第5話 一騎討ち

 ジオナンド帝國軍の精鋭、北斗騎士団ほくときしだんによりノースデンの街は短時間で陥落した。

 執務室では指揮官のモンステッラが兵士たちに次々と指示を出していた。

 指示を受けた彼の部下たちは皆、一様に慌ただしく走り回っている。


 この街はレイラーク王国の直轄地であり、代官が執務を取り仕切っていた。

 早々に降伏した彼は現在、牢獄へ入れられている。

 命があるのは決断が速かったお陰だ。

 抵抗した守備隊の将や兵は容赦なく皆殺しにされた。


「とにかく民心を落ち着かせよ。住民の安全を保障し、無辜むこの民を殺したり略奪を行ったりした者は全て捕らえよ!」


 モンステッラがそう指示を出す中、1人の兵士が現れる。


「申し上げます。住民を虐殺していた者共の将を討ち取ったので首実検をして欲しいと言う者が来ております」


「将だと……? あの混乱をあおっていた者か? 誰だ?」


「はッ! いわく、ノメッツとのことです」


「ノメッツだとッ!?」


 モンステッラが驚愕の表情を見せる。

 彼の反応も当然であった。

 ノメッツはジオナンド帝國に寝返って城門を開けさせた功労者なのだ。

 モンステッラは、混乱のせいでノメッツの蛮行ばんこうをまだ知らずにいた。


「すぐに通せッ!」


 確認が必要だと判断したモンステッラはすぐにノメッツを討ち取った者を通すように指示を出した。

 すると、右手に髭面ひげづらの顔をした首を持って1人の帝國兵が入って来た。

 帝國兵は顔を伏せて素早く執務室へ入ると、首を置いて平伏した。


「まさしくノメッツよ……」


 モンステッラの口から乾いた声が漏れる。

 そして頭を手で押さえながら、よろよろと覚束ない足取りで首に近づいた。


「その方がノメッツを討ち取ったのか?」


「はッ! 彼奴きゃつは配下の兵に虐殺、凌辱、略奪の限りを尽くさせており、本人も率先して蛮行に及んでいたため、止む無く討ち取った次第であります」


「そうか……。むをんか……」


 モンステッラが頭に手を当てて小さな声で呟いたその時――


 声が響いた。


乾坤一擲けんこんいってき


 かしずいていた帝國兵が凄まじいまでの速度で大剣を抜き放つ。

 大剣はモンステッラの首に肉迫した。

 その速度は人間の反応領域を軽く凌駕しており、そのまま彼の首が胴と離れるかと思われた。


 ――刹那。


 大剣の一撃は、モンステッラが左手で抜きかけた聖剣によって止められていた。


 まさに紙一重。


「チッ!」


 咄嗟に後方へ下がり聖剣を抜いたモンステッラの誰何すいかの声が響く。


「何者だッ!?」


 モンステッラが攻撃を受けたことをようやく理解した騎士たちが慌てて指揮官を襲った帝國兵を取り囲む。

 誰何すいかこたえて、その帝國兵は被っていた鉄兜を投げ捨てると、顔を上げ、キッとモンステッラを睨みつけた。

 その目には憎しみの色が濃く表れている。

 モンステッラの表情がまたしても驚愕に変わる。


「まさか……。セレンか……!?」


「よく覚えていたな」


「生きていたのか……」


「生きていられると何か不都合だったのか?」


「いや、お前たちが聖地アハトから姿を消して以降、ずっと探していたのだぞ? クロム様は息災か?」


 セレンの鋭い視線を真っ向から受け止めてモンステッラはずっと気に掛けていたことを尋ねた。今回のノースデン侵攻の大義名分はレイラーク王国がクロム一家を匿っていたためと聞かされていたが、彼はそれを信じる程、お人好しではない。

 まさか本当にセレンがいるなどとはつゆ程も考えていなかったのだ。


「何を白々しいことを……。父様とうさまは貴様を呪って死んだ」


「何だと……? 呪う? 死んだ!? あのクロム様が戦って死ぬ訳がない……。一体何があったのだ?」


「よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……。父様とうさまの死因は恐らく薬物中毒だ」


 セレンの声の憎しみの色が濃くなる。


「薬物だと? 一体誰が……」


 そこまで言ってモンステッラは何かに気付いたようだ。


「暗殺未遂事件の真犯人か……。しかし何故お前が俺の命を狙う?」


「真犯人だと? 貴様、まだ白を切るつもりか? 理由は貴様が父様とうさまを罠にハメたからに決まっているだろうがッ!」


 セレンの感情が高ぶる。

 仇を目の前にした上、その男が知らぬ存ぜぬを通しているのだ。

 セレンの言葉を聞いて、モンステッラはどこか慌てたような素振りを見せた。


「待て……。セレン、お前は何か重大な勘違いをしている。俺はクロム様の無実を信じている」


「勘違いだとッ!? 父様とうさまは死ぬ間際まで貴様の幻影と戦い続けて死んでいったんだぞ? それを勘違いだと貴様は言うのかッ!」


「待て冷静になるのだセレン。死因が薬物中毒だと言うのならば、クロム様は妄執もうしゅうとらわれていた可能性がある」


 モンステッラが必死の形相でセレンを説得しようとするが、逆効果であった。

 火に油を注いだ形になってしまった。

 セレンは怒りを爆発させると一気にまくし立てる。


父様とうさまが追放された後、後釜に座ったのは誰だ? 一番利を得たのは誰だ? それは貴様ではないのか?」


「セレンッ! お前まで妄執に囚われるなッ!」


「問答無用……」


 セレンは大剣を握る手に力を込めると、源初流剣術げんしょりゅうけんじゅつの構えをとる。


「チッ! ……待っていろセレン。今、その洗脳染みた妄執から解放してやる」


「上等だ。4年前の俺とは思わんことだ」


 戦いを回避できないと判断したモンステッラは自身の持つ聖剣の力を解放する。

 そんな彼にセレンは不敵な笑みを浮かべる。

 追放後の約4年間で、セレンは天力能力アストラビィを開花させ、かなり成長していた。現在も〈堕ちた幻影フォールンソウル〉でクロムの霊魂をその身に降ろしている。

 心配な点は、ここに至るまでセレンがかなり肉体を酷使していたことくらいであろうか。対するモンステッラは、クロムから才能を認められたセレンの兄弟子である。


 勝負はどちらに転ぶか誰にも分からなかった。


 セレンとしては、できれば初撃で仕留めたかったが、防がれたのではしょうがない。しかし、居合斬りの中で最上位に当たる居合剣技【乾坤一擲けんこんいってき】を防がれた事実は、セレンの心に焦りを生み出していた。


 しばしの間、両者の睨み合いが続く。

 執務室にいる騎士たちも動けないでいた。

 セレンの中にじわじわと焦燥が募ってゆく。

 このまま時間が経てば、状況は不利に推移するだろう。


 先に動いたのはセレンであった。

 動かないモンステッラにれて正面から斬り掛かる。

 しかし、それをあっさりと弾かれてセレンは体勢を崩してしまう。

 その隙を見逃すはずもなく、モンステッラは素早い体捌たいさばきでセレンに密着すると、聖剣の柄の部分で鳩尾みぞおち辺りを攻撃する。

 セレンはそれを一歩引いてかわすも、モンステッラは離れない。

 何とか体勢を立て直そうとするセレンに容赦ない攻撃が次々と襲う。

 受け太刀している大剣が悲鳴を上げている。

 モンステッラは、明らかに大剣の破壊を狙っていた。


 だが――


 セレンは彼の意図を読んで歓喜する。


 この大剣をだと思っているのだ、と。

 セレンは自身にかつを入れた。

 手加減されている状態ならば討ち取れると思ったのだ。


 モンステッラは剣撃けんげきだけでなく、足技も絡めて攻撃してくる。

 これは正統な『羅刹流剣術らせつりゅうけんじゅつ』の戦い方だ。父であるクロムが創設した『源初流剣術』とは違う。

 セレンは密着してくるモンステッラの先を読み、柔剣技じゅうけんぎを発動した。


転撃活殺てんげきかっさつ


 モンステッラの持つ聖剣がセレンの大剣に触れた瞬間、セレンの体から衝撃が発せられる。衝撃に体を押された上、交わり合った剣がするりといなされ、モンステッラの体勢が崩れた。

 大剣はそのまま滑らかな動作でモンステッラの首へと迫る。


 が。


 紙一重でかわされてしまう。

 逸れた剣先は彼の頬に傷をつけただけに終わる。


 またしても紙一重。


 セレンはこの差は非常に大きいと考えて、先にこの原因を排除することに決める。

 すぐに追い打ちを掛けると2人の剣がぶつかり合い火花を散らした。

 モンステッラの剣は聖剣だ。

 聖剣を始めとした、神剣、魔剣などはその刀身に特殊な力を秘めており、所有者と認めた者に大いなる加護を与える。

 それは、攻撃力、防御力、俊敏性など様々な要素を上昇させたり、追加効果をもたらすのである。


 ――ここだ


 セレンの脳裏に閃きが走る。


「今こそ、その力を解放せよッ! 全てを喰らいつくせッ!」


《封剣ゼクスナーガ》


 途端にセレンの持つ大剣がぬらりと怪しく輝いた。

 そして、モンステッラの聖剣に付与された効果を喰らい始める。

 淡い空色の輝きを放っていたモンステッラの聖剣から光が失われていく。


「何だッ!? 何が起きているッ!?」


 自身の状態異常に気付いたモンステッラが驚愕の声を上げた。

 モンステッラに付与されていた聖剣の加護が消滅していくのだ。

 彼にはそれが如実に感じられているだろう。


 慌てて鍔迫つばぜり合いをしていた剣を押し込んでセレンから距離を取るモンステッラ。


「セレンッ! 何をしたッ!?」


「これも父様とうさまの使命の1つ……聖剣の加護を喰ったんだよ。これで貴様は弱体化したと言う訳だッ!」


 そう言いながらセレンは猛然とダッシュをかけ、再び斬り掛かる。


 封剣ふうけんゼクスナーガは、世界に存在するあらゆる力を封じるとされている。

 この世に存在する6つの世界の内の1つ――虚界きょかいに棲む黄金竜おうごんりゅうゼクスナーガの力を宿した大剣なのだ。

 喰らった力を取り込み自分のものとし、力の奔流ほんりゅうを斬り裂く。

 扱い方はクロムが知っている。


 それから何合も剣と剣とのぶつかり合いが続いた。

 明らかにモンステッラの動きは最初とは違っていた。

 それでも互角に打ち合う辺り、流石はクロムの1番弟子と言えよう。

 聖剣の加護に頼った戦い方をしていなかったからこそ、加護が失われても尚、戦えているのだ。


 斬り合いが20合に達しようとした時、セレンが放った蹴りがモンステッラの動きに変化をもたらした。

 その隙を見逃さずにセレンは暗黒剣技を使用する。


黒剣こっけん


 セレンの大剣が漆黒に染まる。

 この大剣に斬られた者は呪いにいましめられるのだ。


「チッ!」


 流石さすがにこの一撃を喰らう訳にはいかないと判断したのか、モンステッラはセレンから距離を取ろうとした。

 そこへセレンのコンパクトな攻撃が肉迫する。


 モンステッラの左手が宙を舞い、鮮血がほとばしる。

 更に追撃に移るセレンであったが、モンステッラはダメージを感じさせない動きで大きく後ろに飛ぶと聖剣を虚空に振りかざした。


 空振りではない。

 聖剣技の発動モーションだ。


 肘の辺りで腕を斬り飛ばされたにも関わらず全くひるむことのないモンステッラの強靭な精神力が為せる業であった。


雷轟神聖撃らいごうしんせいげき


「くそッ!」


 発動が速い。


 かわし――きれない。


 室内であるにも関わらず天から落ちた雷をまといし一撃がセレンの身を焦がした。


「ガアアアアアアア!」


 凄まじいまでの激痛に見舞われて絶叫がセレンの口から衝いて出る。

 思わず、ガクリとその場に膝をつくセレン。


「そこまでだッ!」


 戦いをジッと見守っていた騎士の1人が叫ぶ。

 そして左腕を斬られたモンステッラの元へと駆け寄る。

 他の騎士たちはセレンを囲んで剣を突きつけている。


「モンステッラ様、すぐに治療を。まだ再生できるはずです」


「ああ、少し待て」


 モンステッラは膝を突いて、その身を大剣で何とか体を支えているセレンに近づいた。


「セレン、お前は俺がかくまう。共にクロム様をおとしいれたヤツを探そう」


「……」


 返事をしないセレンにモンステッラに寄り添う騎士が言った。


「お前程の使い手ならば、モンステッラ様がお前を殺すのではなく無力化しようとしていたことくらい分かるだろう」


「殺せ……」


 彼の言葉にセレンは死を選択した。

 無様に生き残るのは、名誉ある父クロムに顔向けできないと思ったのだ。


「ふッ……。死にたがりが。お前ら、その者を処刑しろッ!」


 無慈悲な命令が執務室内に響いた。

 そこへ慌てたモンステッラが止めに入る。


「待て待て待てッ! ゴルザス、勝手は許さんッ!」


「私は副官としてあなたに敵対する者を葬るのみです」


 職務に忠実な副官の言葉に、モンステッラは複雑そうな表情を見せるが、セレンに1歩近づくとその場にしゃがみ込む。

 セレンはダメージによって顔を伏せており、その目を見ることは叶わない。


「セレン、お前が俺のことを信用できないのは分かった。俺は帝國内を調べる。もしお前がまだ真相を調べる気があるのなら、ラディウス聖教国のメリッサ殿を訪ねろ。外から真犯人を探すのだ。もしその気がないならお前の好きにしろ。また俺を殺しに来るがよかろう」


 セレンはその言葉に何故か温かみを感じる自分に内心驚いていた。

 ゴルザスはモンステッラの寛大な言葉を聞いて大きなため息をつく。

 彼は長年、副官としてずっと従ってきた男である。


「お前たち、剣を引け。そいつを解き放て」


「すまぬなゴルザス。この場にいる者は今日ここで起こったことは他言無用だ」


 副官ゴルザスは、すぐに神の奇跡を顕現させる神聖術士を呼んだ。

 高位の神聖術士ともなれば、体の欠損けっそんを治すことすら可能なのである。


 すぐに別室にいた神聖術士が来て、モンステッラに回復の神聖術を使用した。

 しかし、失った肘より先の部分が再生することはなかった。

 何度試しても回復できない。

 それをひざを突いたまま見ていたセレンが口を開く。


暗黒剣技あんこくけんぎの【黒剣こっけん】の効果のせいだ……。呪いを解くのが先だ」


 セレンは辛うじて意識を保っていたが、それも限界を迎える。

 長時間の【憑依】、しかも自分より上位の存在を降ろした上での連戦である。

 消耗していないはずはなかった。


 モンステッラの治療が行われる中、凄まじいまでの精神力で保っていたセレンの意識は消滅した。

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