第35話 対象消滅魔法で土木作業

「ピートさん、こっちの木を引っこ抜いてもらえますか?」


「わかりました」


 俺は杖を取り出すと魔法を唱える。


「【デリートターゲット・アース】」


 大賢者のサークレットから得た遺失魔法で、指定した対象を消滅させることができる。


「んっ……」


 身体から魔力が抜けていく。消滅対象を土にして範囲を木から下の数平方メートルに絞っているのでそこまで消費が大きいわけではない。


 だが、現在俺が使っているのはバベルに入ってから買った安物の杖だ。

 破邪の杖と違い、魔力の消費低減がないかわりに制御も楽なので土木作業をするならこちらの方が最適だ。


「そろそろ倒れそうなので注意してくださーい」


 ドグさんに呼び掛けて彼が頷ずくのを確認すると魔法の範囲を調整して傾けてやる。

 次第に傾いていき、完全に支えを失った木は音を立てて地面に倒れた。


「いやぁ、外の世界から来た魔道士と聞いちゃいたが、外の世界では皆こんな便利な方法で開拓をしているんかい?」


「そうでもないですよ基本的に魔道士は引っ張りだこなので、大抵はパーティーを組んでダンジョンに入ったり危険なモンスターの討伐依頼を受けていたりします」


「ほぉ、ピートさんくらいの実力があるならどこでも引っ張りだこだったんでしょうなぁ」


「……ええ、まぁ」


 感心するドグさんに、俺はサラリと返事をした。


「それにしても、この領の人たちは笑顔で仕事をするんですね」


 俺が倒した木を男衆が解体して運んでいく。集まっている人数は数十人に及ぶのだが、魔法を使う俺と違って手作業になっているのだが辛くなさそうだ。


 食事の提供やら風呂やらとお世話になった俺たちは、翌日の朝食時に彼らの仕事の手伝いを申し出た。


 その流れで現在開拓している場所へと連れてこられたのだが……。


「ええ、私たちはこの仕事に誇りをもっておりますので。自分たちが育てた家畜の肉や乳がバベル中の人たちを笑顔にする。それを想像するだけで自然と笑いがこみあげてくるんですよ」


 虚勢を張っている様子はない。ドグさんの真っすぐな笑顔に心が穏やかになってくる。


「それに、普段何日もかかる作業をピートさんが引き受けてくれてますからね。これで文句を言ったら罰が当たりますよ」


 実に嬉しそうな顔をする。今しがた俺が使った木を倒した魔法だが、本来は超強力な攻撃魔法なのだ。


 対象が複雑なものになればなるほど消滅させるのに多くの魔力が必要になるが、対人戦で使えば当たれば対象を即死させられるだろう。

 俺はそんなことを考えながら、結局のところ魔法は現象を引き起こすだけで使い手の問題なのだと気付く。


 火は山や森を焼いたりするが、一方で暖を取ったりして身体を暖めることができる。

 水は洪水などで様々なものをなぎ倒したりするが、一方で身体を清めたり料理をするのにも使える。


 人々に喜んでもらえる魔法の使い方こそ魔道士は突き詰めるべきなのではないだろうか?


「ピートさん、どうかしましたかな?」


 考え込んでいるとドグさんが話し掛けてきた。


「いえ、なんでもありません。それより予定している範囲の木をどんどん抜いていきましょう」





「みなさーん、食事にしますよー」


 ネーナさんの大声で振り返るとそこにはバスケットや寸胴をもった女性が何十人といる。頭に白の布巾、身体にエプロンを身に着けているのだが、そこに馴染むようにシーラもいた。


 彼女の手にはバスケットがあり、俺に気付くと手を振ってみせた。


「えへへへ、お疲れ様ピート」


「外での冒険に比べるとそんなに疲れもしないけどな」


 シーラは駆け寄ってくると俺にバスケットを差し出した。


「これは?」


「私が作った料理なの。初めてだから上手くできているかわからないけど……」


 周囲では各々が地面に腰を下ろして食事を摂っている。

 俺が土木を手伝っているように、彼女はネーナさんと一緒に料理をしていたらしい。


 俺が腰を下ろすとシーラはどうするか戸惑っていた。借り物の服を汚したくないようだ。

 亜空間からシートを取り出してやると「ありがとう」と礼を言ってそこに座った。


 シーラが作ってきた弁当を食べる。いびつな形をしてはいるが味は良い。ネーナさんや他の女性に手伝ってもらいながら作ったのだろう。


 俺が「美味しいぞ」と答えると、シーラは安心したのか自分も料理に手を伸ばした。


「それにしても、凄いねこれ……。昨日と景観が全然違うよ」


 ドグさんに言われるままにやったのだが、相当な数の木を倒し、岩を掘り起こしたせいでところどころに穴が開いていた。


「魔法って便利だよね、私も使ってみたいなぁ」


 憧れているような声でシーラは呟いた。


「俺で良ければ教えるぞ?」


「本当にっ!?」


 シーラはがばっと顔を上げると俺を見つめてきた。


「ただし、俺は厳しいからな」


 俺が笑みを浮かべると、


「うっ、望むところよ!」


 シーラは腰を引かせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る