心臓怪火 7

何でこのタイミングでこいつは寝る気なんだ?


「……おい」


 たまらず俺はなるべく低い声で声を掛ける。


「何?」


 一方アイリスは俺に背を向ける様にベッドで横になったまま特に俺の方へと振り向く事もなく返事をした。


「何? じゃねーんだよ。

今夜出るって言ってるのに、何寝てんだてめぇ」


 俺の問いにやはり振り向かずにアイリスは答えだす。


「夜出たら寝る時間なくなっちゃうから今のうちに寝ようと思って」


 アイリスがそう答えてる最中に堪忍袋の尾が切れた俺は手に持っていた拳銃を寝ているアイリスの頭目掛けて躊躇わずに引き金を引いた。


 室内にパンッと乾いた銃声と薬莢の匂いが残る。


 しかし、後ろを向いているアイリスからは俺のその行動を見えていない筈なのに、いつの間にか持っていたナイフでこちらに振り向く事なく腕のみ後ろに持っていって銃弾を叩っ斬った。


 2つに割れた銃弾の片方はアイリスの使っている枕に、もう片方は天井にぶつかった後にからん、と床に落ちてくる。


「ねえリト」


 それから上半身を起き上がらせたアイリスはゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「前にも言ったけど、

銃弾が勿体ないよ?」


 アイリスにそう言われ俺は恨めしくチッと舌打ちする。


「……今度こそ殺せたと思ったのに」


「それは残念だったね」


 アイリスは依然無表情でそう言うが、その言葉はまるで俺の事を煽っているかの様に聞こえて更に苛立ちが増す。


「……何でこんな奴と同居しなきゃならねーんだよ、クソ」


 こいつさえ居なければ、俺はきっと今まで通り、屋根のない人気もない路地裏で野良猫の如く気ままに暮らせていたのに。


 金なら人殺しの仕事でたんまり入ってたから食い物にも困らなかった。


 なのに、こいつと会って、何故か訳の分からん仕事を任される様になってしまった。


 確かに屋根のある家に住めて金も貰えるのはありがたいが、正直言って俺は別に屋根のある家でぬくぬく暮らしたい訳ではない。


 だから断れるものなら断りたいのだが、実質悔しい事に俺はこのアイリスという女に勝つ事が出来ない。


 俺の当面の目標はこいつを殺す事だ。


 こいつさえ殺せれば俺はこいつとこのふざけた同居生活を解消出来るというのに。


 また性懲りも無くベッドに横になり出したアイリスを睨みながら俺はそんな事を考えていた。


「はぁ、普通の殺しの仕事がしてぇ」


 拳銃の掃除を再開しながら俺が呟くと、まだ寝ていなかったのかアイリスが反応する。


「……リトは、人を殺すのが好きなの?」


 アイリスにそう訊かれて俺は目を細めながら答える。


「好きではねぇよ。

ただ、忘れるのが嫌なだけだ」


「忘れるって?」


 アイリスはくるりと俺の方を向く様に寝返りを打って問い掛けてきた。


「……俺が人を殺したっていう事実を」


 そう、俺は人殺しだ。

 それで金を貰って生きている。


 その事実だけは、忘れたくない。



 ……誰にも赦されたくなんて、ない。



「……そっか」


 アイリスは相変わらず無表情のままそう返事をした後、そのまま目を瞑って眠ってしまった。


 スースーと気持ち良さそうに呑気に寝息を立てているアイリスを俺は睨みながら頭をボリボリと掻いた。


「俺が命を狙ってるって分かっていながら目の前で寝るとか、こいつ俺の事心底舐め腐ってやがるよな、本当」


 しかし、いくら寝込みを襲おうとどうせまた防がれてしまう事はもう十分に分かっている。


 さっきアイリスにも言われたがそれこそ銃弾の無駄になってしまう。

 ……悔しいけれど。


「……はぁ」


 もうこの目の前の女の事を考えてもムカつくだけだと割り切り、俺は銃の掃除に専念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る