05.暴走_side03

「サティ!!」


 女悪魔の回し蹴りで開けられた穴からテントの中に入ると、ベッドの上にサティの姿がありませんでしたの。その代わり、血の引きずられたような跡がありましたわ、ベッドから元の出入り口の近くまで、ずずずっーと。血の跡を辿っていくと、サティが入口付近の地面で杖を握り、仰向けに倒れていましたの。ワタクシはサティに駆け寄り、地面に膝を突いて目を瞑ったままのサティの上半身を抱きかかえます。


「サティ!!サティ!!しっかりしなさいな!!」


 目を瞑ったまま、サティは返事をしません。やはりダメなのか?と言う思いが頭を過りましたわ。


「サティ!!」

「……お……じょう……さま……」


 その返答は、とても小さな声でしたが、


「サティ!?良かった!!」


 サティは、まだ生きていましたの。返答と共にゆっくりと瞼を開けるサティ。


「はっ、はっ、赤の……信号……弾が……見え……ましたの……で……はっ、はっ、結界を……」


 結界が消えたのは、サティが信号弾を見て、救援隊が近づけるように自分で解除したからでしたの。サティは魔術発動後、ワタクシが声を掛けるまで気絶していたみたいですわね。


「わかっていますわ、でも貴女は腹に穴が空いてますのよ?結界くらいお父様かマースがなんとかします、貴女は安静にしていなさい?」


 ワタクシは冷静にサティを諭します。この傷で結界の解除魔術を行使するのは、少々無茶が過ぎますの。魔術行使時に使われる体力は軽めとは言え、重傷時は命に係わりますのよ。


「はっ、はっ、申し……訳……はっ、はっ、あり……ませ……ん……」


 苦しそうに返事をするサティ。目は開けていますが、どこかぼんやりと焦点の会っていない目。


(呼吸が不規則で浅い、目も虚ろ、これは危険ですの)


「もう喋らなくていいですわ。止血剤塗って、黙って助けを待っていなさい」


 ワタクシはそう言ってサティを黙らせます。一旦サティの上半身を地面に下した後、自分のドレスのスカート部分の生地をまるまる1周分、ビリビリと千切り、倒れた道具箱から出て地面に転がっていた止血剤を千切った生地に塗って、サティの腹部に押し当てますの。さらに、余ったスカート生地をサティの細い腰回りにぎゅっと巻いて縛り付けて止血ですわ。ドレスのロングスカートがミニスカートになりましたけれど、今は気にしていられませんのよ。


「これを、ポーションを飲みなさい。少しでいいですわ、喉を詰まらせない程度、ほんの少しでいいですから」


 止血を終え、再びサティの上半身を抱きかかえたワタクシ。今度はサティと同じく地面に転がっていた治癒のポーションを拾い、サティの口元に近づけてゆっくりと飲ませようとします。


「コク、コク……けほっ、けほっ、はっ、はっ」


 少量飲んだ辺りで咽てポーションを吐き出してしまうサティ。サティの口から地面にポタポタと垂れるポーション。


(やはり自分では飲めませんか、ならば仕方ありませんの)


 ワタクシはポーションの液体を自分の口の中に含み、サティに口移しで少しづつ飲ませますの。


「あむっ」

「ん……んっ、んっ……コク、コク」


 サティの口の中に少しづつ送り出すポーション、代わりにワタクシの口の中に広がっていくサティの血の味。

 このポーションには治癒魔術のような即効性はありませんし、腹に空いた傷を治すような効果もありません。けれど弱った体力を取り戻す程度の効果はありますわ。贅沢は言ってられませんの、サティを少しでも生き延びさせるために、ワタクシは手当たり次第になんでもやりますわよ。

 とりあえずポーション瓶の半分程度をサティに飲ませましたの。サティは少し体力が回復してきたのか、目に光が戻り、ワタクシに語り掛けてきます。


「はーっ、はーっ、あり……がとう……ござ……」

「黙りなさい、喋らないこと」

「はい……」


 サティを再度黙らせた辺りで、


「ギヒヒヒッ!血ノ匂イ!女ノ血ノ匂イガスルゾ!」

「ドコダ?ドコダ?サガセ!」


 テントの外からゴブリン達の声が聞こえましたわ。テントの周りを囲むようにゴブリンの気配がしますの。


(ゴブリン共め、結界が消えて、すぐに来ましたわね。今のサティでは、丸腰のゴブリンですら相手出来るか怪しいですの。一人にはできませんわ。それにこの出血では下手に動かすのも危険。なれば)


 ワタクシは救援隊が駆けつけるまで、このテントでサティを守ることにしましたの。


「おじょう……さま……」

「サティ、黙りなさい、ゴブリンにバレますわよ」

「おじょう……さま……どう……か……千歳様……を……」


(しまった、女悪魔、ではなく、千歳様を外に置いてきぼりにしたままですわ)


 サティに言われて思い出す。ゴブリン跋扈するテント外に、気絶中の千歳様が倒れっぱなしなのを。


「オイ!オンナダ!ココニオンナガ倒レテルゾ!」

「ナンダ!?ドコダ!?」

「ココダ!コッチダ!」


 テントを囲んでいたゴブリン達の気配が、外で倒れている千歳様の周囲に集まっていきますの。


(不味いですわ、千歳様は絶賛気絶中、このままでは千歳様の身に危険が)


 気絶させたのはワタクシなのですが、そんなことは今更ですのよ。


「お嬢様……行ってください……ポーションが、効いてきた、みたいです、少しなら、魔術も使えると……思います」

「ですけれど、貴女を置いていく訳には……」

「お嬢様……個人結界を張ります……私から離れて、ください……」


 そうワタクシに自分から離れるように即すサティ。


「個人結界、張れるんですのね?それならば、ええ、わかりましたの。ポーションの残り半分、自分で飲めるならば、飲んでおきなさい」


 そう言ってサティを地面に下ろし、飲みかけのポーションをサティの近くに置いて、サティから少し離れます。するとサティが杖を構えて呪文を唱えますの。


「水の女神メルジナ……よ、その慈悲深き……力を持って……我を……守り給え、プロテ……クト」


 -キィィィン-


 杖が青く光り、サティの周りを囲むように薄く透明な壁が出現しましたの。これが個人結界。魔術を解くまでその場から動けませんが、救援隊が来るまでの間、ゴブリン達から身を守るには十分ですの。


「お嬢様……千歳様を……」

「わかっていますわ、後は任せなさいな」


 ワタクシは近くの衣装箱から適度な長さのリボンを取り出し、自分の髪を結びましたわ。長い髪を纏めずにいると戦闘時、どうしたって邪魔になるんですのよ。だからこうやって、


「よしっ!」


 髪を後ろで一つにまとめて、結びますの。

 ワタクシは髪を結んだ後、サティをテントにおいて、また外に出ようとテントに空いた穴の方を向きましたの。その時、


「ギヒッ!?ギヒィィィヤァァァッ♥」

「ゲギャッ!?吸ワレッ!?ゲアァァァァッッ♥イイッイイイイイイッッッ♥」

「キボヂイイイィィィッッ♥」


 ゴブリン達の奇妙な悲鳴が聞こえてきましたの。


(なんですの?あの声?ゴブリンのあんな声、初めて聴きましたわよ?)


 ワタクシが困惑している最中にも、ゴブリン達の奇妙な悲鳴は続きますの。


「イッ♥イッ♥アアアァァァッッ♥」

「ズゴイゾォォォォ♥」

「オホオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ♥」


(何が、何が起きて?)


 テントの穴の開いた部分から外の様子を伺いますの。

 すると、千歳様が起き上がって、彼女を囲むゴブリン達の中央に立っていましたの。


「千歳っ……様!?」


 ワタクシの見ている前で、千歳様の頭の皮膚がメリメリっと割れ、中から突起物、いやあれは、


(角?千歳様に角が生えましたわ!それも左右両側から1本づつ!)


 千歳様の頭部から、山羊の角の様なくるっとくねった角が、左右合せて2本生えましたの。


「ゲヒッ♥ゲギアアアアッッッ♥」


 そして千歳様の手に首を握られながら奇妙な悲鳴を上げるゴブリン。


(待って、あっちの手は、さっきワタクシが折ってしまったハズ。なぜもう治っているんですの?)


 ワタクシが折ったハズの腕、外したはずの肩、それが何もなかったかのように治っていましたの。さらにゴブリンが千歳様の手に握られたまま、次第に空気でも抜けているのかのように萎んでいきますの。ついには骨と皮だけになり、千歳様の手からポロリと地面に落ちます。千歳様の足元には、同じように骨と皮だけになったゴブリンが何体もありましたわ。


(なんですの?何をしていますの?)


 風に骨と皮だけになったゴブリン、とても生きているとは思えませんの。ですけれど、出ていないんですのよ、魂が。この世界では、死んだら口から魂が出るんですのよ。常識ですの。でも出てないんですのよ。あのゴブリン達からは、魂が出ていないんですの。


(どう見ても死んでいるのに、何故?何故魂が抜けて行かないんですの?)


 そうして見ているうちにも、ゴブリン達は千歳様に捕まれ、奇妙な悲鳴を上げて、萎んで、骨と皮だけになり、また地面に捨てられますの。そして一度も魂が抜けるのを見ることも無く、千歳様の周りにいたゴブリン達が皆、骨と皮だけのモノに成り果てましたの。

 唯一、弓ゴブリンだけは遠くから千歳様目掛けて矢を放っていましたわ。ただ、放った矢は千歳様に躱され、手で弾かれ、ついには矢が尽きたのか、弓ゴブリンはこの場から離れて行きましたけれど。


 ワタクシはただ茫然と、その姿を見ていました。何が起こっているのか、全く意味が分からないんですのよ。


「ハアアアアアァーー……」


 千歳様は大きく息を吐いた後、


「アグッ!?アッ!?アアアッッ!!」


 苦しんでいるような声と共に、両手で頭を抱え、俯きましたの。するとどうでしょう、千歳様の茶色でベリーショートの髪が、瞬く間に肩、背中付近までと真っすぐと伸びて行きましたの。いえ、茶色なのは先端の方だけ、伸びた部分は真っ黒の髪色ですわね。さらに耳もエルフの耳のように細長く伸びて行きますの。


 -ビリッ-


 さらには、背中から飛龍の様な大きな羽がニョキニョキと生えてきましたわ。肌着を突き破り、両側にバサリと大きく広がる翼。


 髪の伸びが止まり、頭を抱えていた千歳様が、ゆっくりとこちらに向き直ります。ワタクシの方を向いたその顔は、手の色と同じように青くなっていましたの。顔だけでなく、ズボンと肌着の間から見える肌部分がすべて、青色に変わってましたの。


「ちと……千歳様……?」


 月夜に照らされる、大きな角と翼を持った青い肌の女性の姿。

 なんとなくダメな気はするんですのよ?こんな状況で、千歳様が正気に戻っている訳ありません。だってスゴイ匂いなんですもの。テントの外にいるのに、媚香の匂いで頭が解けてしまいそうなくらいに、さっきよりずっと匂いは強くなっていますわ。でも声を掛けずにはいられませんの。わずかな希望にすがりたいんですのよ。

 でも千歳様は、


「ゲヒャヒャハハ!スゲェ!チカラガミナギル!」


 両手を広げ、ゲラゲラと下品に笑い出しましたの。千歳様ではなく、やはり女悪魔でしたのよ。


「オンナァ!サッキハヨクモ舐メタ真似シテクレタナァ!?テメェハスグニハコロサネエ!タップリト弄ンデカラ殺シテヤルヨォ!!」


 女悪魔は笑ったかと思えば、今度は怒りの形相で私を睨みつけてきましたの。


「はぁぁっ……やはり、ダメでしたのね。ならばもういち……」


 -ドンッ!-


 空気の破裂音と共に、一瞬で間合いを詰めてくる女悪魔。


(さっきより速い!?前へっ!!)


 全闘気を両腕に集中し頭を守りつつ、さらにこちらも1歩前に出て、女悪魔の振りかぶってきた腕の内側に入り込みますの。


 -ドガァァァァッッ!-


「オオッ!?」

「ぐうぅぅっ!?」


 -ブワッ!-


 前に出たおかげで、女悪魔からは、爪ではなく、前腕の内側で攻撃を受ける事になるワタクシ。なんとか両腕で女悪魔の腕を弾き飛ばし、後方に吹き飛ばす事には成功したのですが、それでもワタクシの両腕には折れんばかりの衝撃が伝わってきましたの。さらに女悪魔の攻撃がワタクシに当たった時の衝撃で、後ろのテントの膜材が吹き飛び、テントの中が丸見えですわ。


(さっきよりスピードもパワーも上がっている)


「ドウダァ?サッキヨリズットツエエダロォ?ギヒヒヒィッ!」


 ニタァっと笑い、ワタクシを挑発してくる女悪魔。


「はっ!片腹痛いですわ!相変わらず馬鹿正直に真正面からとは、この程度で、ワタクシに勝てると思っていて?」


 ワタクシは、半身の構えを取り直しつつ、相手を挑発し返します。でもこれは、強がりですの。女悪魔に殴られたワタクシの両腕は、痛みに悲鳴を上げていましたのよ。


(正直ヤバいですわ。全闘気を両腕に集中させて防御してこれですのよ?今はなんとか反応して爪じゃなくて腕で受けましたが、あの爪、まともに喰らったら恐らくはワタクシの腕がふっ飛びますの。それに蹴り、さっきより威力が上がっているとしたら、あばら骨数本じゃ間に合いませんのよ。どうする、どうするんですの?)


 ワタクシの考えが纏る前に、女悪魔が仕掛けてきますの。


「ギャハハハハ!イイゼェ?今度ハオレガオ前ニ月見ヲサセテヤルヨォ!」


 -ドンッ!-


 また空気の破裂音と共に、間合いを詰めてくる女悪魔。


(また前から……違うっ!?左!?)


 -ズバッ-


 どうせまた正面からとタカを括っていたのがアダになりましたの。フェイントを差し込まれ、反応しきれずに頭を防御した両腕でモロに爪を喰らうことになったワタクシ。


 -ズシャッ!-

 -ドガァァァッ!-


「あぁっっ!?」


 -バキバキバキ-


 ワタクシ、そのまま森の木に再び叩きつけられることになりましたの。背中の木は、ワタクシが叩きつけられた衝撃で簡単に幹の部分からボキッと折れてしまいましたわ。ワタクシはそのままズルズルと木から滑り落ちて、地面にうつ伏せで倒れましたの。


「あぐっ!ああああっ!」


 両腕が激痛に悲鳴を上げていますの。


(ワタクシの腕は!?腕はついて、る。とてつもなく痛いですの。折れるか千切れるかと思いましたけど、まだギリギリ動きますの。まだうご……えっ)


 ワタクシの両腕の前腕の外側部分、肉がごっそりと削げ落ちていますのよ。それは痛いですわよ。両腕とも女悪魔の爪に横一線された部分の肉が無くなって骨が見えているんですから。その見えている骨も、表面が抉れていますの。でも千切れ飛ばなかっただけマシですわ。思ってたよりも頑丈な身体をしていた自分を褒めたいですわよ。


 -ブシャッ-


 両前腕の肉の削げ落ちた部分から、血が噴き出してきましたわ。


「あぎぃぃっ……はーっ、はーっ、はーっ」


(マズイですの、マズイですの、マズイですのよ。なんでゴブリン狩りにきていきなりこんなジェボードのエースレベルの相手と戦うハメに陥っているんですのワタクシ?こんなのとタイマンとか死にに行くようなもんですわよワタクシ?いやいやいや、何を弱気になっているんですのワタクシ?気持ちで負けたらそこで試合終了ですのよワタクシ?死ぬ気で勝ちにいかなければ死にますわよワタクシ?)


 最早千歳様の身体を気遣っている余裕がないんですの。相手を殺しにいかなければこっちが殺されますのよ。でもこのままじゃ立てませんの。


「はーっ……すぅーっ」


 -シュウゥゥゥ-


(2回目)


 うつ伏せのまま再び集気法を使いますの。橙色に輝くワタクシの身体。闘気を集め、腕の修復と体力の回復を行いますの。腕の削れた骨と肉が修復され、歪な形ながら露出した骨が肉で隠れて行きます。


(よし、これで立てっ)


 両手を地面につけて立とうとしたところ、


 -ブスッ-

 -ブスッ-


「ぎゃあああっっ!?」


 突然両肩に走る激痛、立ち上がろうと起こした上体ごと再び地面に押し付けられる身体。ワタクシの美しい悲鳴が森に響き渡りましたわ。


「ギヒヒヒッ!アア悪リィナァ、ウツ伏セジャ月ガ良ク見エネエヨナァ!!ナアァ!?」


 ワタクシの両肩が鋭いもので地面までいっぺんに串刺しにされましたの。その鋭い物は爪、長く伸びた女悪魔の爪でしたの。ワタクシの身体は、完全に地面に張り付けにされた形になり、立ち上がることができませんのよ。


「ドウシタァ?コノ程度ノ力ジャ倒セネエンジャナカッタノカァ!?ナアオンナァ!!」

「あああっっ!?うぐぅぅっっ!?うぐあああっっっ!?」


 ワタクシを足で踏みつけ、両肩を串刺しにしている爪をぐりぐりと捻りながら挑発してくる女悪魔。ワタクシは痛みに思わず何度も悲鳴を上げてしまいますの。ですが泣き言を言っても、悲鳴を上げても、相手はやめてくれるわけでは無いんですのよ。


(痛い、痛いですわ、ふざけてますわ、冗談じゃありませんわ、こんなところで、こんな奴に!もういいですわ、集気法をフルで使用しますの。この辺一体の木々が枯れてしまっても、もうしょうがないで済ましますわよ!)


「あぐっ、はーっ……すぅーっ」


 -シュウゥゥゥ-


(3回目)


 集気法によってワタクシの身体が橙色に光ります。爪が刺さったままの両肩の傷、これが無理やり治癒されたため、女悪魔の爪にワタクシの皮膚と筋肉がくっ付いてしまいますの。ですが構っている余裕はありませんわ、少しでも闘気を集め、戦う力を上げませんと。近くの木々は、集気法の重ね掛けにより、木の葉が枯れ始め、木の幹はボロボロになっていきますの。


「アア?ナニヤッテンダオンナァ?」


 女悪魔はワタクシが何をやっているのかまだ気づいていないみたいですわ。爪をぐりぐりしてくるせいでワタクシの両肩は超痛いままですけれど。


(相手がお馬鹿さんで助かりますの)


「うっぐっ、はーっ……すぅーっ」


 -シュウゥゥゥ-


(4回目)


 4重掛けの集気法、再びワタクシの身体が橙色に光りますの。更に集まる闘気、


「オイ、ナニヤッテンダッテ聞イテンダヨ!オンナァッッ!!」


 女悪魔は光るワタクシの身体を不審に思ったのか、声を張り上げ、


 -ドゴォォォッ!-


 女悪魔がワタクシを踏んづけている足を退けて、ワタクシの腹部と胸部の間を思いっきり蹴り上げましたの。


「うげぇぇぇっっっ!?」


 肺と横隔膜の間を蹴り上げられ、伯爵令嬢にあるまじき呻き声と共に、くの字に曲がって跳ね上がるワタクシの身体。女悪魔の爪とくっ付いていた両肩の皮と肉が、跳ね上がる身体によって無理やり引っ張られ千切れますの。さらに蹴りによって無残にも折れるあばら骨、少なくとも左右合せて4~5本は折れましたわよ。蹴り上げられたワタクシの身体ですが、両肩が爪で地面に固定されいるため、ワタクシの身体は空に吹き飛ぶ事はありません。下半身が上半身側に向けて思いっきり海老反りした後、爪を伝ってそのまま再びうつ伏せで地面に叩きつけられましたの。


 -ビタンッ-


「がはっ!……ぁ゛ぁ゛っっ……」


 地面に叩きつけられた痛みに悶え苦しむワタクシですが、先ほどの蹴りと地面に叩きつけられた衝撃で呼吸が出来ず、声になりませんの。息をしたくてもできませんの。呼吸が出来なければ集気法が続けられませんのよ。


(ヤバイですの、折れたあばら骨が肺に刺さってますの、ヤバいですのよ、息が出来ないのはホントにヤバいですの。あと1回、あと1回集気法を使えばフルパワーですのに。なんとか、なんとかしなければ)


 苦痛からか追い詰められているからか、冷や汗を垂らすワタクシ。色々考えを巡らせましたが、いい考えが思い浮かばないんですのよ。そもそも肺に刺さった折れたあばら骨とうつ伏せで胸が圧迫されている事の二重のダメージで、満足に呼吸が出来ないんですの。頭の中がぼやーっとして考えが纏りませんわ。


(マジでヤバイですの、めちゃくちゃ苦しいんですの、どうしようかしら)


「ダカラナニヤッテンダッテキイテ……」


 ワタクシの考えなど知らんと言わんばかりに、もう一度足を振り上げ、蹴りを放とうとしてくる女悪魔。


(ヤバッ!?待って、待って、待って!)


「ま……って……」


 肺の中に残った僅かな空気で、辛うじて声を出しますの。もう一度さっきの蹴りを入れられたら、恐らく内臓破裂、集気法での身体の修復が出来なくなって、アウト、ですの。だからこの声は、打算も何も無い、本音の声。


「……アァ~ン?ナンダッテェ~?」


 振り上げた足を下ろし、倒れこんでいるワタクシに、ニヤリと笑いつつ惚けた風に耳に手をやって聞き返してくる女悪魔。


(屈辱ですの、こんな奴に。でも、こうするしか)


「……たすけ……て……」


 今出せる精一杯の声。その声でワタクシは情けなくも助命の嘆願をしますのよ。


(こうなったらプライドなんてドブに投げ捨てですわ、下手に出て相手が油断してくれれば)


 ここからは相手が油断してくれる事をお祈りですの。それを聞いた女悪魔はほくそ笑み、


「ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!ソウダ!テメェミタイナヤツハナ!最初カラ俺様ニ泣キナガラ縋リ付イテンノガ似合ッテンダヨ!!ナア!?」


 目をむき出し、長い舌をダラリと垂らしながらそう上機嫌に言って、ワタクシへの攻撃の手が止めましたの。


 (随分と勝手な物言い、でも乗ってきましたわね)


「は……い……なんでも……言う事……聞きます……たす……けて……」


(我ながら迫真の演技ですの。いえ、半分は本気)


 痛みと苦しみと悔しさからワタクシは涙目、相手の油断を狙った演技も半分ですけれど、そのまま助命の嘆願を続けますわ。ワタクシだって死ぬのは怖いんですの。


「ギヒィーーッヒッヒッヒ!!」


 ワタクシの卑屈な態度に大笑いする女悪魔。ちょっと前まで優位に立っていたワタクシに命乞いさせるのは、さぞ気持ちの良いことでしょうね。ワタクシの気分は最悪ですけれど。


「ダッタラオレサマノアシヲ舐メテミロヨォ?」


 ワタクシの口元に突き付けられる女悪魔の足。千歳様はブーツを履いています。これはワタクシが貸したワタクシのブーツ。そのブーツは今までの戦闘で足裏は土で汚れて非常に汚いですの。


(きったな!とても舐められたモノではありませんわ。でも今はコイツの言う事を聞かなければ)


 苦渋の決断ですのよ、ワタクシは乱れた息のまま、舌を出し、女悪魔のブーツを舐めますの。


(苦い、じゃりじゃりする、ちっちゃい虫が口の中に入ってくる。最悪ですの)


「ギャハハハハハ!本当ニ舐メヤガッタ!!ギャハハハハハハハハッ!!」


 ワタクシの行為に下品な声を上げて腹を抱えて笑う女悪魔。ワタクシは口の中の不快感に今にも吐き出したいですけれど、そんな反抗的な態度を取れば相手を怒らすだけ。今は我慢ですの。


「イイゼェ!殺スノハヤメテヤルヨォ!ソノ代ワリテメェノ身体、好キニサセテ貰ウゼェ!」


 女悪魔は、そう言って両肩に刺さっている爪を引き抜き、ワタクシの身体を乱暴に掴んで、荒っぽくうつ伏せから仰向けに変わるようその場に投げましたの。


 -どさっ-


「えぐぇっ!?」


 ワタクシはその場で投げられた衝撃で、踏み潰された蛙のような声を上げましたわ。


(酷い扱いしてくれますのね、でも今ですわよ)


 仰向けになって、自重での胸の圧迫が無くなり、肺に刺さっていた折れたあばら骨も上向きになって余裕が出来たのか、呼吸が大分楽になりましたの。


「ふーっ、ふーっ、はーっ、はーっ、はーっ」


 ここぞとばかりに息を整えるワタクシ。


(呼吸する度にあばら骨が刺さってクッソ痛いですの、でも死ぬよりかはマシですわ)


 そんなワタクシに女悪魔が四つん這いで覆いかぶさって来ましたの。手足と背中の羽で、ワタクシを囲うように。


「ゲヒヒッ!ヒヒッ!結構可イイ身体シテンジャネエェカ、ヤリガイガアルゼェ!」


 ワタクシに覆いかぶさりながら下卑た嫌らしい笑みを浮かべる女悪魔。コレに褒められても何も嬉しくないどころか、嫌悪感でいっぱいですわ。

 そんな女悪魔は自分の股間を弄り、不思議そうな声をあげます。


 「オッ?アレ?股間ニイチモツガナイ?」


(そんなものある訳ないでしょう!?千歳様の身体ですのよ!)


 アレっ?とかドコダっ?とか言ってる女悪魔の隙を見て、ワタクシは大きく息を吐き、それから大きく息を吸いますのよ。


「はーっ……すぅーっ」


 -シュウゥゥゥ-


(これが最後、5回目)


 ワタクシの身体が仄かに橙色に光り、闘気が集まって全身を駆け巡り、貫通していた肩の傷と、折れたあばら骨が治っていきますの。


「アアッ!?テメェ今マタナンカヤッタダロ!?」


 女悪魔が四つん這いのままワタクシに向かって腕を振りかぶりますの。その直後、


 -ミシッミシミシミシ-

 -バキッ-

 -ズシャア-


 ワタクシの集気法によって、命を全て吸い上げられた周りの木々が、次々に枯れ果てて倒れて行きますのよ。


「ン?ナ、ナンダ!?ナンデ木ガ枯レテイル!?右モ!左モ!」


 ワタクシに覆いかぶさったまま、焦って手を止めて左右を確認する女悪魔。ワタクシから目を離し、見事に隙だらけですの。


(ワタクシの身体は万全、だからもう遅い!)


「流石のお馬鹿さんでも気づいたみたいですわね!」


 ワタクシは全闘気を集中させた両手の掌打で、女悪魔を上に思いっきり跳ね除けますの。


-ドンッ!-


「ウオオオオッッ!?」


 上方に高く吹っ飛ばされる女悪魔。ワタクシはすかさず足を頭の近くまで持ってきて、頭の両隣りに着いた手と、足を延ばす反動で跳び起きますの。サティの治療で千切ってミニになっていたスカートが捲れて下着が丸見えですけれど、今ははしたないとか言ってられないんですのよ。

 そして、まだ空中に吹き飛ばされて浮かんでいる女悪魔目掛けて、


「その翼は飾りみたいですわねぇ!?」


 女悪魔が飛べない事を確認するワタクシ。言われて気づいたのか、翼を広げる女悪魔。でも女悪魔の落下は止まりませんわ。


「今更遅い!」

「ヤッ!?ヤメロオオォォォッ!?」


 思いっきり大地を踏みしめ、効き手の右腕をきっちりと引いた後、


「掌打ぁぁぁぁっっっ!!」


 掛け声と共に、落ちてくる女悪魔の土手っ腹に全力の闘気を込めた右手の掌打を叩きこみますの。


 -ズドォッン!!-


 森中に響く衝撃音。


「グゥェッッッ!!??」


 衝撃でうめき声をあげる女悪魔。


「千歳様の声で、そんな汚い声を上げないで欲しいですわねぇ!?」


 ワタクシは掌を女悪魔の腹にねじ込みながら、右手をに込めた闘気を女悪魔の腹に向けて一気に撃ち放ちますの。


「撃!!発!!」


 -ズッパァンッ!!-


「ウゲエエエエエエエッッッッ!!??」


 女悪魔の身体が闘気の爆発による衝撃で上方に跳ね飛びます。ワタクシの右手から撃ち出された橙色の闘気は、女悪魔の腹から背骨を突き抜けて、逆さまの流星のように空に昇って行きましたのよ。

 ワタクシは、落ちてきた女悪魔の身体、それを掲げた右平手で再び受け止めましたの。


 -ゴキッ-


(あっ?やりすぎましたわ、女悪魔の背骨が折れる音が聞こえましたわ)


 ワタクシの右腕に身体をくの字に曲げたままぶらりと垂れ下がる女悪魔。ワタクシのこの技を喰らって、身体が破裂していないだけでもスゴイ頑丈なのですけれど、流石に折れるモノは折れますわよね。


(千歳様、この責任はきっちり取らせていただきますの)


 ワタクシ、背骨が折れて歩けなくなった千歳様を想像しましたの。ワタクシを頼って声を掛けてくる千歳様と、千歳様を甲斐甲斐しく介護する自分の姿。


(ああっ、ぞくぞくしますの!千歳様、この身尽き果てる最期まで、お付き合いさせて頂きますわ!)


 ええ、興奮しましたわ。もちろん勝利の喜びに、ですれけれど?

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