第32話 ギャンブル熱の冷めぬ夜
「お疲れ様、ピート」
勝負が終わりカジノから離れると俺たちはホテルへと逃げ込んだ。
それというのも、俺が有名ギャンブラーを破ったせいで盛り上がり、酒をたかりに来る奴やら夜の誘いをする女が押し寄せたからだ。
俺とシーラは何とか抜け出すと外部の人間が簡単に出入りできない金額の高いホテルに宿泊している。
「思ったより目立ってしまったけどな……」
オールインが破滅するルールだという罠のせいで俺があの男の有り金をすべて巻き上げたことが発覚してしまった。
それどころか、奴がマイナスまで落ちたと発言したせいで元々の資金が多いこともバレてしまったのだ。
「これで当分私たちは狙われないのよね?」
シーラが不安そうに見上げてくる。
べモンドの狙いはあの目をみれば明らかだった。あの男は何としてもシーラを手に入れようとしていたのだ。
力を持たない人間ができる抵抗はたかが知れている。無実の罪を訴えながらこのダンジョンに入れられた時に学んだ。
なので、どうしようもなくなる事態を避けるためすぐに力を手に入れる必要があった。
俺はシーラに「ギャンブルに嵌っている演技をしてくれ」と頼むと注目が彼女に向いている隙に資金を用意した。
ただし、本当に破産してしまってはまずいので、タイミングを見て抑えるように言い含めてだ。
結果、いつまでも資金を使い切らないシーラに焦ったのか、べモンドが刺客を送り込んできた。それがさきほど対戦した男だ。
あとはそいつを相手に俺の資金がそれなりにあることを示せばシーラへの抑止力となると考えたのだが、まさかあの資金力の差を相手に勝負を仕掛けてくるとは思わなかった。
色々と精神的に疲れてベッドに身体を投げ出すと、ふかふかとした感触が受け止めてくれる。流石は最高級スイートルームだけはある。
俺がベッドの魔力にとらわれているとシーラが横たわり目があった。
「そう言えば、結局どうして最後の勝負勝てたのかしら?」
間近で見ていてわからなかった様子で、シーラは疑問を浮かべた。
「それじゃあ、説明してやろうか」
思いの他上手くいったのが楽しかったので、俺が何をしていたのかシーラに説明することにした。
「まず今回やったカードゲームだけど、ルールは配られたカード二枚と場に出ている共通カード五枚を使って手役で勝負するというものだった」
「ええ、トラテムでも貴族の男たちが領地自慢話のついでにパーティーとかで楽しんでいたわね。ああいうのが強いとモテるみたいでこれみよがしにやっていたわ」
「とりあえず、俺はゲームしながら勝つも負けるもしない立ち回りをしていた」
「ええそうね、強い手役でもレイズ(上乗せ)しないし、相手の手役が強そうならフォールド(降り)するし、セオリー通りの動きをしていたわね」
実はこの時から仕込みをしていた。
「そうこうしている間にあの男が現れて、他のプレイヤーを潰して回っただろ?」
「そうね、相手を洞察してレイズ(上乗せ)を吹っ掛けたり、言葉を巧みに操って陥れていたわね」
そして俺が一人になったタイミングでギャラリーを動員して勝負を持ち掛けてきたのだ。
「二人きりになって最初に負けた時、俺が言った言葉覚えてるか?」
「確か『イカサマが発覚したら負け』だったわよね? どうしてあんな不利な発言したのか知りたかったのよね」
「もし、シーラが対戦相手だとしてそう言われたどう考える?」
「うーん……『お前のイカサマは見破っているぞ』とかかしら?」
「いい線だな、十万ベルという大金を賭けて負けた直後だからそう聞こえただろうな」
事実、男は俺の提案を了承した上で挑戦的な目で見てきた。
「その後、あいつはイカサマを開始したわけだけど……」
目を見ればわかる。あいつは「暴けるものなら暴いてみろ」と挑発してきた。
「でもその後もピートは普通に勝負してたわよね?」
「ああ、あいつは俺の癖を見抜いて自分が有利と思っていたようだけど、あえて癖をずっと見せ続けてただけだからな。要所で外してやればそうそう大きな金額は負けなかったし」
「結局時間だけが過ぎて行ってたけど、なんだったの?」
「あれは男の焦りを引き出す意味もあったけど、タイミングを待っていたんだよ」
「タイミングって、なんの?」
それはもちろん決まっている。
「俺の手に最強役が来るタイミングだよ」
さきほどまで寛いでいたシーラの目が大きく開く。
「ってことは! あの最強役を意図的に出したということ!?」
その問いに俺は頷く。
「勝負を仕掛けるなら一度で勝ち切った方が良いからな、その一回の仕込みにすべてを賭けていたんだ」
「えっ? どうやって? 相手の手役が強かったのも仕込み?」
「いや、それは完全な偶然だ。もっとも、そんな手が入ってしまったばかりにあの男は破産してしまったから幸運だったとはいいがたいけどな」
苦笑いが浮かぶ。適当な役が成立しているだけならあの男も最小限の被害で済んだはずなのだが、普通なら負けなしの役をあの場で作り上げたことで引くに引けなくなってしまった。
「そっ、それで!? どうやってあの役を揃えたの?」
興奮して食い気味に迫ってくるシーラ、俺は彼女の前に手をやると、
――パラパラパラ――
「これでわかっただろ?」
ベッドに落ちたカードを凝視して考え込むシーラ。
「も、もしかしてイカサマ!?」
その答えに俺は笑って見せた。
「そう、俺はテーブルに着いた最初からずっと仕込んでいた。最強役になるカードに魔力で目印をつけてアポーツで亜空間に収納して、場が整ったタイミングでアスポーツで呼び出した」
どちらの魔法も使えるのはテーブルについた最初のゲームで確認済み。バベル内でも遺失魔法らしくイカサマと見抜ける人間はいない。
「で、でもそれだと成立しないわ。だって、このゲームは手持ちの二枚と場に出ている五枚から役を作るのよ? そうそう都合よく残りの三枚が来るなんてわからないじゃない」
「だからひたすら待っていたんだよ」
シーラは驚いているようだが、五枚中三枚が最強役に絡むケースはあのゲームを一日中やっていれば数回は現れる。
俺が勝つために積み上げたロジックをすべて語り終えると……。
「か、格好いい……」
シーラは熱に浮かれたように潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「そうだ、今のうちに手に入れたお金を渡しておくか、これだけあれば何でも買えるし……、シーラは欲しい物とかないのか?」
「あるわ、それも今すぐに!」
「へぇ、だったら買ってくるといいよ。お金ならいくらでもあるわけだし」
身分証を取り出しシーラにお金を渡そうと顔を上げる。
「シ、シーラ?」
思っていたよりも身近に彼女の顔があり俺は困惑した。
そうこうしている間にも彼女の顔が迫ってくる。そして……。
「……んっ」
濡れた感触を唇に感じ、シーラが動くことで柔らかさが伝わる。
艶めかしい音がして、シーラの舌が俺の唇をくすぐるとようやくキスをされたのだと気付いた。
どれくらいの時間が経過したのだろうか?
彼女は俺から顔を離す。頬を紅潮させた綺麗な顔が目に映る。これまでも考えなかったわけではないが、こうしてみるとシーラの美しさに引き込まれそうになる。
誰もを魅了するその顔で、男の欲をかき乱すその瞳で彼女は告げた。
「私が欲しいのはピート、あなたよ」
彼女がそう言うと、俺の我慢は限界を超え、シーラをベッドへと押し倒した。
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