06.悪魔の孫_04

 黒いヴァルキリーに、何故か不死者認定されるアタシ。不死者って、アンデッドとか吸血鬼とかその辺のモンスターの事だったような。あとなんでフライアはメルジナって呼ばれてるのか。メルジナはメルジナ教の神様の名前なハズなんだけど。


「なんでアタシが?不死者?アタシは歴とした人間……あっ」


 今のアタシは見事な悪魔だった。見た目だけなら間違いなく人間の敵、神様の敵だった。不死者と言われても反論できない。


「ちょっと!ちょっと待って!戻る!戻るからっ!あれっ?人間に戻るのってどうやるんだっけ?」


 焦るアタシ、両手でストップの仕草をヴァルキリーに向ける。そういえば人に戻る方法をまだ聞いていない。アタシの静止も聞かずに問答無用で腰の長い剣、ロングソードってやつだろうか?を抜き出す黒いヴァルキリー達。


「はぁー、人の名前をペラペラと……ホントしつこいわねぇ、暇なの貴女達?今日これで3回目よ?」


 溜め息を付きつつ地面に立って、黒いヴァルキリー達に3本の指を立てて見せるフライア。


(なんで一日で3回も神の使いに狙われてるのこのお爺ちゃん)


 そう思いつつも、アタシを除いたフライアと黒いヴァルキリー達の3人は既に戦闘の準備を始めている。


「おめでとう千歳、貴女も晴れてこの世界の敵認定よ?そのまま悪魔化しておきなさい、これからそいつをブッ飛ばすの」


 目線を自身の目の前のヴァルキリーに合わせたまま、アタシにそう言って自分も悪魔化するフライア。杖は使わないのか近くの地面にドスッとぶっ刺した。


「なんですのあれ……黒いヴァルキリー?」

「あれはメルジナの試練……じゃ……ない?」

「何故フライア様がメルジナ・メルジーヌと?」


 少し離れた場所からキートリー達の困惑の声が聞こえてくる。


「えっ、ちょっと?アタシが世界の敵認定ってどういう事よ!?」


 アタシはフライアにどういうことなのか聞いたが、それの答えを待つ暇もなく、アタシの隣の黒いヴァルキリーが剣を構えて向かって来た。


 -ブゥンッ-


 黒いヴァルキリーのロングソードが振り下ろされ、アタシを襲う。


「わあっっ!?」


 なんとか反応したアタシは、トトンッと後ろに飛び退いて距離を取る。


(はっやっ!?キートリーこんなの相手にしてたの!?)


 さっきキートリーに返り討ちにあった白いヴァルキリーも速かったが、白いヴァルキリーは細い刺突用の剣だった。対してデカくて重そうなロングソードを構えたこの黒いヴァルキリー、白いのと大して変わらない速さで斬り掛かってきやがった。

 辛くも初撃を躱したアタシだったが、後方に引いた時に強い風の抵抗が有り、思っていたよりも後ろに下がれていない。そう、アタシは背中の翼を開きっぱなしなのだ。それが風を受けてアタシの飛び退きの邪魔をしている。アタシは急いで背中の翼を畳むが、ヴァルキリーは休む暇もくれずに飛び退いたアタシに追撃してくる。今度は下から斬り上げだ。アタシの太ももから腰辺りを目掛けて斬りつけて来る。


 -シュッ-


(躱しきれない!!)


 ヴァルキリーの剣速に躱しきれないと悟ったアタシは、咄嗟に長く伸びた爪でヴァルキリーの剣を横から受ける。


 -ガキィンッ!-


 アタシの爪であっさり弾かれるヴァルキリーの剣。どうやら切れ味は良くないらしい。そして単純なパワーならアタシの方が遥かに上の様だ。アタシは受け止めるだけのつもりで爪を横に振った。だがそのアタシの爪は勢い良く剣を弾き、ヴァルキリーは弾かれた衝撃で横に飛んでいく剣を手元に戻そうと態勢を崩した。このアタシの力は予想外だったのか、目を見開き、吃驚している様子の彼女。彼女の胴体は今がら空きだ。アタシはその隙を逃さず、よろけているヴァルキリーの胴に手刀で思いっきり薙ぎ払いを叩きこむ。


-ビュンッ!-

-グシャッ!-


「がはっ!?」


 呻き声を上げて数メートル吹っ飛ぶヴァルキリー。やはりアタシの手刀の形にベッコリ凹むヴァルキリーの鎧。殴った感じでは、若干の粘り気、金属の靱性って言うんだっけ?のある薄いベニヤ板みたいな感触。ダンボールにアルミホイル巻くよりは良いかな?と言った程度。


(柔らかっ!?無い方がマシなんじゃないの?あの黒い鎧)


 アタシとしては本当は正拳付きで行きたかった、そっちの方が力が入るから。だが長い爪が邪魔で拳が上手く握れない。故に手刀、チョップとも言う。デ○ルチョップはパンチ力って昔のアニメで聞いたので、これもパンチよ、パンチ。

 ヴァルキリーはアタシの手刀で空中を吹き飛ばされながらも、手で地面をザザザッと引きずってしゃがみながらブレーキを掛け、なんとか態勢を持ち直した。そして立ち上がったと思ったらすぐさま持っていたロングソードを納刀し、どこからともなく大きな弓矢、ロングボウって言うんだっけ?を取り出して、アタシを狙い即座に矢を撃ち出して来る。


 -ヒュッ-


「んぉぉおっ!?」


 アタシは奇声を上げながら飛んできた矢を身体を逸らして躱す。大きさ的にゴブリンの弓矢よりもずっと殺傷能力の高そうな弓矢だ。その上、矢の先端がなんか光ってる。金属的な光じゃなくて、魔術とかエネルギー的なぽやっとした白く輝く光だ。悪魔のアタシには特別ダメージのありそうな光り方だ。絶対痛い、出来れば触りたくない。


(でも1射したら隙が出来るハズ!)


 少なくとも弓ゴブリンと戦った時はそうだった。次弾装填から発射まで若干の余裕が出来る。


 -ヒュッ-


「んがぁぁっ!?」


 そう思っていたらすかさず2射目が来た。再度奇声を上げつつ身体を逸らして矢を躱す。

 ヴァルキリーは矢筒は持っていない。よく見たらあの弓、撃ち出した先から矢がどこからともなくスゥッと現れて、弓に自動的にセットされている。あとは狙い付けたままの態勢でもう一度弓を引いて手を離すだけ。そりゃあ連射が速い訳だ。

 そんなわけで、次、3射目が飛んでくる。


 -ヒュッ-


「くあぁぁぁっっ!!」


 3射目を体勢を崩ししゃがみ込みながらなんとか躱したアタシ。


(ふざけんな!連射速すぎでしょ!?弓だよ!?弓!?矢筒から矢取って構えなさいよ!弓で一番カッコいいモーションそこでしょ!?弦引っ張って離すだけで連射するんじゃないよ!)


 アタシは心の中で苦情を申し付けるが、ここは異世界だ。どんな不思議な武器があったっておかしくない。何があろうとやってやるしかないんだ。そこでアタシは咄嗟に右手で足元の小石を拾う。


 -ヒュッ-


 容赦なく4射目が飛んでくる。アタシは1発喰らう覚悟をし、左腕で胴と頭を守る。


 -ザシュッ!-

 -ジュウゥゥゥッ!-


「いっっっ!?だああっっちぃぃぃっっ!?」


 思わず顔を歪ませて叫ぶアタシ。左の前腕に刺さったヴァルキリーの光る矢が、アタシの左腕を焼いていく。案の定普通の矢ではなかった。痛いのは我慢できたが、熱いのは勘弁だ。なんで刺し傷と焼き傷を同時に受けにゃならないのか。


 -ヒュッ-


 問答無用で5射目が放たれた。アタシはもう1発貰う覚悟をして、左腕で胴と頭を守りつつ、ヴァルキリー目掛けて右手に持った小石を指で弾き飛ばす。


 -ビッ-


 -ザシュッ!-

 -ジュウゥゥゥッ!-


「いあっちぃっっっ!!」


 また左の前腕に刺さった2本目の矢。またアタシの左腕が焼かれる。子どもの頃、熱したヤカンに触ったらどうなるだろうって思って、素手で触って思いっきり焼けどした事を思い出した。その時もこんな熱さに歪む顔をしたような気がする。おばあちゃんに、熱いに決まってるでしょ!あんたバカなの!?って怒られたよ。これ絶対あとでヒリヒリしてジンジンして痛み出すだろうななど、今はそんなことに構っている余裕も無いけれど。


 -カンッ-


 一方、アタシの放った小石は、小気味の良い音と共にヴァルキリーの兜に当たった。


「ぐっ!?」


 -ガランガランッ-


 ヴァルキリー兜がアタシの放った小石の衝撃で弾き飛ばされ、地面に落ちる。弾き飛ばされる兜の勢いでヴァルキリーの頭も仰け反り、自動補充される弓矢の狙いを上へ逸らす。


 -ヒュッ-


 ヴァルキリーの放った6射目は、アタシの遥か頭上に飛んで外れた。

 兜が外れ、後ろでひとつに纏めて縛ってある綺麗な水色の髪がはらりと揺れて、露わになるヴァルキリーの顔。兜が外れたおかげで彼女の顔がハッキリと見える。


(流石、戦乙女!綺麗な顔してんじゃん!)


 エメラルドグリーンの瞳に整った顔立ち、美女かそうでないかと聞かれれば間違いなく美女と答える容姿。相手の容姿を褒めている場合じゃないが、俄然やる気が出てきた。アタシは今、憧れのヴァルキリー様と戦っているのだ。その身に刻め!ってセリフと共に神技を放たれたら思わず当たりに行ってしまいそう。だが相手の黒いヴァルキリーはいたって寡黙。もうちょっとサービスしてほしい。

 そんな訳でヴァルキリーが態勢を崩し再度狙い付け直してる今のうちに、次の一撃を入れなければならない。アタシはすかさず拾っておいたもう1個の小石をヴァルキリー目掛けて指で弾く。


 -ビッ-

 -ゴッ!-


「ぎゃっ!?」


 アタシの撃った小石がヴァルキリーのこめかみの肉を削った。悲鳴を上げて頭を仰け反らすヴァルキリー。彼女の綺麗な顔に見とれて起きながら、速攻で彼女のこめかみの肉を削るアタシ。憧れだけど攻撃しないとは言ってない。


(今だ!突っ込む!)


 ここ勝機と取ったアタシは、ヴァルキリーに近づくために前へと足を踏み込む。


 -ダンッ-


「うわっ!?」


 すぅぅーっと予想を遥かに上回る勢いで前へ出て行くアタシの身体。数メートルあったヴァルキリーとの距離を1歩で詰めてしまった。自分の身体能力に自分でびっくりして声を上げている。

 止まりきれずそのままヴァルキリーとの衝突コースを進むアタシ。腹を見せて突っ込むのは自殺行為だ、突っ込んでいる最中に腹に矢を射たれたら堪らない。なので前傾姿勢で態勢を低く取り腹を隠し、既にダメージを負っている左腕で胸と顔を隠すように構え、ヴァルキリーに思いっきり突っ込んだ。


 -ドゴォッ!-


「がふっ!?」

「あだぁっ!?」


 -ゴロゴロゴロ-


 アタシの左腕からの体当たりを胴体にモロ喰らいし、もんどりうって倒れるヴァルキリー。アタシは左腕に矢が刺さりっぱなしだったのを忘れて突っ込んだので、刺さってた矢がヴァルキリーの鎧にぶつかって矢柄からバッキリ折れた上に、矢じりがさらにアタシの前腕の肉に食い込んだ。クッソ痛い。

 ヴァルキリーは倒れ込み地面を転がっている。アタシは彼女にぶつかりはしたが態勢も崩さず立ったまま。アタシは彼女が起き上がる前に、彼女に詰め寄って相手の細めの首を右手でがっしり掴んだ。


(綺麗だけど華奢な首だね)


 その時、アタシの手のひらから彼女の首へ何かが移動した感覚があった。すぅっとヴァルキリーの首へ消えていく何か。


(何、今の感触?)


 だが今はそんなことに構っている場合じゃない。アタシは首ごと彼女を持ち上げ、言う。


「ごめんねぇヴァルキリーさん、でも」


 パワーでも体格でもヴァルキリーよりアタシの方が圧倒的に上だ。こうやって首を掴んでしまえば彼女に逃げる術はない。


「ここまでだよぉっっ!!」


 アタシは満面の笑みを浮かべつつ叫んだ。よくも好き放題撃ってくれたな?って意味の笑顔だ。絶対に逃がさないよ?って意味の笑顔だ。これからアンタを力の限り痛みつけるぞ?って意味の笑顔だ。

 アタシはヴァルキリーの首を掴んだまま、彼女の身体を空へ掲げ、


「がぁっ!?」


 -ブゥゥンッ-


 そして、地面へ思いっきり叩きつけた。


 -ドガァッ!-


「ぎゃっ!?」


 1回。

 踏まれた猫みたいな悲鳴を上げるヴァルキリー。その表情は地面に叩きつけられた痛みで苦痛に歪んでいる。彼女が握っていたロングボウがバキッと真っ二つに折れ、彼女手を離れ遠くに吹っ飛んでいく。彼女の黒い翼は地面に叩きつけた衝撃で変な方向に曲がった。


「アハハッ!!」


 つい声を上げて笑ってしまった。


(ヤワな弓と翼、たったこれだけで折れちゃうの?)


 そんな事を思いながら、アタシは攻撃を止めない。アタシは彼女首を掴んだまま、もう一度彼女を持ち上げて、


「ぐぅっ!?」


 -ブゥゥンッ-


 思いっきり地面に叩きつけた。


 -ドガァッ!-


「がっ!?」


 2回。

 またヴァルキリーの綺麗な顔が苦痛に歪んでいる。彼女の漆黒の鎧が衝撃で歪む。鎧の肩当と、腰当に一緒に付いていたロングソードが叩きつけた衝撃で吹っ飛んでいった。


 「アハハハハッッ!!」


 アタシはおかしくてしょうがない。


(こんな簡単にバラバラになる鎧なんてなんで付けてんの?ファッションかな?脱いだ方が軽くなるしそっちの方が良いよ?きっと)


 そう思いつつ、攻撃はやめてあげない。再度持ち上げて、


「っっっ!?」


 -ブゥゥンッ-


 地面に叩きつけた。


 -ドガァッ!-


「あ゛っ゛!」


 3回。

 彼女は踏んづけたカエルのような悲鳴を上げた。


 「アハハハハハハハッッッッ!!!」


 アタシはどうしても笑いが抑えられない。


(憧れのヴァルキリー様が、こんな綺麗な顔をしたお姉さんが、踏まれたカエルみたいな声を出しているんだよ?笑っちゃうこんなの)


「……ッ……」


 微かに呻くヴァルキリー。大分弱ってきたが彼女にはまだ動く元気があるらしい。頭とこめかみから赤い血を流しつつもジタバタ足掻いている。


「さっすがー、神の使い。頑丈ぉ~」


 自分でやっておいてなんだが、ちょっと前のアタシならこれで全身打撲の全身複雑骨折モノで身動き一つ取れなくなってるところだ。それなのにまだ動く元気があるなんて、やっぱりヴァルキリー様は凄い。英霊として勧誘されたらついて行っちゃうかも知れない。

 そんな事を思っていたら、ヴァルキリーが首を掴んでいるアタシの右腕を両手で掴み、なんとか外そうと足掻いている。アタシの腕を握るその手の力は、まるで女性とは思えない、と言うか下手な成人男性よりずっと力があるように思える。異世界の神の使いとなると、これくらいの力は出せて当然、と言う事なんだろう。まああんなデカい弓引ける時点で相当な力があるとはわかってたけど。

 まだやる気なヴァルキリーを黙らせるため、アタシは右手で彼女の首を掴んだままぐいっと吊り上げた。身長差で宙ぶらりんになる彼女。


「……っ!?」


 空いた左手で彼女の細い右腕を掴み、握力に任せてぎゅっと絞る。


 -ミシミシッ-


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーっっっ!?」


 ヴァルキリーの割れんばかりの悲鳴が響き渡る。骨の軋む感触、血流が止まり紫色になっていく彼女の右腕。彼女の叫び越しに震える喉の感触が、アタシの右手に伝わってくる。


「アハッ!!アーッハッハッハッハッッ!!!!良い悲鳴だねぇ!ヴァルキリーさぁまぁ!?ゾクゾクしちゃうよぉぉぅっ!!たまんなぁいっ!!もっと!もっと聞かせてよぉぉっっ!!」


 彼女を捕まえ絶対的優位にたって高笑いするアタシ。興奮で背中の両翼がバサァッと広がる。

 もうすっかり負ける要素も無くなって、アタシには精神的に余裕が出てきた。そこで今の状況を冷静に客観的に見てみる。


(完全にアタシが悪役じゃない?これ?)


 月夜に照らされて笑い声を上げながら、黒い翼のヴァルキリーの首を右手で絞めつつ、左手で彼女の腕を握りつぶしている女悪魔。聞くまでもなくアタシが悪役だ。アニメなら、ヒロインであるヴァルキリーのピンチに、丁度待ってたかのようにヒーローが颯爽と助けに入るシーンだ。


(これ、ヒーローが待てぃ!!って言って、アタシが、何者だっ!?って聞いて、貴様に名乗る名前は無いっ!!って言われて、どこからともなく主題歌が流れて来て、アタシがヒーローにボッコボコにされるお約束の流れのやつ)

(これは良くない)


 などと考えていたら、ちょうど後ろのキートリーから待ったの声が掛かる。


「お、お姉様……お待ちになって」

「うん?なぁにキート……あっ」


 キートリーの方を振り返ると、彼女はアタシを見て動揺し不安そうな顔をしていた。キートリーはアタシの形をしたゴブリンの声と、アタシの形をしたアタシの声を聞き分けられる。今のアタシはゴブリンじゃない、アタシはアタシの声で、さっきまでヴァルキリーをいたぶり、高笑いしてたのだ、そりゃ動揺もする。母親と同じ声の、優しい従姉妹だと思っていたアタシが、ヴァルキリーの首を片手で握っていたぶっているんだもの。

 アタシは昂る心を落ち着かせ、広げた両翼を畳んで、苦笑しながら動揺する従姉妹に答える。


「ごめんね、キートリー。アタシちょっと気分がハイになってたみたい。止めてくれてありがと」

「いえ、お姉様、今度ワタクシと手合わせしてくださるかしら?」


 不安そうな顔をしていたキートリーだったが、すぐさま真顔になって言ってきた。


「あれぇ!?ドン引きしてたんじゃないのぉ!?」


 アタシはてっきりヴァルキリーをいたぶるのは可哀想だから止めてって言われると思っていた。なのにキートリーが言ってきたのは手合わせのお願い。アタシは肩透かしを喰らった気分だ。と言うかこの状況で言ってくるのかキートリー。


「お姉様ならっ!ワタクシの全力をっ!!全力でっっ!!!」


-ドンッ!ドンッ!-


 やたら興奮して両手を握りしめ、地面を音を立てて足踏みするキートリー。目をカッ見開いて、めっちゃ興奮して喜んでる。なんだろう、戦士の血が騒ぐ的なヤツなんだろうか?


「お姉様とっっっ!!水入らずでっっっ!!拳でっっっ!!タイマンでぇぇぇっっ!!!」


-ドンッ!ドンッ!ドンッ!-


 更にヒートアップしていくキートリー。キートリーが足踏みするたびに、足元の地面が凹んで段々とヒビが入って割れていく。

 この世界の貴族の令嬢ってこのキートリーが標準でいいんだろうか?それともキートリーが変なだけなんだろうか?そう思って隣にいるパヤージュを見たら、キートリーにドン引きしていた。うん、多分キートリーが変なだけだ。

 キートリーが足踏み時に大きく足を上げるせいでミニスカになったドレスからチラチラと白いパンツが見える。


(パンツ見えてるよキートリー、でも色気よりパワーになってるよキートリー)


「お嬢様、そんなに足を上げますと下着が見えてしまいますよ。伯爵令嬢としてもっと慎みを持ちませんと」


 直立不動でモノクルのずらしを直しつつキートリーを注意するサティさん。


(遅いよサティさん、もう見えてるよサティさん)

(って、サティさんが素に戻ってる、そんなレベルなのか)


 アタシはキートリーに若干引きつつ右手のヴァルキリーを見たら、彼女の綺麗な顔がチアノーゼで紫色になってきている。冷静になって考えた。


(アタシは憧れのヴァルキリー相手に、なぁにをやっているんだ?)


 途端に罪悪感でいっぱいになってきたアタシ。とりあえずキートリーには適当に返事をしておく。


「こ、今度!メグを助けたらで、ね!?」

「承りましたわ!では5日後に!ボーフォート家長女!ワタクシ、キートリー・ボーフォス!この約束!絶対に忘れませんのよっ!!」


 リボンで結んだ緑色の綺麗な長い髪を揺らしながら、アタシをビシィッと指差しドヤるキートリー。そんな訳で、アタシは5日後にキートリーと試合する約束をしてしまった。


(キートリー的にヴァルキリーを痛めつけているアタシは問題ないんだろうか?)


 と、そこでキートリーも肘打ちで白いヴァルキリーをブッ飛ばしていたのを思い出した。この世界のヴァルキリーの扱いに割と同情する。

 アタシは右手にぶら下がるヴァルキリーが可哀想になってきたので、首を掴んだまま、足が地面に付くぐらいの高さまで彼女を下ろし、


「もうやめない?やめようよ?やめるって言ってくれたら手を離すから、ね?」


 アタシはちょっと申し訳なさそうにヴァルキリーに停戦の申し出をしてみる。散々痛めつけておいて調子の良い話ではあるのだが、相手は神の使い、止められるのならそれに越したことはない。そもそも襲い掛かってきたのは彼女が先、アタシは正当防衛だし、まだセーフ、セーフだって言ってんでしょ。


「日高……千歳……貴女を……不死者と……」


 最初やってきた時のセリフを再度言うヴァルキリー。アタシの右腕を両手で握り足掻きながら、蹴りを入れてくる。だが足に力が入っていない、ポコポコ蹴られても痛くとも何ともない。


「やめよう?」


 アタシはめげずに停戦を提案する。なるべく敵意の無さそうな表情で、ちょっと微笑みながら。


「魂……の……解……」


 やっぱり蹴ってくるヴァルキリー。だがもはや足が上がっていない。アタシの腕を掴む力も無くなってきたのか、ただ添えているだけだ。


「やめよ?」


 とか言ってる内にヴァルキリーはもうまともに動けなくなったらしく、自分で立てなくなったのかぷらーんと彼女の首を掴んでいるアタシの右手に垂れ下がり始めた。


 「ああヤバいヤバイ、首締まる首締まってる」


 アタシは焦って急いでヴァルキリーの首から手を離し、彼女の背中を手で支えて、ゆっくりの地面に降ろした。彼女の様子を確認後すると、まだ息はしているが、目を瞑って倒れたまま動く気配がない。もしかしたら、全身打撲、全身骨折?で動きたくても動けないのかもしれない。

 と、ここで黒いヴァルキリーは2体だったことを思い出す。もう一方の、フライアに向かっていった方のヴァルキリーも気になったので、しゃがんだままフライアの方を振り向いた。


「えぇ……」


 アタシは困惑の声を上げた。そこには、空中に浮いた魔法陣から出ている光の刃、それに貫かれてモズの早贄みたいにぶらんと垂れ下がっている黒い翼のヴァルキリー、だったモノが居た。

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