心臓怪火 11

 ◇




 子供の頃から、俺は優秀な兄と比べられては周りから呆れられていた。


「まあ、また満点なの?

ジャクソンは凄く優秀ね!

それに引き換えダニエルは……もっと頑張りなさいよ?」


 母は兄と俺にテストの用紙を返しながらそう言った。


「俺だって、頑張っているのに……」


 俺は八十五点のテストの用紙を手に握りしめてそう呟く。


 いつだって周りの人達は兄の味方だった。


 兄のジャクソンは見た目も成績も運動も何もかもトップだった。


 そして、性格も良かった。


「ダニー、そういじけるな。

俺はお前が頑張っている事、ちゃんと分かっているからな」


 兄はそう言いながら俺の頭を撫でた。


 どうせなら、もっと性格も悪ければ良かったのに。


 そしたら、堂々と嫌いになれたのに。


 こうして俺はずっと優秀な兄と比べられ続けながら大人になっていった。


「まあジャクソン、警官服も立派ね!」


 それから兄は警察になった。


「ダニエルは……まあ就職おめでとう」


 俺は一応地元では大企業と言われる会社に就職した。


 しかし、親はやはり俺より兄の事ばかりだった。


「全く、お兄さんが優秀だと聞いてうちで採ってはみたんだが、どうやらお前はそこいらの奴らと変わらん凡人だな」


 会社に入ってすぐの頃、上司にそんな事を言われた。


「え?」


 俺は自分が採用された理由をそこで知り驚愕する。


「まあ、うちも人手は足りないし、雑用ならいくらでもあるからな」


 ……何で。


 大人になっても、何処へ行っても、兄と比較され続ける。


 誰も、俺自身なんて見てくれない。


 俺の中の怒りは、何年もかけてふつふつと、マグマの如く燃え上がっていた。



 殺したい。

 俺の事を馬鹿にする奴ら全てを、この手で……!


 そんな事を頭では思い描いても、しかしそれを実現しようだなんて、俺にはとても出来なかった。


 そう、あの日。

 あの着物の男に会うまでは。




 ◇




「う、うぅ……」


 あの着物の男に液体を目にかけられて倒れた後、しばらくして意識を取り戻した俺は何とか地面から起き上がった。


「はぁ、はぁ、何だったんだ?」


 立ち上がって辺りを見渡すと、着物の男の姿はなく、飲みかけの缶ビールが足元に転がっていた。


 ……俺は、酔って変な幻覚でも見てたのだろうか?


 そうだ。きっとそうに違いない。


 普段の日常がやるせなくて、あんな都合の良い幻覚でも見たのだろう。


 何が選ばれた者、だ。

 三十にもなって馬鹿馬鹿しい。


「帰ろう……ん?」


 歩き出そうとすると、俺の倒れていた付近のアスファルトの地面の上に紫の一輪の花が落ちている事に気付いた。


 見た事もない花に、一瞬目を奪われたが、しかし俺に花を愛でる趣味はない。


「はぁ、明日も仕事か……」


 俺はその花をもう一度見る事なく家路に着いた。

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