第11話 赤のクリスタル


 クロムがセレンの天力アストラを解放してからと言うもの、修行の時間はしばらく瞑想にてられることとなった。

 体内外を廻る力を安定させ、上手く制御を行うためだ。

 瞑想はガリランド神殿の内部に設けられている瞑想専用の部屋で行われていた。

 この場所はクロムとセレンだけでなく、神官たちや修道女シスターたちも使用している。


 セレンが1日の大半を瞑想に充てるようになってから顔馴染ができた。

 同い年の8歳と言う無邪気な年頃であったので、2人はすぐに意気投合した。


 修道女シスターであるラケシスと言う女の子で、セレンとは同い年である。

 セレンは彼女を一目見て、子供ながらに美しいと思った程だ。

 その髪はつやのある銀色に輝き、肩の辺りで切り揃えられている。

 初めて彼女のパールシルバーの瞳を覗き込んだ時、セレンは吸い込まれるような感覚を味わったものだ。

 彼女は元々はラディウス聖教国の南に突き出た半島にあるジルベルト王国の貴族の娘であった。しかし彼女の家が取り潰しになり、幼くしてラディウス聖教国に預けられ、聖職につくべく日々の修行に明け暮れていると言う。


 この日、2人は神殿内の色々な場所を回って歩いていた。

 ラケシスは休息日であったので、セレンをデートに誘ったのである。


「でも残念だね。街へ行ければいいんだけど」


「僕は神殿から出られないからね。せっかく色々案内してくれるって言ってくれたのにごめんね」


 セレンが申し訳なさそうにラケシスに謝るが、彼女は一向に気にしていない様子だ。むしろ、微笑みを見せると、セレンに温かい目を向けている。


「そんなのいいよ! 私もまだ1人で街へ行ってはいけないの。だから今日は神殿の中を案内するわ」


「そっか。じゃあしょうがないね。僕は神殿の中のことすら分かっていないから助かるよ」


 そう言って2人は早足で回廊を歩いて行く。

 決して神殿では走らないように厳しく言い聞かされていたからだ。

 そうは言っても早く色々なところへ連れて行ってあげたいラケシスとしてはどうしても急ぎ足になってしまうのだろう。


「ここは本殿ね。主神ディウス様がいらっしゃるわ」


 訪れたのは、先日大規模な襲撃があった本殿であった。

 凄惨な事件が起こったばかりにも関わらず参拝者は多い。


「神様の前であんな恐ろしいことを仕出かすなんて私、信じられない……」


「そうだね……。参拝に来た人たちも殺された人がいるんだよね。僕らのせいで……」


「セレン、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの」


「うん。分かってるよ。次に行こうか」


 こうして2人はまた神殿の内部へ戻って行く。

 この辺りは一般人は入れない場所だ。

 次にたどり着いたのは、かなり大きな部屋であった。

 長いテーブルが並べられ、数えきれない程の椅子がおかれている。

 上座に当たる一番奥には主神ディウスの像と祭壇が設けられていた。


「私たちはここで食事を摂っているの。朝は早いけどもう慣れたわ」


「皆で一緒に食事するんだね。僕は父様とうさま母様かあさまと3人で食べるんだ。いつも神官の人が持ってきてくれる」


蟄居ちっきょしているんだからしょうがないよ」


「そうそうちっきょだ。でもちっきょって何なんだろう」


「えーッと、ずっと閉じこもってることかな?」


「あ、そっか。だから街へ行ってはいけないんだね」


 セレンはようやく我が意を得たりと言った表情をしている。

 明るい表情になったセレンにラケシスもつられたように無邪気な笑顔を向けた。


「大きくなったら一緒に街に行けたらいいね!」


「そうだね。でも僕は父様とうさまの無実を晴らして国に帰らなきゃならないから……」


「私も早く力になれるよう、頑張るね!」


「ありがとう! ラケシス!」


 それからも色々な場所を見て回った。

 練兵場で神殿騎士団の訓練を見学したり、厨房に入って怒られたりもした。

 それは内に籠って修行の日々を送っていたセレンにとって一服いっぷくの清涼剤となったのである。

 自由とは言っても、知らず知らずの内に鬱屈うっくつしていたであろうセレンの精神はラケシスによって浄化されることとなる。


「そうだ。実は入っちゃいけない場所があるんだ。でもセレンに教えてあげる!」


「ええッ!? いいの? ラケシスが怒られるんじゃないか?」


「大丈夫! 私も2度しか見たことがないんだけど、すごく綺麗なの!」


 そう言うが速いかラケシスはセレンを置いて急ぎ足のペースを速めた。

 セレンも慌ててそれに続く。

 しばらく歩いたところにラケシスの目的地は存在した。

 そこは神殿のかなり奥の方であった。


「あの部屋よ。あの中にあるの」


「でも見張りの人がいるけど……」


「ふふふ……実は秘密の抜け穴があるの! こっちに来て!」


 再び歩き出すラケシスにセレンは着いて行く。

 綺麗なもの、秘密のものをセレンと共有したいと言うラケシスの気持ちは強い。

 どんどん進んで行くとやがて神殿の外へ出た。


「ここは……もう神殿の外じゃないか」


 神殿の裏にある練兵場とは違う場所にあるのだろう。

 この場所は木々が生い茂っており、自然が敢えて残されていると言った感じだ。


「ここに抜け穴があるの。何でかは知らないけどね」


 そう言って繁みの中へとどんどん入って行くラケシス。

 見失わないようにセレンも急ぎ足で着いて行く。

 ガサガサと繁みをかき分けて行くと、そこは土の地面ではなく綺麗に切り出された石が敷き詰められた場所であった。

 その中のいびつな石を何とかどかそうとするラケシス。

 セレンは気付いた。

 その石の隙間の向こうに人が通れそうな通路があることを。

 セレンはすぐにラケシスと力を合わせて石をどかした。


「ふう……やっぱり重い」


「前は1人でどかしたの? よく動かせたね……」


 少し呆れ気味に言うセレンにラケシスは強い口調で言い返す。


「以前はもう少し大きく開いてたの! いいから行こッ!」


 そう言うとラケシスは通路に入ろうと四つん這いになって進もうとする。

 そこに修道女シスターの長いスカートが割れて尖っていた石に引っかかった。

 自分のスカートがまくれ上がったことに気付いたラケシスが羞恥の声を上げる。


「キャッ! 見たッ!?」


「見てない見てない!」


 頬を赤らめて抗議の声を上げるラケシスに慌ててセレンが否定する。

 ラケシスはほっぺをぷくーと膨らませている。

 セレンは苦笑いするが、彼女の怒った顔も魅力的だなぁと場違いなことを考えていた。


「セレンのエッチ! バカ! もう知らない!」


 ラケシスはプイッとそっぽを向くと、スカートを手で払い、再び通路へと入って行く。

 通路は暗い。

 セレンも恐る恐る後へ続くが、思っていたよりも広く作られているようで楽に進むことが出来た。

 しばらく進んで行くと、ラケシスの動きが止まった。

 目的地に着いたようだが、彼女は次は何やら力み始める。


「ああ、石をどかすのか」


 子供2人分程度の広さがある通路である。

 セレンはすぐにラケシスに助力して石をどかした。

 開いた場所から這い出ると、ラケシスは大きく伸びをする。

 セレンも穴から抜け出して周囲を見渡すと、部屋の中央に鎮座する大きなクリスタルが目に飛び込んで来た。

 思わず驚愕して見入ってしまうセレン。

 クリスタルはほのかに赤色を帯びており、巨石で造られた台座の上で浮いている。

 また、部屋自体もかなりの広さで、台座の前、扉がある方には何かの装置のようなものが設置されているのが見える。

 その美しさと神秘的な輝きにセレンは圧倒され魅了された。


「どう? これは赤のクリスタルと呼ばれているものよ。綺麗でしょ?」


「うん……。すごい。こんな物が存在するなんて知らなかったよ……」


「メリッサ様によれば、同じようなクリスタルが世界に6つ存在するらしいわ」


「ここにまつってあると言うことは、ラディウス教のご神体なの?」


「主神のディウス様が世界を創った時、クリスタルも誕生したと言われているそうよ。世界の力の源だってメリッサ様が……」


「ふぅん……クリスタルは、6つともラディウス聖教国の聖地に存在しているの?」


「それは分からないけど……。これ以外に青のクリスタル、緑のクリスタル、黄のクリスタル、光のクリスタル、闇のクリスタルがあるらしいって教えられたわ」


「へぇ……」


 見入っていたセレンが気のないような返事をすると、ラケシスはまたしても頬をぷくーッと膨らませる。


「もう! セレン聞いてるの!?」


 その時、セレンの体が淡い赤色に輝き出した。

 それに同調するかのように赤のクリスタルもその輝きを増す。

 セレンは急な体調の変化に困惑していた。

 まるで体内の力があふれ出しそうな感覚に襲われて、思わずその場にガクリと膝を着く。それを見たラケシスは慌ててセレンに駆け寄ると、背中をさすり始める。


「セレン!? どうしたの!? 大丈夫!?」


「ああ、大丈夫。何だか変な感じがするだけだよ」


「何だかクリスタルの様子もおかしいわ。セレン、ここから出ましょう」


 クリスタルは淡い赤色から原色に近い赤色にどんどん輝きを増していく。

 セレンはその強烈なまでの力の波動をひしひしとその小さな体で感じていた。


「そうしよう……」


 ラケシスは天力アストラの素質持ちで幼い頃に解放を終えていたが、セレンは解放したばかりである。セレンはそれが原因かも知れないと思い、ラケシスの言葉に素直に従って通路へと入った。


 セレンとラケシスは石を元に戻すと、抜け道を通り外へと脱出した。

 その頃にはセレンの体調は元に戻っていたので、2人は何だったのだろうと笑い合って神殿の探検へ出かけることにした。


 その後も2人は神殿内をうろつき回り、メリッサに大目玉を喰らったことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る