08.アタシの小さなご主人様_05

『そうよ、これが私と連絡取る方法。覚えておきなさいね』


 アタシの頭の中に、5.1chサラウンドの如く四方から大音量でフライアの声が響く。


(うっさ!フラ爺、ちょっと声大きい、ボリューム落としてボリューム)

『ええ?そんなに五月蠅かった?じゃあ、えーと、これくらいかしら?』


 すうーっと静かになっていくフライアの声。対面で話す程度の音量まで下がった。


(そうそう、それくらいがいい、うん。そういやフラ爺今どこにいるの?)

『今はー、エッゾ国とジェボード国の国境辺りかしら?ほら、私の後ろに壁が見えるでしょ?あれ、エッゾとジェボードの国境線よ』


 すぅっとアタシの頭の中にフライアの姿が映る。彼の背景には海とそこから陸地の地平線までずらりと、石の壁に有刺鉄線の巻かれた鉄条網らしきもの映っている。


(へー、この壁が国境線なんだ。随分物々しいというかなんというか)

『あくまで休戦中だからねぇ、いつ戦争が始まってもおかしく無いのよ。どの国も何度止めても始めちゃうのよねぇ』


 フライアがやれやれと言った感じで肩を竦めている。


(地理がわかんないんで、どこだかわらかないんですけど。地図とか無いの?)

『あるわよ、ほらこれ見なさいな』


 手に魔法陣を展開したフライア。するとフライアの姿の映像が突然地図の画面に切り替わる。


 地図は紙っぽい質感ではあるが、何となくCGレンダリングされた画像っぽいというか、現実味が薄い感じだ。

 その地図の中央には大きなほぼ円形の大陸が一つ書かれており、周りに幾つかの大小さまざまな島が存在している。そして地図には大雑把な国境線と国名、そして地図のど真ん中、中央大陸の真ん中には、メルジ山と言う何故か日本語の文字が大きく書かれている。


『貴女が今いるのが、シュダ森の手前、この辺ね』


 アタシの頭の中に移る地図、それの中央大陸の南南西辺りの大きな森の横に黄色い丸が書きこまれた。

 地図をよく見ると、シュダ森はエペカ国と書かれた囲いの中の、ボーフォートと言う領地の中に存在するのが確認できた。シュダ森の更に南に、小さな島、多分アタシの島だろう、それも既に書かれている。


『で、私が今いるのがだいたいこの辺。そこからだと、メルジ山を突っ切ってのほぼ対角線上ねぇ』


 地図上の中央大陸のほぼ北の海上に、紫色の丸が書きこまれている。フライアの今いる場所だろう。少し南の陸地を見ると西にはエッゾ国、東にはジェボード国と書かれている。


(はぁー、なんでそんなところにいるの?)

『ジェボードの北東に新たに流着した島に心伝の儀をやりに行くのよ、ほらここ』


 地図上のジェボード国の北東に、赤い丸が書きこまれる。これが新しく流着した島なのだろう。


(あー、昨日帰る時に新しい島が2つ出たって言ってたっけ)

『ん、これは今日新しく流着した島よ。昨日と今日合わせれば、貴女の島も入れてこれで5つ目かしら』



『ああそうそう、ここでは画像貼れないみたいだから、近況ノートに地図画像を乗っけて置くわね』

(何?近況ノートって?)

『ああ、こっちの事よ。貴女は忘れて置きなさい』

(???)

 突然意味不明な事を言いだしたフラ爺は放っておいて、アタシは地図を見る。



 地図にアタシの島と、今フライアが向かっているジェボード北東の島、それ以外にも赤い丸が3つ書き込まれた。シュダ森の近隣の海上の島に赤い丸が二つ付いている。南の島は恐らくアタシの島だが、西の島はなんだろう?その島は、どうもボーフォート領よりもエペカ本国の方が近いようだ。


(なんでそうポンポン新しい島が出るのこの世界?)

『さぁ?オードゥスルスが食欲旺盛だからじゃない?』


 フライアの返答は素っ気ないもので、私に聞かれても知らないわと言った感じだ。


(はぁ、そういや魂食いの世界だったね。で、ちょっと聞きたいんだけど、このシュダ森の南の赤い丸の島がアタシの島だとすると……この異世界、結構狭くない?)


 アタシの島は無人島で、そんなに大きい島じゃない。この地図の縮尺が合っているなら、オードゥスルスの中央島の大きさは、せいぜい四国より大きく、北海道と同じかちょっと小さいと言った程度。なのでアタシはこんな感想が出てくる。


(素直な感想を言わせてもらうと、ショボいんだけど。北海道と大して変わらないんですけど)


 異世界と言うからには広大な大地や大陸を予想していたのだが、これでは地元北海道と大して変わらない。いや、北海道自体は結構広いんだけど、異世界規模と言われるとどうしても狭いと言う感想しか出てこない。


 地図の映像が引っ込み、真顔のフライアの顔が映る。


『異世界に何を期待していたのかしらないけど、ここはオードゥスルスの牧場の中よ?要はソウルイーターの箱庭な訳。正式な神が作った世界じゃなくて、どっかの化け物が作った小っちゃい結界の中なのよ。惑星クラスの世界を期待しても無駄無駄』


 フライアはやれやれと言った感じで両手を上げ肩を竦める。


『それでも外縁の小島が結構な頻度で入れ替わるから、私は結構忙しいの。今日もいくつ島が増えるやら』


 そう言ってフライアは軽くため息を吐いた。


(はぁ、お疲れ様です)

『ホントよ、みんなもっと私に感謝してもいいのよ?あ、それとこのオードゥスルス全域の地図、と言うか地理知ってるの私だけだから。他には漏らさないようにね?』

(あっ、はい)


 戦争のある世界となると地図がかなり重要な情報となるのでアタシもその危険性には十分注意するつもりだ。が、何故こんな詳細な地図を、それも昨日出たアタシの島まで書いてある地図をフライアは知っているのだろうか。ちょっと聞いてみる。


(ねえ、なんでこんな細かいところまで乗った地図を……)

『それは秘密よ?』


 ウインクしつつ口に人差し指を立ててナイショのポーズを取るフライア。教えてくれないらしい。


『ま、時期が来たら教えてあげる、って言うか、分かると思うわ。その時まで心に閉まって置きなさい』


 フライアは優しい微笑みでアタシに答える。やっぱりこのお爺ちゃん悪魔にしては優しすぎる気がする。まだまだアタシに内緒にしてる事はありそうなんだけど、どうするにしてもアタシを悪いようにはしない気がして、この人の手のひらで踊るのも悪くはないかなとは思う次第だ。ただ悪魔基準の年単位だけは擁護出来ないけど。

 そんな訳でアタシはそんな優しいお爺ちゃんにまた駄々を捏ねるのだ。


(そういやフラ爺こっち戻って来れないの?)

『一週間くらいは掛かるって言ったでしょー?これかららエッゾ国の方にも行かないといけないし』


 またフライアの顔が引っ込み、地図の映像が移された。中央大陸の北西、エッゾ国のさらに北西の海上に掛かれた赤い丸の島がピカピカ光っている。


(えぇー、なんかこう、瞬間移動的な魔法無いのー?それでちゃちゃっと終わらせちゃってよぉー)

『テレポートもポータルもあるけど、今は魂不足でどっちも使えなーいの。使えてたら私だって呑気にこんなところ飛んでないわよー?』


 またフライアの映像に切り替わる。杖に横乗りし、とんがり帽子が風で飛ばされないよう掴んだまま空中を飛行しているフライア。その近くには、見た事のない鳥の群れがフライアと同じ方向に飛んでいるのが見える。


(ぐぬぬ、残念。ところでアタシの生命力、祈った時にフラ爺に喰われたんだけど返してくんない?代金の生命力払ったのに魔力貰えないとか悪質すぎるでしょ)

『だーかーらー、魔力自体は渡したって言ってるでしょう?どうも貴女の体質のせいで私の魔術式が歪められて行き先が逸れて、送ったハズの魔力が貴女にきちんと送られてないわねぇ。魔力自体はどこか近所に落ちてるハズよ。近くに様子のおかしくなった子とか、やたら元気になった植物があったりしない?』


 フライアに促されて周りを見るアタシ。右隣のサティさんが口を塞ぎながら時折ビクッと身体を振るわせているのが目に入る。


(さっきからサティさんが悶えてるんだけど、もしかしてアタシのせい?)

『あ、あぁー、サティに当たったのね。自分の分と千歳の分、合わせて常人の許容量の倍の魔力だけど……ま、まあ、サティなら大丈夫でしょう、あはは』

(えぇ……ごめんなさいサティさん、やっぱりアタシのせいでした)


 苦笑するフライア。普通は許容量の倍の魔力を受け取ったらいろいろ身体に悪影響がありそうなものだけど。昨日と言い今日と言い、難儀だなサティさん。そしてごめんなさい。


『ええと千歳は今サティと一緒にいるのね?』

(んー?そだよー、因みに隣にマースもいるよ)


 アタシがちらりと左隣を見ると、跪いたまま祈りを続けるマースが見える。


『あら?サティはいるのにキートリーはいないの?』


 不思議そうに聞いてくるフライア。サティさんはキートリーの侍女である。一緒に居なくてフライアが不思議に思うのは当然のことだった。

 アタシは朝の出来事を隠すわけにもいかず、正直にフライアに答えた。


(……吸いました。なのでまだ寝てます)

『あらあらあらあら?あの子を無理やり吸ったの?それとも吸わせてくれって頼んだの?』


 ガッツリ喰いついてきたフライア。噂好きの近所のおばちゃんみたいな顔をして、紫色の瞳をキラキラさせて興味津々に聞いてくる。

 フライアは嘘や誤魔化しが効く相手でもない。アタシはやっぱり正直に答える。


(……吸って欲しいと頼まれたので吸いました)

『あらあらあらあらあらあら?随分気に入られたものね?どうだった?美味しかった?』


 さらに喰いついてきたフライア。いきなり人の命の味を聞いてくる辺りは、悪魔生活の長さから来るものだろうか。

 ここまで聞かれて答えを濁すのも潔くない。アタシは思った事を全部答える。


(……美味しかったです。あと、かわ、可愛かったです)


 今朝方キートリーを吸精した時の、彼女のいじらしい仕草と艶っけのある声。思わず赤面してしまうアタシ。いとこ同士は鴨の味と言うけれど、アタシの12歳年下の従姉妹の味はメロンソーダフロートでしたとさ。甘々です、甘々。因みにキートリーはアタシに吸精されたまま、まだ起きて来ていない。多分まだマースのテントの中で気絶している。マース達と一緒に礼拝に出た際にサティさんが念のためマースのテントに結界を張ったため、寝込みを襲われる心配もない。もっとも、悪魔化したアタシを素手で屠るキートリーの寝込みを襲う命知らずがいるかは知らないけれども。


『あらあらあらあらあらあらあらあら?相思相愛?従姉妹同士で?あら~素敵じゃないの~、千歳お姉様?いっぱい仲良くしなさいな、おほほほ~』

(そりゃキートリーの事は好きだけどさぁ……改めて言われると恥ずかしい)


 アタシの答えを聞いたフライアはやけに上機嫌だった。どうもアタシのキートリーへの感情まで読まれている。そしてアタシの感情を介してキートリーの気持ちまで読んでいるらしい。従姉妹仲云々と味云々は兎も角、貴方の孫が別の孫の命吸ってるのは倫理的に良いんですかねぇ?ってこの反応からしてフライア的には良いんだろうなぁ。


『ところで、貴女なんでサーヴァントチョーカー付けてるの?』


 と、今まで上機嫌だったフライアが、突然真顔になってチョーカーの事を聞いてきた。


(ちょっと朝、いろいろあってマースに付けて貰いました)


 アタシは"いろいろ"のところは思い出したくないので、あえて暈す。今更思い出しても暗くなるだけだ。マースとサティさんに助けて貰った事だけ覚えておけばいいのだ。あとショーンとジェームズの事も。と言ってもフライアには筒抜けかもしれないけれど。


『あー!あー!お馬鹿!なんでそういうもの付けちゃうの貴女は!?』

(なんで怒ってんの?)


 アタシが聞いてほしくない"いろいろ"の部分はすっ飛ばして、何か別の事で怒っているフライア。アタシの頭の中に映るフライアの映像、それの画面いっぱいにキレ顔のフライアが映し出される。


『あのね!マスターリングとサーヴァントチョーカーはね!魂を結びつけるのよ!主人と召使で!』

(へえ、それってどんな影響があるの?)


 キレ顔のまま説明を続けるフライア。アタシにはフライアがキレている理由がわからないので聞く。


『貴女の魂が!マースの魂に紐づけされてるの!マースが死んだら!マースの魂が外に出たら!貴女の魂も一緒に外に出るの!マースが死んだら!貴女も一緒に死ぬのよ!』

(えぇ……)

『このお馬鹿!不死の悪魔が普通の人間の魂と連動したら不死の意味なくなるじゃない!お馬鹿!』


 キレっぱなしのフライアが、手をわなわな震わせながら大音量でキレ散らかしてくる。しかしキートリーと契約したギアススクロールもそうだが、この世界の魔法具は厄介な物が多すぎるんじゃなかろうか。アタシみたいにそんなホイホイ使うもんじゃないのかもしれないけど。


(知らなかったそんなの……でもまあマースなら50年くらい生きるでしょ?問題ないんじゃない?)


 アタシは首のチョーカーを触りつつマースと魂が連動すると言う事実に呆然とするが、とは言えマースはまだ14歳である。まだまだ、すぐに起こり得る話でもない。勿論、マースの命を狙う者がいる場合はこの限りではないけれど。とりあえずこの世界の人間の平均寿命は分からないけど適当に50年は見積もっておいた。元の世界基準で考えているので若干盛り過ぎたかもしれない。江戸時代の平均寿命は40歳前後だと昔ネットの記事でみた記憶がある。


『……』

(ここでなんで黙るの?)


 さっきまでキレっぱなしだったフライアが、アタシの返答にツッコミを入れるでもなく、ただスンッと黙った。アタシはほんのり浮かび上がってきた疑問を口にする。


(もしかして悪魔基準の年単位って、100年単位なの?)

『そうなるわね』


 アタシの疑問にフライアは真顔で即答する。


(お爺ちゃんアホなの?どの道メグ帰れないじゃんそれ、メグに131歳まで生きろと?)


 昨日、アタシとメグが一緒に帰れる方法があると言ったハズなんだけどこのお爺ちゃん。


『多分もっと掛かるわよ?』

(やっぱりアホだろ、ジジイ)


 スンッてなった顔のまま、さらに追加で時間が掛かる事を告げてくるフライア。時間感覚の違いを摺り合わせしなかったアタシにも非があるとは言え、これにはアタシも若干キレ気味である。


『うっさいわね!こちとら1000年以上悪魔やってんのよ!私基準なら人間の寿命なんてあっという間に終わるのよ!』


 逆ギレするフライア。音声も大音量で彼の声が頭の中にガンガン響く。


(うっさいジジイ!ボリューム落とせ!あーあ、あーあ、はあ……メグになんて言おう……)


 アタシもキレ返す。そしてアタシは最早メグに会わせる顔が無い。メグを救出して一番に、もう元の世界には帰れないです、と言えと言うのかこのジジイは。


『それよりも貴女よ!どうすんのよ!そのサーヴァントチョーカー!』

(ええ?別にマースに外してもらえばいいんじゃないの?それで効果は終わりでしょ?)


 アタシの考えなんぞどうでもいいと言わんばかりに、アタシの首のチョーカーを指摘してくるフライア。何をそんなに怒っているのかがわからない。マースも言っていたが、ボーフォートの兵達がアタシに慣れたら外すのだから、そこまで怒る必要もないだろうに。


『このお馬鹿!貴女のサーヴァントチョーカー!首に同化してるでしょ!?』

(そうだけど、それが何?)


 フライアがアタシの首を指差してキレている。フライアの言う通り、アタシの首に巻かれたチョーカーはアタシの首の肉と一体化している。外に出ているのはリボンの一部と赤い星飾りだけだ。


『馬鹿!アホ!もう外せないのよ!同化してたら!もう外せないのよ!』

(えぇぇぇぇっっ!?なんで!?)

『サーヴァントチョーカーはね!人が付けるなら外せるけど!悪魔が付けると同化するのよ!外せなくなるのよ!』


 キレ叫びながらトンデモない重要事実を告げてくるフライア。確かにこれでは不死の悪魔が不死ではなくなる、悪魔特効な呪いの装備だ。これでアタシの命はマースと一蓮托生、彼と共に生きて彼と共に死ぬのが強制的に決まってしまった。ホントにマースに一生捧げる事になるとは思ってなかったよアタシは。ただそれほど深刻に思っている訳でもなく、どうせ帰れないのならマースに付き添って逝くのも悪くないかな?といった程度。因みに相手がマースやキートリーじゃなかったらもっと落ち込んでいたと思う。


(なんでそんなことに……ん?フラ爺はなんでそんな事知ってんの?)


 ふと、やたらと悪魔とサーヴァントチョーカーの関係に詳しいフライアに疑問が湧く。


『私も昔付けられたからよ』


 またスンッてなった顔で答えるフライア。


(ああ、550年前奴隷やってたんだっけ?その時に?)

『そうよ、その時の貴族の主人に付けられたわ。見事に首に同化してたわよ』


 アタシと同じ事してる悪魔がいた。今通信中のこのお爺ちゃんがやってた。


(でも今フラ爺生きてんじゃん?まさか貴族の主人ってまだ生きてる訳じゃないでしょ?どうやって外したの?)


 アタシはフライアの首を確認したが、何もついていない。今フライアが生きているという事は、サーヴァントチョーカーを外したという事である。外す方法があるなら教えて欲しいものだ。


『みんな私と同じ容姿と体形にして奴隷として売り飛ばしたって言ったでしょ?』

(そう聞いたけど、それと関係が?)


 この件は昨日聞いた。フライアのただの変態的趣味だと思っていたが、理由があったらしい。


『そうよ、大有りよ。みんな私と同じ容姿、体形、そして魂までアタシに同質に変質させて、サーヴァントチョーカーの呪いを他の連中と分散させたのよ。そうやって弱らせた呪いを無理やり外したの』

(無茶苦茶してるね)


 かなりの力業ではあるが外せるらしい。人の魂を変質させるとか、さらっと魂喰いのこの世界と同じ事してるなこのお爺ちゃん。実はオードゥスルスと大して変わらないんじゃないのかなこの悪魔。


『記憶が戻って無茶苦茶焦ったわよ。あの貴族の主人のジジイ、あと数年もあれば寿命で死ぬところだったんだから』

(意外と綱渡りしてますね)

『そうね、流石に肝が冷えたわ』


 フライアが昔を思い出して冷や汗をを垂らしている。どうも結構ピンチだったらしい。物理的に手足を吹き飛ばされても死なないであろうこの悪魔の身体だが、呪いの装備一つで割とアッサリ死ぬようだ。不老は兎も角、不死の看板は返上してもいいんじゃないだろうか。


『それよりも貴女よ!どうすんのよ!』


 自分の事はさておいてまたアタシにキレ始めるフライア。


(アタシと同じ容姿、体形、魂の人を用意して呪いを分散?させる?と外せるの?)

『貴女それどうやってやるつもり?誰にやるつもり?この件については私手伝えないわよ?』

(えっ?手伝ってくれないの?なんで?)


 アタシはてっきり外すの手伝ってくれるものだと思っていたので、聞き返す。


『私はこの世界で常に中立なの。昔の私はそりゃ好き放題やってたけど、今の私には立場ってものがあるのよ。拉致も人殺しもやらないクリーンな魔女な訳。そんなイメージ壊して、余計な争い呼ぶわけには行かないのよ?貴方達の事だって秘密にしてるんだから』


 意外と今の自分の仕事に拘りがあるようだ。世間のしがらみとか関係ない自由業と思っていたがそうでもないらしい。


(ええっと、じゃあ、どうしようか?)

『あー!お馬鹿!この馬鹿孫!あああぁーーっっ!マース!貴方もよっ!マーーーーース!!』


 ついにフライアの怒りがマースに向いた。

 隣りに流フライアに呼ばれたらしいお祈り中のマースの身体がビクッと跳ねる。


『お師匠様!?なんで頭の中にお師匠の声が!?』

(あっ、マースの声だ)

『千歳姉様の声!?頭の中に直接!?なんで!?』


 マースの驚いている声が頭の中に聞こえて来た。アタシの隣でマースが黙ったままびっくりした様子でアタシを見ている。驚いた顔も可愛い。女神像に祈っていれば、フライアの気分次第で多人数同時通信も出来るらしい。便利だなこの女神像。


『サーヴァントチョーカー!サーヴァントチョーカーよ!マースが千歳に付けたサーヴァントチョーカー!もう外せないのよ!悪魔に付けたらもう外せないの!』

『えぇぇぇぇっっ!?』


 そんなアタシ達の様子なんて関係ないと言わんばかりに、キレ声でマースに告げるフライア。マースは勿論二度と外せないなんて事実は知らなかったので、ただ驚愕の声を上げるばかりである。


『責任取りなさいっ!!責任取ってマース!貴方も悪魔化しなさいっ!』


 キレっぱなしのフライア。マースの悪魔姿は正直見てみたいが、寿命伸ばすためだけに悪魔化させるのは如何なものか。


(無茶言うのやめてあげてよ、第一マースの魔力路じゃ悪魔化出来ないって言ってたじゃんフラ爺)


 昨日フライアの言っていた、マースやキートリーの魔力路には、悪魔化スイッチになる箇所が無いと言うやつである。自分で言っておいて忘れているのだろうか。


『私が魔力路手術して悪魔化スイッチ作ってやるわよ!』

『えぇぇっ!?そんな事出来るんですか!?』

(なんだ、出来るんだ?マース達も悪魔化)


 相変わらずアタシの頭の中の画面いっぱいにフライアのキレ顔が映っている。悪魔化スイッチ作るとか割となんでも有りだなお爺ちゃん。

 とか思っていたら、


『まあ、初めてだから、失敗するかもだけど』


 途端に不安になる事を言ってくる。


(えぇ……因みに失敗すると?)

『死ぬわね』


 アタシの質問に、フライアは声のトーンを抑え、真顔で答えた。


『お師匠様!おやめくださいっ!』

(出来るか!馬鹿!)


 流石のマースもこれには拒否の声を上げた。アタシもマースと一蓮托生なので勿論反対である。


『ああもう!こうなったら一日でも早くアタシの魂集めなさい!早速集めなさい!さっさと森行ってレベル上げしてきなさい!』

(メタいわよ!レベルって概念ないでしょこの世界!)


 フライアはキレるを通り越して投げ遣りになってきた。この世界にレベルの概念があったらどれだけ分かり易かったか。今からでも遅くないので表示して欲しい。日高千歳、職業:悪魔 Lv1とかでいいので。


『貴女の世界ではそう言うんでしょ!?貴女の記憶覗いた時に見たのよ!ああもう!レベル上げでもスキル上げでもいいからさっさと行きなさい!もうゆっくり私と話してる暇は無いわ!レベル上げ!レベル上げ!さっさとレベル上げ!!通信終わりっっ!!』


 -ブツッ-


(懐かしいネタ仕込んできてからに……騒がしいお爺ちゃんだな)


 キレ気味投げ遣りで急かすだけ急かしてから一方的に通信を切ったフライア。これじゃ騒音おばさんならぬ騒音お爺ちゃんである。これが実祖父なんだから困ったもんだ。


「あは、ははは、それじゃマース、アタシ森行ってくるから」

「ははは、気を付けてください千歳姉様」

「んっ……んんっっ……」


 苦笑するアタシとマース。まだ口を塞ぎ悶えてるサティさん。

 そう言う訳でアタシは立ち上がり、一人で森へ向かうのだった。

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