第24話 僅かな光

 これからどうしようかとセレンは考えていた。


 このまま水場で待ち伏せするのもいいが、丘の上に広がる草原の方へ足を運ぶのも良いかも知れない。今日はカラッとした天候と過ごしやすそうな気温なので、多くの得物が草をんでいると考えたのだ。


 現在地は水場のジメジメと風のこもった地形、そして身に着けた厚手のマントのせいで猛烈に蒸し暑い。

 セレンは一刻も早くこの場を離れようと平原の方へと足を向けた。


 平原まではそれ程距離がある訳ではない。

 と言っても直線距離での話であり、セレンは大きく迂回して丘陵きゅうりょうになっている場所へと向かう。もっと近いルートも存在するのだが、セレンは律儀にもクロムから教わった道を行く。その方が考え事もできるし、何より慣れていて楽なのであった。


 両親を亡くしてからセレンは天力能力アストラビィの発動の仕方のコツを掴もうと、実際に何度か霊魂を降ろしてみていた。

 能力の効果は頭では理解していたが、実際使ってみなければ、いざと言う時困ると考えたからである。


 セレン自身感じたことは、特に人格が変わるなどと言うこともなく、剣技や体捌きなどはクロムと同等のレベルになるので全く持って便利な能力だと言うことだ。

 特にリスクもないようなので、セレンはなるべく〈堕ちた幻影フォールンソウル〉を使っていこうと考えていた。


 獣道を抜け、狩人たちが使っていると言うルートに出ると一気に進む速度が上がった。魔物や凶暴な獣との遭遇を出来るだけ避けたかったセレンとしてはありがたいところだ。

 何故かと言えば、時間がもったいないからである。

 それらと出会っても【憑依】でクロムの霊魂を降ろせば済む話だ。

 魔物に出会ったところで、自分が負けることなどないとセレンは考えていたが、これからは何事も慎重に生きていかねばならない。死ぬ訳にはいかないのだ。


 やがて少し開けた場所に出る。


「わぁ……」


 セレンは何度見てもその光景に圧倒されてしまう。

 この場所から丘陵一体の草原地帯を一望することができる。

 少しずつ色づき始めた針葉樹と広葉樹がチラホラとあり、草原にはクレイディアを始め、他の獣の姿も見える。

 緑色の中に黄色が混じり、空の澄んだ青色が映えてとても美しい。

 セレンはその景色を気に入っていた。

 見たのはいつ以来だろう。

 セレンは少しだけ疲れが癒され、悲しみから解放されたような気がした。


「む? セレンか?」


 セレンの後ろから声が掛かる。

 聞き覚えのあるその声にセレンが振り返ると、そこには馴染なじみの狩人であるセクターという壮年の男がいた。

 茶色の髪に白いものが混じり始めているが、まだまだ体力的には十分で日夜、このリングネイトの森やヘイオス平原を駆け回っている。

 彼とはノースデンに来てからの付き合いだが、狩猟のコツなどの様々なアドバイスをくれたり、親身になってしてくれたりした人でありセレンにとっては祖父のような存在であった。


「セクターさん!? 今日はこちらで狩りなのですね?」


「ああ、今日の勘がこちらだとささやくのさ……ってお前1人か? 親父さんはどうした?」


 流石にまだ11歳の子供が1人で森に入るなどとは思いもよらないセクターが辺りをキョロキョロとしながらセレンに近づいてくる。

 恐らくクロムの姿を探しているのだろう。


父様とうさまは死にました」


「な、何ッ!? 本当か? まだ若いのに妻と子を残してっちまうとは……」


 セレンのあまりにもあっさりとした言葉にセクターは返って取り乱してしまう。

 彼の顔にはとても信じられないと言った表情がまざまざと浮かんでいた。


母様かあさまもです。それで獣を狩って生活しようかと思ったのです」


「何だってッ!? 奥さんもか……。そいつぁ難儀だな。いつのことなんだ?」


「昨日です」


「昨日だって!?」


 セクターの驚きは止まらない。

 両親を失った11歳の子供が翌日に狩りに来ていること自体が信じられなかったのだろう。

 しかも平然とした顔で。

 実際、セクターの考察通り、セレンの心のいでいた。

 両親のクリスタルを継承したことが原因なのかも知れないがセレンにはそれが分からなかった。


「そうか……。明日墓でも参らせてもらうよ……。それでセレン、狩りの成果はどうなんだ?」


 あまりの衝撃に今までこの過酷な世界をたくましく生き抜いてきたセクターですら居心地が悪かったのか、話題を狩りのことに切り替える。


「この弓は僕が扱うには難しいみたいです……」


 それを聞いて、セクターは改めてセレンの格好をまじまじと見つめた。

 よれよれの布の服に上からダボダボのマントを羽織っているが、大き過ぎて引きずっている。弓の大きさも体にあっていないせいか違和感があったし、セクターの見たところかなり強力な弓に見えた。

 これでは子供には扱えないと彼が判断してもおかしくはない。

 そしてこれまた体に合っていない大剣。

 これはクロムがいつも腰にいていた大剣だとセクターはすぐに理解した。

 その視線を感じたのかセレンは大剣の鞘を優しく撫でる。


「これは父様とうさまの形見です」


 セレンはでながら、父の仇をいつかこの大剣で叩き斬ることを夢見ていた。

 そんなこととはつゆ知らず、セクターはそれにいじらしさを感じたようだ。


「セレン。今日はあの草原で狩りだ。お前が喰いっぱぐれないようにしないとな」


 セクターは励ますかのように顔に満面の笑みを浮かべると、セレンの頭をガシガシと大雑把に撫でる。


「な、何ですかぁ~。もう……髪がぐちゃぐちゃです……」


「さぁ行くぞ! 大物を仕留めるんだ!」


 そう言って、セレンを鼓舞するセクターの目は潤んで光を湛えていた。

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