第6話 追放、そして……
話はセレンの父親である剣聖クロムの追放処分が決まった頃までさかのぼる。
クロム一家の追放が決まり、聖地アハトへ出発する日がやってきた。
見送りには別れを惜しむ者たちが多く訪れ、とても罪人のそれとは思えない。
出発の
「ネオンラーグ、レニウミス、立派な騎士となって帝國の為に尽くすように」
「はい……」
「……」
反応が薄い。
セレンの2人の兄は、クロムの言葉をどこか上の空で聞いているように見えた。
気のせいか、その態度にはよそよそしささえ感じられる。
それに気付いているのかいないのか、クロムはアルシェに顔を向けると神妙な面持ちで告げた。
「アルシェ、2人とスズを頼む」
「
アルシェはそう言うと、目を伏せて黙礼した。
隣では妹のスズがキョトンとした表情をしている。
セレンがスズに声を掛けると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
天真爛漫なその姿からは僅かな不安も悲しみも
「セレン
「スズも元気でな!」
彼女はまだ4歳である。
恐らく何故、別れなければならないのか、よく理解していないのだろう。
またすぐに会えると心の底から信じて疑わない顔つきだ。
いつも母親のテルルにべったりとくっついて離れかったスズであったが、今は特に甘える様子もない。
セレンがスズとの別れを惜しんでいると、騎士の1人から速く馬車に乗るよう促される。このままではいつまで経っても出発できないと考えたのだろう。
後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込んだセレンは窓ごしにスズを見た。
彼女はちょんと背伸びをしながら少し高い位置にある窓を覗き込んでいる。
父親と母親、そして兄セレンの顔をその目に焼き付けるように。
無情にも
ゆっくりと馬車が進み始め、見送りに訪れた人々との距離が広がってゆく。
セレンは窓から半身を乗り出して後方をずっとずっと見つめ続けた。
離れてゆく距離。
段々と小さくなってゆく人々。
いつ帝都に戻れるかは分からない。
戻れない可能性だってある。
セレンはこの広がってゆく距離がいずれ心の距離になり、自分たちのことなど忘れさられてしまうのではないかと不安になる。
「母様! 父様! 兄様! 待ってるからね!」
小さな影がテテテッと進みゆく馬車の方へ駆け出すのが見える。
スズの声だ。
スズの姿だ。
しかし、そんな声に馬車が停まるはずもない。
セレンにできることは大きく手を振ることくらいのものであった。
常に気丈な振る舞いを見せる母親のテルルもこの時ばかりは思うところがあったようで反対側の窓から身を乗り出して馬車の後方をずっと眺め続けていた。
姿が見えなくなるまで――ずっと。
罪人護送用の馬車に乗せられ、セレンたちは帝都ジオニスから外の世界へと出発した。
今生の別れになるはずがない。
何としてもクロムの無実を晴らして帰ってくる。
幼いながらもセレンは心にそう誓った。
向かうは北西の方角にある聖地アハトの街。
この大陸には何か所も聖地と呼ばれる場所が散在している。
そこは、ラディウス教の神であるディウスを
聖地アハトの管理者である司教メリッサもクロム一行に随行している。
ラディウス兵の護衛付きであるため、道中は何の心配もいらなかった。
そもそも【剣聖】の称号、スキルまで極めたクロムが一緒であるので、セレンは
馬車の周囲にいるラディウス兵の表情も神妙なものではあったが、特に不安気な様子でもない。
「
セレンは
その言葉に母親のテルルも心配になったのか不安気な顔をしてクロムの肩に寄り添った。彼女のしなやかな銀色の髪がクロムにさらりと掛かる。
「心配するな。ガリランド神殿の一室で生活することになる。やることもない。セレンは剣の修行に励めば良い」
「分かりました。よろしくお願いします。
帝都ジオニスから聖地アハトへは北西へ3週間程かかる。
かなりの距離だが、道中には幾つもの大きな街が存在し街道も整備されている。
この世界――
セレンは帝都から出たことはなかったので、移ろいゆく景色にただただ目を奪われるばかりであった。
季節は初夏、今年は天候にも恵まれ、実り多き年となった。
金色の草原を進むがの如く街道を行く。
しかし世の中はそれ程甘くはない。
不幸は重なり、一旦倒れると、まるでドミノ倒しのように連鎖していくものだ。
平和な旅路が続くことなど有り得なかったのである。
例えば、頭に角を生やした
「
そして運悪く、その日は魔物の群れと遭遇してしまったのである。
飽きることもなく、ずっと窓の外を眺めていたセレンが、いの一番に発見した。
いくら大きな街道であっても襲われる時は襲われる。
周囲に何もなく、荒野だけが広がっている街道で2台の馬車に襲いかかってきたのはオーガ、オーク、ゴブリンの群れであった。
辺りには誰もおらず、一般人を巻き込む可能性がなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
護衛の兵士たちがよく訓練された動きで醜悪な亜人を葬っていく。
しかし亜人の数が多く、時間の経過と共に次第に押され始める。
司教のメリッサも馬車から降りて
「このまま、ただ見ていると言う訳にもいくまい……」
そう言うとクロムは罪人護送用の馬車から降りる。
罪人護送用と言ってもクロムたちは
しかし形式上、クロムの大剣はメリッサに預けられていた。
クロムは
それに気づいたオーク3体が襲い掛かる。
【
クロムがポツリと呟いたかと思うと、その姿が掻き消え、一瞬でオークたちの背後に立っていた。オークたちは体を上下に両断されて物言わぬ骸に成り果てる。
そして、次は数の暴力に飲み込まれようとしていた兵士を見つけるや
【
その
更に一瞬で魔物たちの背後を取ったかと思うと、その
その頃、メリッサも数に物を言わせて突撃してきたオーガたちに追い詰められていた。
高位の神聖術の使い手である彼女であっても圧倒的物量を制すのは難しい。
彼女の戦い方は神聖術による攻撃から拳で語る肉弾戦に移っていた。
もっとも神聖術士でありながら肉体言語で語り合える彼女は聖教徒の中でも異質な存在であった。
【
クロムが放った
彼が剣を一振りするや地面が錐のように盛り上がり、それに触れた瞬間に亜人たちが爆散したのだ。
全ては決まっていた。
亜人たちに待っているのは厳然たる死、だ。
体を貫かれた上、爆散し亜人たちに永遠の眠りが降りかかる。
視界の利かない中で命を狙われる恐怖から亜人たちは我先にと飛び出してくる。
そうやって
この世界には
理の力とは、神ではなく世界そのものの力。
それを使って具現化し、何もないところから水を得たり、発火させたりするのが
言葉には
言霊は理力や
それは理術や神聖術などだけでなく、クロムが放ったような剣技においても適用されるのだ。つまり術名や剣技名を言葉として発すると、世界の理力が働いて、たった今クロムが発動したような様々な現象が起こるのである。
「大丈夫ですか?」
「ええ、スタークス
「私は
「……そうでしたね。クロムさん、ありがとうございます」
「罪人に礼など不要」
クロムはそう言うが速いか、残っていた亜人たちとの間合いを一気に詰めると、一瞬で斬り捨ててしまった。
押されていた戦いはクロムの参戦と共に瞬く間に決着を見た。
セレンは馬車の中からその様子を目を輝かせて見ていた。
「母様! やはり父様は最強ですね!」
「そうね……。貴方も強くなるのです」
「はい!」
クロムは剣に付いた血を振り払うと、生き残りの兵士に手渡して馬車に乗り込んだ。
どうやら運が悪かったのは亜人たちの方だったようだ。
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