第3話 初遭遇の相手は魔法キラーのミスリルゴーレムでした

 暗闇の中、照明魔法を使わず慎重に歩く。


 【ナイトビジョン】という暗闇の中でも昼間とまったく変わらない魔法のお蔭で、視界を確保し動くことができた。


 この深淵ダンジョンだが、入ったばかりのころは壁が光っていて周囲を明るくしていたのだが、時間が経つにつれて徐々に暗くなり最終的には真っ暗になってしまった。


 その時一緒に行動をしていた犯罪者が慌てた様子だったので、俺は「多分外から太陽の光を投影しているのだろう」と言って落ち着かせた。


 事実、暗闇の時間は俺が記憶している限りこの時期の日没・日の出とほぼ一致している。


 それに照らし合わせると、現在は夜ということになる。


 ダンジョン内とはいえ昼夜がはっきりしているのはありがたい。

 進むべきか休むべきかの判断基準にもなるし、モンスターも暗がりの中では活動を控えるはず。


 つまり、今の俺のように安全に動き回ることも可能になるのだ。


 【ナイトビジョン】は明りを生み出す【ライト】の魔法と同じく消費魔力が少なく長時間継続できるので重宝するのだが、魔道士は夜中にわざわざ動き回らないし、見張りの際に使おうにも、周囲が明るくなりすぎるので眠りの妨げにもなる。


 そんなわけで、わざわざ覚えようとしない魔道士はわりと多かったりする。


 もっとも今回はそれが幸いした。俺を穴に落とした犯罪者の中には一見すると魔道士はいなかったはず。なので、こうして移動している限り奴らから不意打ちを食らう可能性は低いだろう。


「……それにしても」


 俺は見えすぎてしまう周囲を見渡す。これまでの道中、何度も分岐があった。


 通路は入り組んでいるというよりは整理されており、分岐のほとんどは三方向へとわかれている。


 どれだけ進んでも突き当りがないことから、恐らくどの道を選んでもまた合流できるようになっているのではないだろうか?


 区画を整理された街並みのような造りではないかと考える。


 途中、通路と通路の間の壁にはいくつか部屋があった。まるでそこで休憩して行けと言わんばかりに。事実、何者かが泊ったのか焚火や食事をした痕跡が残っていた。


 俺の目的はまず奪われた食料を奪い返すこと。いくら魔法が凄くても、装備が充実していても、食べる物がなければ生きていくことはできない。


 あの犯罪者たちに穴へと落とされてから丸一日、やつらは前へと進んでいることだろう。


 あいつらが許せないのは、他の人間に手を出そうとしていたことだ。恐らく俺と同じく嵌められてここに来た人間のフードを執拗にとるように言ったり、暴力で周りを従えようとしていた。


 力には力を、ということで魔法で黙らせ秩序を保とうとしたが、そのことで反感を買ったということだ。


 冤罪の人間も今頃酷い目にあっている可能性が高い。


 胸が痛む。


 俺と同じ境遇の人間とはできれば協力したかったが、今は自分が生き残ることを優先的に考えなければならない。


 このさい、獣系のモンスターでもいれば倒して食糧にしよう。そんな考えが良くなかったのか……。



 ――ゴゴゴゴ――


 目の前の壁が動いた。


「おいおい、さすが深淵ダンジョンだな……。まさか最初に遭遇するモンスターがコレとは……」


 壁に寄って擬態して誰かが通りかかったら反応するタイプなのだろう。


 そいつが動くたびに地面が揺れ、パラパラと小石が落下する。


 三メートル程の巨体は二本の足を開き、両手を前に構えている。完全に通路を塞ぎ進行を阻むつもりらしい。


 身体から土が剥がれていき、ミスリルの肌が露出する。二つの瞳が輝き俺を見据えるころには戦闘の準備を終えていた。


「……ランクBの超希少モンスター、ミスリルゴーレム」


 魔法に高い耐性を持つ――外の世界でも出会うことすら希少なミスリルゴーレムがダンジョンに入ってから戦う俺の初戦の相手となるのだった。









「【ファイアアロー】」


 破邪の杖を振るうと火炎が発生し、ミスリルゴーレムへと進む。


 ――ゴウンッ――


 『アロー』と呼ぶには似つかわしくない炎の塊が直撃し、衝撃が伝わり壁が焼けこげる。


「くっ!」


 熱が伝わってきて周囲の温度が急上昇する。

 ひとまず最初ということで、今まで通りの魔力を込めて使い慣れた魔法を使ってみたつもりだったが、これでは【ファイアアロー】ではなく【フレアキャノン】だ。


 魔力が十分の一で威力が十倍という、破邪の杖の性能の恐ろしさを味わった。


「だが、相性が悪い相手だ。これでどれだけのダメージを与えられたことか……」


 Aランク魔道士が高ランク魔法を連発してごり押しでミスリルゴーレムを単独討伐した噂を聞いたことがある。


 その時はマナポーションをがぶ飲みして五十近い魔法を使ってようやく核を破壊したとか。


 ゴーレムの核は胸の中心にある。


 普通のゴーレムなら物理破壊可能な魔法を当て続ければ問題ないが、今回のは魔法に耐性がある金属、ミスリルでできたゴーレムだ。


 高レアの武器を持つ一流の戦士ならば倒せるかもしれないが、魔法で戦うには難がある相手だ。


 最悪、効いていないようなら、もう一発魔法を当てて離脱した方がよい。そんなことを考えていると、煙がはれてミスリルゴーレムが姿を現した。


『ガガガガガガガ……』


 ミスリルゴーレムの腕が溶けて地面には腕の塊が転がっている。当たりどころさえ良ければ今の一発で倒せていたのではないだろうか?


 ギギギと身体を軋ませながらも、ミスリルゴーレムは前へ進もうとしてくる。


「魔法が通じるなら、いくらでもやりようがあるな」


 どうやら神器の力を甘く見ていたようだ。単純な魔法一発で高温の炉を使わなければ溶かせないミスリルをドロドロにできるのなら、目の前の相手は敵ではなくむしろ獲物でしかない。


「これだけの量のミスリルだ。外に出て売ったら大金になるよな」


 魔法のせいで温度が上がっている。大賢者のローブを着ている身体は問題ないが、むき出しの顔が熱い。


 この熱を何とかしながら攻撃する魔法を俺は唱えた。


「【ウインドスラッシャー】」


 風が起こり、真空の刃がミスリルゴーレムに襲い掛かる。


『ギ……ア……ア……』


  ミスリルゴーレムの身体が刻まれて崩れ落ちていく。籠っていた熱気は風により奥へと押しやられ、今までの暑さが嘘のように快適になった。


「あれが核か、最小限の威力で……【エナジーボルト】」


 魔力を従来の十分の一に絞り魔法をぶつける。魔力の塊を打ち出すエナジーボルトは露出した核を破壊した。


「ふぅ、これなら上のランクのモンスターが出ても何とかなりそうだ」


 ゴーレムを倒し、ミスリルを亜空間に収納した俺は一息吐くとその場で休憩をとるのだった。

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