転.1
「落ち着いた?」
「はい――、ありがとう……ございます」
焦げ臭いが充満する更地となった一帯で、俺は冒険者の女性に手当を施される。
あの後、翼を裂かれながらも抵抗を見せた飛竜は、体を引きずりながらも彼方へと飛び立っていった。
敵ながら、しぶとい事だな……流石は、飛竜。
もう相手にしたくない相手だよ。
あ……、そういえば、聞きたいこと――聞かなきゃいけない事があった。
「いやぁ……、事切れてなくって良かったよ。
飛竜を追っていたところで、君を助けてって泣きながら懇願されて――」
「あの……、すいません」
「うん?何かな?
あぁ!迎えなら心配ないよ。多分、もうすぐしたら到着すると思うか――」
「そうじゃなくて、そこの兄さん――ジーク、さん?が使用した炎の斬撃は何ですか?
もしかしなくても……魔法――ですか?」
「魔法って……何かな?」
「えっ!……ええっと、魔法というのはですね」
何それ?美味しいの?と言わんばかりの顔を浮かべ、首を捻る冒険者の女性。
違うのだろうかと、若干ガッカリした面持ちで、どういうものか説明をしていく。
すると、説明を受けた女性はドンドンと表情を険しくさせていくが。
俺の視線に気がついたのか、雑念を払うように頭を横に振って再び笑顔を浮かべた。
そんな行動に、内心首を傾げる。
「……へぇ〜、そんな不思議な力があるんだ――。
知らなかったよ」
「……てことは――魔法ではないんですね」
「うん、そうだよ。
あれは、素材となったモンスターの特性から生じた、言わば――副産物みたいなものかな。
それを応用して、あんな風に扱ってるね。
扱いには、細心の注意が要るけどね〜」
「……そう、ですか」
やはり、魔法――では無かった。
……薄々は理解していた。
術式が見えず、ましてや詠唱を行う暇を見せなかった。
俺が書き上げた術式が、呆気なく燃やされた直後の――あの炎の斬撃。
暗転していた風景に、ようやく現れた光明……と思ったんだが、な。
「あれれ?
そこは、凄ーい!って驚くところだったんだけどなー。
お姉さんガッカ――」
「おい……」
「何よ、ジーク。人の話を遮らなくても――って、どうしたのよ。
そんな怖い顔をして」
件の斬撃を放った冒険者――ジークと呼ばれる青年は、表情がごっそりと抜け落ちような、冷たい顔を浮かべていた。
纏う雰囲気も、張り詰めた糸のように何処か刺々しく、重苦しい緊張が漂う。
「……うるさい。
で、そこの命知らず。
……お前は、そんな物があると思っているのか?
御伽噺かぶれのような物が本気であると思っているのか?」
「……思って、います」
「……そうか。
――!!」
「――っ!!」
凍てつく視線で見下ろす彼に対して、たどたどしくも〝 ある〟と答えた。
瞬間、体が宙に浮いた。
正確には――首元を掴まれ、持ち上げられていた。
首元を締められ、息苦しさと圧迫感のあまり思考が止まりかける。
うっすらと開かれた視界には、溢れんばかりの怒気を撒き散らしながら、こちらを見つめる青年の姿。
まるで、仇でも見るかのような強い視線に、されるがままになる。
「ちょっと……ジーク!!」
「先に否定しておく……、そんな物は存在しない」
「何で――」
「判る?と言いたいなら教えてやる……。
俺とそこの女は、数々の大陸を超えてここまでやって来た……。
当然……、幾つもの都市を見て回った訳だが――誰の口からも、どの書物からも。
そんな物は――そんな言葉は見た事も聞いたことも無い」
静かに――だが、一切の反論を認めないという鋭さが俺の胸を貫く。
体が、心が震えた。
恐怖心からではない――怒りから生まれたその震えは。
うっすらとした視界を急速に開かせ、息苦しさと圧迫感をかき消す。
鎧に包まれた左腕を掴んで、こちらを見下ろす青年と真っ向からぶつかり合う。
誰からの口から聞かされてないだ?
そんなの知ってんだよ……!
どの本からにも記載されてないだ?
ああ、そうだろうよ……!!
「……だから、存在しないって言いたいのかよ?
あんたは」
「……ああ、そうだ」
「……んな訳――ないだろ、そん訳ないだろ!!
ある筈だ、ある筈なんだよ!!
さっきは、手順を間違えただけで本当に魔法は――」
「そんな物は存在しないっ!!」
「……っ!!」
全部を否定され、怒りに身を任せた。
だが、牙を剥くように吠えた俺に対して、それ以上の怒りを持って青年は俺を押さえつけた。
真っ直ぐと拮抗する青年の瞳からは、怒りと憎悪、殺意を滲ませていた。
先の飛竜とは比べ物にならない覇気が、空気と共にビリビリと伝わってくる。
それに飲み込まれるように、声を発することが出来なくなっていた。
「無いものは、無いと言った!!
……それにお前、〝 ある筈〟と言ったな?
自分でも見たことを無いものを、何故有ると断言出来る!」
「それ、は……」
「自分は特別だとでも言いたいのか?
あぁ、特別なんだろう。
ありもしない妄想に縋り付き、
日々の努力を怠って、
自分の理想に潰されそうだった、愚か者なんだからな!!」
……反論の言葉が出ない。
言い返したい筈なのに、反論の余地がなかった。
今朝、アデルにも言われてたな――〝兄さんと違って、僕には全体像が掴めない 〟ってな。
そうだ。
魔法だなんて言葉誰も知らなかったんだ。
なのに、説明を施されたところで、それが一体どういうものかなんて結局は判らない。
絵を描いて説明も出来ない。
確実性のないそれを披露したところで、いつかはそれが嘘だと判ってしまう。
……あぁ、本当に。
魔法なんて概念はそもそも存在しないのだ。
この世界の――正規の住人じゃない――はみ出しものの転生者である俺にしか、判っていないのだから。
「……ジーク」
「自分を顧みない者は、必ず他人を巻き込み――不幸にする!
今回は逃げ道があったものの、もし四方が囲まれていたらどうするつもりだった!
お前諸共、飛竜の餌食になっていたかもしれないんだぞ!!」
「ジーク」
「もし、お前のそれが世迷言ではないと言うのなら!
今、ここで!その証明をして見せろ!!!」
「ジーク!!」
さっきの威勢が消え去り、弱々しくなりながら青年の叱責が耳へ入ってくる。
それを被せるように、女性が青年の名を叫んだ。
「怪我人なんだから、もうやめて!
最初は止めなかったけど、これ以上は――唯の八つ当たりだわ」
「…………すまない」
冷静さが戻ったのか、我に返るように怒気を収め、掴んでいた首元を離した。
それに立っていられず、四つん這いのような状態で、倒れるように地へと手を付けた。
「……夢を壊すようで、ごめんなさい。
けど、私もジークと同意見だわ。
長い間、私とジークは旅を続けてきた。
……でも、君の言う魔法なんてものは、見た事も聞いた事も無かった」
「…………」
「諦めろ……なんて言うつもりは無い。
ただ、この先もそれを求め続けると言うなら――もう少し考えて行動なさい。
貴方の執った行いは……、ただの蛮勇なんだから」
冒険者の女性は、言い聞かせるように俺の背中へと手を乗せた。
考える……ってなんだろうか。
どう、考えろというのだろうか。
道標もない状態で、むざむざと散っていった今の俺に。
「…………っ」
目から暖かい雫が、目元からこぼれ落ちた。
この世界に、絶望するように。
俺の中を表すように。
ぽた……ぽた……と地を濡らしていく。
遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえたのは、今から数分後の事だった。
そして、その間も――救出が来てからも。
俺は……ただただ泣き続けた。
まるで、親においていかれた幼子のように。
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