃げられますからね)と思ったが、これも口にはしなかった。


「かの姫は俺のこの顔の傷すらまるで目に入ってないかのように話しかけてきて…し、しかも…いや…勘違いかも知れないが」


「?ナンなんですか?」にえきらない主にブラントは、まゆをひきつらす。


「姫は俺といて恥らって赤くなっていたようで…ま、まるで俺のことを…その…なんだな…」


「は?」


 ブラントは、呆れたように口をぽっかりあけたまま思った。


(怖いの我慢して赤くなってたのを、もしかしていいように誤解してるとか?…かな??)と自分の主にむかって実に不敬な事を思ったが、それもまた口には出さなかった。


 王太子妃候補筆頭の噂の美しい姫が、王太子妃を諦めてうちの旦那様を選ぶ理由なんて決まっている。

「命を狙われるくらいなら、いっそ鬼将軍に嫁いだ方がまし!」とか、思ったに違いないだろう。どんな勘違いをしてるのか?我が主は!と心底、失礼なことを思った。

 …とはいえ、釣り合いのとれた公爵令嬢との縁談は主にとっては喜ばしい出来事に違いないのだから、ここは応援せねばと思っている。


「はいはい、それでしたら大丈夫でしょう?分かりましたから、とっとと行って下さいまし!時間を守らぬ紳士などおりませんよ!やっぱり王太子の方が良かったと思われても知りませんからね!」と、ブラントが言うと


「うむ…行ってくる。」と、ダルタスはくるっと出口に向き直り、すたすたと出ていった。

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