愛しの我が子へ
@aikawa_kennosuke
愛しの我が子へ
黄昏で橙色に染まった道を、手を繋いで歩いていた。
大志(たいし)の手は小さかった。
この子が産まれてから5年が経とうとしている。
大志という名前は夫のアイディアだった。
大きな志を持つように、という単純な由来だ。
なんとなく古臭いような気がして、私はその名前が嫌いだった。
その思いを押し殺して、笑顔で語っていた夫に追従した。
けど、今はその名前が好きだ。
大志という名は、それを最後に呟いて死んでいった、夫の形見のように思うから。
「ねえ。」
大志が口を開いた。
「あなたは誰なんですか?」
少し震えたような調子で、私を見上げて言った。
私?
そりゃ、あなたの母親だけど。
この子は面白いことを言うな、と思った。
この前もおなじようなことを聞かれた気がする。
この子よりもう少し痩せた、少し鼻の高い子だった。
その子も同じように震えていた。
その子の名前はなんだったろう。
大志と、同じような名前だった気がするが、思い出せない。
しかし、こうやって今日みたいに、夕暮れの道を二人で手を繋いで、歩いていた。
家に着くと、仏壇の前に座った。
黒い縁の中に入れられた夫の顔は、大志の隣で微笑んでいる。
あの人が遺した言葉、
「大志を頼んだぞ。」
その言葉を頼りに私は生きている。
振り返ると、大志は部屋の隅で、怯えたようにこちらを見つめている。
父親がいなくなり、この子も不安なのだろう。
けど大丈夫。
私がいるから。
私はそっと大志を抱きしめた。
大志はまだ震えていた。
愛しの我が子へ @aikawa_kennosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます