第14話 訳ありメイド、ミラ

「ここが、あの悪名高い深淵ダンジョンの中か?」


 中に入ったブレッドはまず周囲を見渡した。

 洞窟内だというのに明るい。どうやら壁が光っているようだ。そのお蔭で松明や照明魔法を用意する必要がなかった。


 武器を使う立場からするといざというときに両手が使えるのはありがたい。松明を持たずに済むならばと今後の立ち回りについて考えていたブレッドだが……。


「おっと、そうだ。あいつらが入ってくる前に確認しておくか……」


 ブレッドは振り返ると自分が入ってきた入り口へと近づいた。





「どう、大丈夫だった?」


 数分が経ち、メリルとメリッサ……それにミラが現れた。


「ああ、とりあえず入り口にモンスターや凶悪な罠はなかったな」


 深淵ダンジョンがどんな場所なのか、確かな情報は何一つない。なぜかというと偵察で入った人間が誰一人戻ってこないからだ。


「そう、なら早速移動しよう」


 メリッサが前に立ち、ミラがその後ろに続いている。

 本人は特に抵抗するつもりがないのか、ここに入ってから大人しいものだ。


「まあまて、とりあえずここが安全なのは確認した。まずはお互いに自己紹介をしておこう」


 さきほどは役人が聞き耳を立てていたので話すことができなかった。先に進めば安全な場所があるかはわからない。今のうちにお互いのことを知っておくべきだろう。


「私をここに置いていくつもりではないのですか?」


 そんなブレッドの態度にミラは顔を上げると不思議そうな顔をした。


 ブレッドたちにしても、もし彼女が犯罪を犯している罪人なのなら割り切ってそうしたかもしれない。だが、ミラは明らかに何か訳ありだ。


 冤罪で投獄されたピートを助けに深淵ダンジョンまで入る人間だ。見捨てれば死ぬとわかっているのに置いていけるわけがなかった。


「俺たちは元Sランクパーティー『銀の翼』のメンバーだ。ルケニア王国からきた」


「私はメリル、あっちは姉のメリッサ。それでこの怖そうなおじさんがリーダー兼私たちの保護者のブレッドだよ」


「……おじさんは止めてくれ」


 メリルの紹介にげんなりして見せるブレッド。


 こういう時、歳が離れているブレッドや、口数の少ないメリッサは相手に話し掛けるのに適していない。


 メリルは持ち前の明るさで相手の懐に飛び込み仲良くなるので彼女の話を聞くのに適任だ。冗談を交えた発言で、その場の空気が緩んだ。


「お名前は聞いたことがあります、どうして隣国の冒険者がこちらに? ルケニアの冒険者ギルドがよく許されましたね?」


 てっきり殺されるかモンスターやトラップの囮にさせられると思っていたミラも、この三人が人道に反する人間ではないと気付く。


 そうであるならば、協力を求めることも可能かと思い会話をすることにした。


「ああ、ギルドに関しては喧嘩別れだな。今頃ギルドマスターは苦労しているかもしれないが当然の報いってやつだな」


 ブレッドの言葉にメリルとメリッサが頷いた。


「どうしてそのようなことに? Sランク冒険者ともなれば国からある程度の権限も与えられているはずです。わざわざこんな危険なダンジョンに入らなくても一生を楽しんで暮らしていけたのではないでしょうか?」


「それはね、私たちの大事な人が深淵ダンジョンに投獄されたからなんだよ」


 ミラの質問にメリルが答える。


「まさか……罪を犯して投獄されたのですか?」


「ピートはそんなことしない」


 短い言葉だが、感情を込めてメリッサが否定する。


「そう、ですか……。その方を信頼されているのですね」


「俺たちは不当に投獄されたピートを救うためにここにきた」


 深淵ダンジョンに入るのは伊達や酔狂ではできない。この三人をそうまでしてダンジョンに入らせた人物にミラは興味を持った。


「トラテムが高ランク冒険者をダンジョンに入れるというから不思議だったのですが、そういう事情だったのですね」


 基本的に攻略者を募っているトラテムだが、ある程度の実績を上げた冒険者などの挑戦は渋る傾向にある。


 これまで国に貢献してきた冒険者を失えば今まで割り振ってきた仕事が回らなくなるからだ。だが、他国からきた冒険者なら話は違う。

 放っておけばまた他の国に行く可能性もあるし、自国の仕事を依頼していたわけではないので失っても痛くない。


 そう言った事情から、手厚い支援をした上でダンジョンへと送り出す。仮に成功した場合、支援したのはトラテムなので実績を得ることができるからだ。


「それで、ミラはどうしてここに? さっきの役人の話だと国家に仇を成す犯罪をしたって?」


 メリルの言葉に、ミラは目を瞑るを首を横に振った。そして確かな意思を瞳に宿すと言った。


「あなた方がここで人を探すように、私も探している人がいます。不躾なお願いになりますが、御協力いただけないでしょうか?」


          ★




「ここが入り口で間違いないな?」


「うん、私の他に同じ目印をつけた人がいなければね」


 シーラから話を聞くこと五日。俺たちは深淵ダンジョンの洞窟の入り口へときていた。


「まだ、扉あいてるかなぁ?」


 入り口と言ってもルケニアではなくトラテム側の洞窟だ。


 なぜそんな場所に来たのかというと、シーラが脱出ルートの可能性を示したからだ。


「ごめんね、私がもっと早く思い出していればよかったんだけど……」


「いや、犯罪者を投獄せず攻略を狙っている国の話は俺も聞いていたからな。トラテムがそうだったとは知らなかったが、可能性を考慮していなかった俺のミスでもある」


 こんなことでシーラを責めるのはお門違いだ。お互いに周囲から裏切られ、無実の罪でここに放り込まれてしまったのだから。そこまで頭が回るはずがない。


 ギリギリのタイミングとはいえ、思い出してくれたのだから感謝することはあれど、批難するなんてありえない。


「これが……シーラが付けた目印?」


 どこかで見たことがあるような、頭に警鐘が鳴り響いている。

 恐らく俺はこの目印……いや、紋章をどこかで見たことがある。その上で危険と判断したのだろう。覚えていなくとも認識していたのか何やら不穏な気配を感じた。


「うん、これを刻むのは私くらいだろうし、行く先々で迷子にならないようにつけながら進んだの」


「さすがだな、ということは紋章を辿っていけば元の入り口までたどり着くことができるってわけだ」


 急いで入り口まで行きたいので、最短ルートがわかるのは助かる。

 現在、俺がダンジョンに入ってから十日、シーラが入ってからなら十二日が経過している。ダンジョンの構造が基本的に同じだとすると、踏破するまでに丸二日はかかる計算だ。


 例年であれば攻略募集をして、集まらなかった場合は二週間で締め切って犯罪者で残りの枠を埋めてしまうらしい。今から行けばギリギリ扉が開いている可能性がある。


「私頑張るから、気を使ってくれなくていいから」


 今にも扉が閉まってしまうことを危惧したのか、シーラからは焦りが見えた。


「安心しろ、何の酔狂で罪を犯してもいないのにこんなダンジョンに入るんだ。大丈夫だから危険を避けてゆっくり行こうぜ」


 よほどの事情でもない限り、扉が開いてしばらくしてから冒険者が志願することはないだろう。


 俺は、シーラを安心させるため肩に手を置くと余裕があるように笑みを浮かべて見せるのだった。

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