第31話 ギャンブラー(笑)ホイスラー

『それではカードを配ります』


 ディーラーから二枚のカードが俺とピートに配られる。

 場には共通カードが五枚置かれ、計七枚の中から五枚を選んで手役を作る。


 これまでと違うのは対戦相手が一人に絞られていること、それと賭ける上限がなくなっていることだ。


 手持ちのカードを少しだけめくり確認する。このカードゲームに関してはこの情報がすべてと言い切っても過言ではない。

 一対一の場合、カードの強さはさほど問題にならない。それより大事なのは相手を観察することだ。


 その場の一戦で勝負が決まることはなく、相手の思考を見切ることこそが勝負の肝になるのだ。


 今回、俺が成立している役は強さで言うなら上から四番目。一対一で戦う場合ほぼ負けなしの役ができている。


「ベット」


 とりあえず様子見で賭けてみる。


『『『『『おおおおっ!』』』』』


 ギャラリーから声が上がる。テーブルに表示された金額は『100000』だ。

 この時に得られる情報こそが貴重なのだ。俺はピートの観察を続ける。


「コール」


 右手の指に力が入りカードを確認したかと思うと金額を合わせてきた。

 ここから俺はレイズ(上乗せ)することも可能だが、勝負があっさりついてしまってもつまらない。俺はこのまま勝負することにする。


「ショーダウン」


 ピートは下から二番目の役を高い数字で成立させている。対する俺は上から四番目の強い役。当然俺が勝った。


「初戦からすまないな」


 ベルが移動して俺の残高が増える。ピートにとっては大金だろうが、俺にはたかが十万ベル程度はした金だ。

 今回、奴は俺の癖を知ろうとこちらを観察していたが、俺はテーブルに着いた時点でそれをやっている。


 奴は無難な役の時は一瞬指に力が入る癖がある。最初から勝つとわかっていたのだ。

 勝負が終わり、ディーラーが次のカードを配ろうとするのだがピートがその動きを止める。


「一つ提案があります」


「なんだ?」


「取り決めとしてイカサマが発覚したら負けというのはどうだろうか?」


「なに?」


 予想外な提案に俺は眉をひそめる。周囲の観客も動揺したのかお互いに顔を見合わせた。

 俺は奴の表情を観察する、強い意志を持って睨みつけてきている。


 今の一戦、まったくの偶然で強い役が入ってしまったが、こいつはどうやらイカサマを疑っているらしい。

 この条件を持ち出すことで俺のイカサマを封じる算段のようだ。


「いいだろう、その条件を呑もうじゃないか」


 この程度の雑魚相手にイカサマは必要ない。だが、ピートは今こう宣言した。


 『イカサマが発覚したら負け』


 つまり、発覚しなければイカサマをしてしまっても良いと認めたことになる。

 俺は遠慮なくイカサマをさせてもらうことにした。




 何度か勝負を重ねるうちに違和感に気付く。俺がしているイカサマはここぞというときにディーラーから強いカードを回してもらう方法だ。

 ディーラーの手元には俺に配る専用のカードが用意されている。基本的に公平な勝負をカジノ側はやっているが、このディーラーとこのテーブルだけは別だ。


 俺はいつでも最強カードを揃えて勝負することができるのだが…………。


「レイズ」


 今回も十万ベル上乗せして勝負を誘おうとするのだが……。


「フォールド」


 こちらが仕掛けたときに限って奴は勝負を降りてくる。その上でイカサマをしていな勝負ではきっちりと勝ちに来るのでこれだけゲームをやっても金はほとんど動いていなかった。


『なかなか拮抗した勝負だな』


『ああ、あいつ意外とやるじゃん』


 ギャラリーの声が聞こえる。その声に俺は苛立つ。

 イカサマをした上で互角なのは俺のプライドが許さない。


 既に一時間はゲームをしている。あまり時間が経過するとべモンドの旦那が痺れを切らす頃合いだ。

 彼に見限られると甘い汁を吸えなくなる。そんな焦り募ってきた。


 それから数度、ゲームを進め互角の進行をしていたのだが……。


「ベット」


「えっ?」


 表示されたのは『10000000』の数字。


『これまでで最大の勝負だ!』


 飽きた雰囲気が漂っていたギャラリーがこの燃料で再び燃え上がった。


「おまえ、貧乏じゃなかったのか……?」


 相手の懐事情についてはある程度聞いていたが、どうやらイレギュラーがあったようだ。


「ちょっとそこの交換所で補充をしたんでね」


 手持ちのアイテムを売ってお金を工面したということか。この隠し資金こそがこいつの自信だったのだと気付いた。

 癖を見ると奴には強い手が入っているようだ。


「まさかこの勝負降りませんよね?」


 周囲に聞こえるように挑発をする。ご丁寧に笑みを浮かべてあおりまでいれる徹底ぶりだ。

 恐らく上から三番目以上の強い役が成立しているに違いない。


「誰にものを言っている」


 期待はしていなかったせいで俺は今回イカサマをしていない。ピートもその緩み方から察して勝負を仕掛けてきたのだろう。だが……。


「レイズ(上乗せ)」


 表示された金額は『20000000』。


『凄い! こんな高レート滅多にないぞ!』


 ギャラリーの興奮がこちらまで伝わってくる。


 ピートが無理をして賭けているのは明らかだ。基本的にこのカードゲームは資金がある方が強い。カードがどれだけ強かろうとレイズ(上乗せ)してしまえば相手はついていけなくなるからだ。

 これならばショーダウンまで持って行くまでもない。これで降ろしてしまえば勝ちだ。


 俺は目を大きく見開きピートがフォールド(降参)するのを楽しみにしているのだが……。


「オールイン」


「なっ!?」


 次の瞬間、テーブルから金額表示が消える。


「あれ? 駄目でしたっけ?」


 数字が消えたことで首を傾げるピートだが、これはこのテーブル特有のルールのようなものだ。

 基本的にギャンブラーは自分の懐を探られたくない。大金を持っているプレイヤーはそれだけ勝負に強い。レイズを連発してしまえば金を持たない人間は降りるしかなくなるからだ。


 オールインは手持ちのすべてをさらけ出すため表示が出ないようにしてある。


「駄目ではないが、ここのテーブルのオールインは特別ルールでな。通常は金額が低いプレイヤーがオールインして勝った場合、もらえるのは上限までと決まっている。だがここでは違う。今俺がショーダウンして負ければ二千万ベル手に入れることができる」


 この言葉にピートは胡乱気な表情をする。今説明した話だとピートにとって得しかないからだ。


「でもそれだとベットで足りない金額はどう補うんですか?」


 ピートは疑問を浮かべると眉間に皺を寄せた。俺は遠慮なくピートを絶望へと叩き落す。


「足りない分はこのカジノが補う。つまり借金をするという形になるわけだな」


 相手を借金地獄に陥れるための特殊ルールという奴だ。

 今までこれでレートをつり上げてからのオールインを誘い、多くの人間を地獄に叩き落してきた。


「ちょ、ちょっと! そんなの聞いてないわよ!」


 血相を変えたシーラが抗議するのだが……。


「馬鹿がっ! 後悔してももう遅いっ!」


「そこまでするつもりはなかったんだけど……まあ仕方ないか」


 ピートが淡々と口にする。どうやら既に諦めたようだな。


「さあ、ショーダウンだ!」


 散々手間をかけさせられたせいでストレスが溜まっていた俺は、嬉々としてディーラーに決着を促す……だが。


『つ、つり合いが取れていませんのでアクションをどうぞ……』


「は?」


 顔が青ざめており声が震えている。俺はピートの元手が二千万ベルより多い可能性を失念していたことに気付き自分の手元の表示を見る。


 オールインした場合、対戦相手にだけはいくらベットしたか知らせる義務があるのでそこに表示されるのだ。


「なん……だ……と?」


 次の瞬間飛び込んできたのは俺の資産をはるかに超える金額だった。


「事前にルールを聞いてなかったけど、そちらがそう言うなら仕方ないですよね?」


 生唾をゴクリと飲みこむ音がする。理の外からぶん殴られたせいで思考が乱れる。まさか相手が自分よりも資産で上回るなんて想像もつかなかったからだ。


「まあそれでも、フォールドすればいいですよね? 二千万ベルなら安いもんでしょう?」


 確かに馬鹿けている。一度の勝負でこんな……この二層に豪邸を複数買える金額だ。

 奴は余裕の笑みを浮かべると俺に笑いかけてきた。勝負はもう終わりで自分の勝利で決着がつくと考えているのだろう。だが……。


「オールイン!」


 俺がイカサマをしていないと踏んで手役が弱いと思ったのだろう。だがそうはいかない。

 俺の手札の二枚は記号の中でも強いカード。さらに場に出ている五枚のうち三枚は同じ記号のカード。つまり同じ記号のカードが五枚というこのカードゲームで二番目に強い役だ。


「馬鹿めっ! 俺が引くかと思ったかっ! 勝負はカードを配られた段階で終わってるんだよ!」


 目の前には目もくらむような大金がある。それもこちらがイカサマをせず豪運で引き寄せたタイミングだ。これはもうピートの資産を奪えと神が言っているに違いない。


「ショーダウン」


 ピートの宣言とともに両者のカードが開かれる。


『『『『『『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』』』』』』』』』』


 カジノ中に響き渡るギャラリーの歓声。その栄光を浴びながら俺は自分の身分証に金が振り込まれる瞬間を待った。


「……は?」


 だが、予想とは裏腹に俺の身分証から金は抜かれていく。


「おいっ! 故障しているぞ! ふざけるなっ!」


 ディーラーへと文句を言うのだが……。


『故障じゃない! よく見てみろよ!』


 ギャラリーの声に苛立ちながら俺はオープンされたピートのカードを見た。


「ばばばばば、ばかなっ! 最強役だとっ!」


 そこには特殊な記号の並びが要求される最強カードが並んでいた。


「だからフォールドした方が良いって言ったのにな……」


 マイナスまで落ちていく数字を見ながら、俺は生涯かけても返済不可能な借金額に絶望するのだった。


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