こんな作品があってもいいかと、そう思った
平野 光星
つまり、創作というのは、自由なものなのだ。
「あの作者に関わると、ろくなことにならなさそうだ」
ウェブ小説界隈でそんな噂が広まるまでに、そう時間はかからなかった。
皆がそう言う理由はよくわかる。あの作者の作品のレビュー欄には、糖質患者が書きなぐったような意味不明な長文レビューが並んでいるし、あの作者の主催する自主企画に寄せられた作品も現代の奇書のような狂ったテキストばかりだ。あまりに人が集まらなくて主催者自身が自演しているんじゃないか?とすら思える。
それだけではない。あの作者と表向き交流のある全ての作者のレビュー欄には、やはり狂気に取り憑かれたような長文レビューが謎の捨て垢から大量に寄せられているのだ。自分と仲の良い作者の作品をランキングに押し上げるために、あの作者が大量の複垢を使って自演しているのだろうと言う人は多い。
そんな作者と関わっていると、自分まで不正作者の烙印を押されてしまう。だから、あいつには関わってはならないのだ。
■ ■ ■
そもそも、僕があの小説投稿サイトで小説を書き始めた理由は一つだ。自分の書いた文章を読んで欲しかったからだ。僕は昔から本を読むことが大好きだったけれど、それを誰かに伝えたり共有したりすることはなかなかできなかった。友達にも家族にも話せない趣味の話なんて恥ずかしくてできないと思っていた。でもインターネットの世界ではそれができることを知った時、すぐにその世界に飛び込んだんだ。
最初はただ読んでもらうだけで良かったんだけど、そのうちもっと多くの人に僕の好きな物語を知ってもらいたいと思うようになった。そして気がついた時には、自分で書くようになっていたというわけさ。
もちろん最初から上手くいったわけではないよ。初めて投稿した作品は誰にも読まれずに埋もれてしまったしね。それでもめげずに書き続けた結果、今じゃそれなりに評価されるようになってるってわけなんだ。……だけど、最近ちょっと困っていることがあるんだよねぇ。それは何かっていうと――
■ ■ ■
ある日のこと。いつものようにパソコンに向かって執筆作業をしていた時のこと。ふいに背後にあるドアが開く音がした。振り返るとそこには見慣れた顔があった。
彼女はこのアパートの大家さんの娘であり、僕の隣人でもある女の子である。名前は小鳥遊唯花。年齢は15歳。高校一年生にして既に完成された美貌を持つ美少女だが、残念ながら彼女について知っていることはそれぐらいしかない。
なぜならば、彼女と会話をしたことがないからだ!……うん、我ながら悲しい理由だと思うけど仕方ないよね。だって僕らは同じ部屋に住んでいるにも関わらず一言も言葉を交わさない間柄なのだから。……えっ? 同じ部屋にいるんなら普通に喋れるはずだろって? はぁーこれだから素人童貞は……。いいかい?いくら彼女が超絶可愛いとはいえ、相手は自分のことを異性として意識していない可能性が高い存在だよ? そんな相手にどんな話題を振ることができるっていうんだい!?……ああ、ちなみに僕は女性経験がないどころか恋人がいたこともない正真正銘のチェリーボーイです。はい。
とにかくそういう訳なので、僕は彼女の顔をまともに見たことすらないという有様なのです。……うぅむ、しかしこうして改めて見ると本当に綺麗な子だなぁ。肌とかすごくスベスベしてそう……おっといけない。これ以上見ていると変なこと考えてしまいそうだ。早く目を逸らさなければ。……と、その時。突然、視界の端にあったモニター画面いっぱいに大きな文字が表示された。
【あなたの作品が書籍化されることになりました】
一瞬何が起こったのか理解できずフリーズしてしまう。数秒後、ようやく脳が再起動を果たしてくれたようで、先ほど表示されていた大きな文字の羅列の意味を理解し始めることができた。…………。……。…………。………………はいぃ~ッ!!!? ちょ、待てよ!どういうことだこれは!?なんでいきなりこんなことに!?確かに僕は今までコツコツと地道に書き続けてきたけど、まさかたった数日でここまで評価が上がるとは思ってなかったぞ!! しかもよく見てみれば、この作品の総合評価ポイントが100万を超えているじゃないか!まだ投稿してから一日しか経っていないはずなのに、一体どうしてこうなったんだろう。
そこで僕はある可能性に行き着いた。もしや、あの作者がまた裏で暗躍しているのではないか? あの作者が自主企画で開催している小説賞に応募したら、なぜか大賞に選ばれていたというのは有名な話だ。きっと今回も同じ手口を使ったに違いない。……だとしたら、このまま黙っていてはまずいな。あの作者の狙いが何なのかわからない以上、下手に関わるべきではないだろう。ここは慎重に行動しなければ。
■ ■ ■
翌日、僕は早速あの作者に連絡を取ることにした。あの作者が自主企画で開催する小説賞への応募を取り下げてもらうためだ。あの作者が自主企画を開催する時は、決まって人気作がランキングを独占してしまうという現象が起こるのだが、今回はその法則が崩れるかもしれない。そうなれば、ランキングを独占されることもなくなるだろう。……よし、これでひとまず安心だ。
■ ■ ■
数日後、再びあの作者の自主企画が開催され、ランキングを独占するという事態が発生した。どうやらあの作品は自主企画開催期間中ずっと1位をキープしていたらしいが、今回の僕はそんなものに惑わされたりしない。事前に連絡を取っておいたおかげで、あの作者の企みを阻止することに成功したのだ!……だが、僕はまだ油断していなかった。あの作者が次に何をしてくるか分からないからだ。あの作家が自主企画で開催した小説賞の選考結果が発表された時、そこに書かれていた結果は驚くべきものだった。
【この作品は残念ながら受賞には至りませんでした。ご期待に添えず申し訳ありません】……おいちょっと待ってくれ。おかしいだろ。僕の作品だけが落選になっているなんて。僕の作品は間違いなく一次審査を通過したし、最終選考にも残ったはずだ。それなのになぜ僕の作品は選ばれていないんだ? 考えられる理由は一つしかない。僕の作品を落選したように見せかけるために、誰かが手を回したのだろう。つまり、何者かが意図的に不正を働いたというわけだ。そんなことをするのはあいつしかいない――あの作品の作者だ。
■ ■ ■
……以上が事の経緯である。いやー大変だったよ。色々と調べたり証拠を集めたりするのに苦労したしね。でもそれももう終わりさ。今度こそ完全に奴を捕まえることができたからな。えっ? どうやって捕まえたかって? それは企業秘密ということで勘弁してほしいかなぁ~☆……ま、どうしても知りたいっていうなら教えてあげなくもないけどぉ。聞きたいかい、僕の華麗な推理の数々を――
ピンポーン♪ 玄関チャイムの音に思考を中断される。誰だろうか。
インターホンのモニターを見ると、そこには見慣れた顔があった。小鳥遊唯花である。……えっ? なんで彼女がここにいるの!? いやまぁここが自分の家なんだからいてもおかしくはないんだけどさぁ……。
とにかく今は彼女を出迎えないと。僕は急いでドアの鍵を開けると、外へ飛び出していった。そして目の前にいる少女に声をかけようとする。
しかし、それより先に彼女が口を開いた。
彼女は開口一番、こう言ったのであった。【あなたはだあれ?」……えっ? なにこれどういうことなの!? いきなり何を言い出すんだよこの子は!……あっ、もしかしてドッキリとかそういうオチなんじゃ……ってカメラらしきものは見当たらないじゃないか!! じゃあ本当に彼女の中では僕は初対面の人物として認識されているのか。……うわぁ、マジでショックだなぁ。とりあえず彼女に自己紹介しないと。そう思った矢先のことだった。今度は彼女が口を開く。
【あたしはあなたのことが大好きです】……………………はいぃぃぃぃッ!!! ちょ、何言ってんのこいつ!? 急展開過ぎてついていけないんですけど!? い、いや落ち着け。これはきっと何か仕掛けがあるに違いない。だって僕は彼女の幼馴染みなんだぞ! こんなことを言うはずがないじゃないか!……そうだ! これは夢なのだ! だから早く目を覚まさなくては! よし、そうと決まれば頬をつねればいいんだ! 痛ッ!!……。
うん! これは現実ですね! というか普通に痛みを感じるということは、やっぱり今のは現実の出来事なのか! くそぅ、一体どういうことだ。どうしてこんなことになったんだ?……あ、もしかすると……。
僕はある可能性に行き着いた。
もしや、僕は記憶喪失になってしまったのではないか? 昨日の記憶が丸ごと抜け落ちていたりして……あり得る話だ。むしろそれ以外にこの状況を説明する方法が思いつかない。だとすれば、ここは病院に行くべきなのか? でもどこへ行けばいいんだ? そもそも自分の名前すら思い出せない状況でどうしろと言うのだ。
■ ■ ■
その後、僕は色々な場所を回ってみたのだが、結局何も分からなかった。唯一分かったことは、僕は自分に関する全ての情報を忘れてしまっているということだけだった。
僕は途方に暮れていた。これから一体何をしたら良いのだろう。……いっそのこと、このままどこか遠くに逃げ出してしまおうか。ただ一つわかることは、あの作者に関わってしまったために全ては起きたということだ。あいつさえいなければ僕の人生は順風満帆だったんだ。……あーあ、なんかムカついてきたなぁ。よし、決めた! あの作者を見つけ出し、復讐をしてやろう!……まず手始めに、僕が小説を書いていたことを覚えていないか聞いてみよう。もしかしたら、それで僕が小説家を目指していたことがわかるかもしれない。
■ ■ ■
翌日、僕は早速行動を開始した。
といっても、何をどうするかは全く決めていない。なので、とりあえず思いついたことを片っ端から試していくことにしたのだ。……だが、結果は散々なものに終わった。
僕の小説を読んでもらおうとしたのだが、僕の書いた作品はどれもこれも駄作ばかりで、とても人に読ませるようなものではなくなっていたからだ。僕が書いた作品というのは、おそらく僕が書いているのであろう日記帳の中に書かれていたものだろう。僕がそれを読めない以上、他人に読んでもらうこともできないわけである。……となると、やはり直接作者本人を探すしかないか。
■ ■ ■
それから数日後のこと。僕はついにあの作者の居場所を突き止めることに成功した。
奴は自宅から少し離れた所にあるアパートの一室に住んでいた。部屋番号は303号室で、表札にはしっかりと【小鳥遊唯花】と書かれている。
さて、どうやって奴に接触したものだろうか。いきなり訪ねていっても会ってもらえるかどうかわからない。それに僕のことを覚えているとも限らないしね。
とりあえず、僕は奴の住んでいる部屋の前に立ってみることにする。……ピンポーン♪ チャイムの音が鳴り響く。しばらく待ってみても出てこなかったので、もう一度チャイムを押してみた。
すると、中から足音のようなものが聞こえてくる。そして、ゆっくりと扉が開かれた。出てきたのはもちろんあの女である。彼女は僕の姿を見ると、驚いたように目を見開いた。
僕はそんな彼女に話しかけた。……こんにちは。突然で申し訳ないのですが、あなたは小鳥遊唯花さんですか?……彼女は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって答えてくれた。……はい、そうですけど。
ビンゴだ! これでようやくこの女の化けの皮を剥ぐことができるぞ!! 僕は心の中でガッツポーズをした。
さて、ここからが本番だ。僕は彼女の目を真っ直ぐに見つめながら言った。……実は、あなたにお願いがあってきたんです。どうか話を聞いていただけませんでしょうか?……えっと、何の話でしょう? 僕は彼女にこれまでの経緯を話して聞かせることにした。もちろん、記憶喪失になったことや自分が何者かも分からないことなどは全て伏せた上で話している。
彼女は終始、不思議そうな顔をしていたが、とりあえず最後まで話は聞いてくれたようだ。そして話が終わる頃にはすっかりと顔色が悪くなっていた。……つまり、私のせいであなたの人生はめちゃくちゃになったと言いたいんですか?……そういうことになりますかね?……ふざけんなよ!! そう言うなり、彼女は僕の胸ぐらを掴んできた。……お前は私の人生を滅茶苦茶にした責任を取ってくれるのか!? あぁッ!!?……僕は彼女のあまりの形相に思わず後ずさりをしてしまった。……い、いえ、それは……。……じゃあ、どうしてくれるんだよ! 私はもう二度と小説なんて書かないぞ! それが嫌なら今すぐ出ていけ!……僕は追い出されるようにしてその場を離れた。
■ ■ ■
……結局、僕は何がしたかったんだろう。
僕はふらつくような足取りのまま家路についていた。……僕は一体誰なんだろう。どうしてこんなことになったんだ? 僕が何をしたというのだ。……あー、ダメだ。頭が混乱してきたなぁ。
その時だった。ポケットの中に入っていたスマホが振動する感覚があったので確認してみたのだが、どうやらメールが届いたらしいことがわかった。差出人は……小鳥遊唯花となっている。……なんだこれ? 僕はその文面を見てみたのだが、そこにはこう書かれていた。
【あたしはあなたのことが大好きです】
はいぃぃッ!!!意味わかんねぇぇ!!!……僕は頭を掻きむしった。……これは一体どういうことなのだ。まさか本当に愛の告白なのか……? だとしたら、僕はどうすればいいんだ。……とりあえず、返事をしておいた方がいいのかな……? 僕は返信の内容を考え始めた。……うーん、そうだな。とりあえず当たり障りのない内容にしておけば大丈夫だろう。よし、送信完了っと。
すると、またもやスマホが震え出した。僕は慌てて画面を確認する。どうも今度は電話がかかってきているようだった。……はいもしもし。……もし~? そこにいるのはわかっているんですよぉ~? 早く出てきてくださぁい。……僕が恐る恐る声を出すと、相手は僕のことを見透かしたかのように言ってきた。……やっぱり、あんただよね? 私が送ったメッセージ見たんでしょ?……はい。……それで、どう思ったの?……正直言って、よくわかりませんでした。……そっか。まぁ、仕方ないと思うよ。だって、あれは本気じゃないからね。……はい? それってどういう意味です?……そのままの意味だよ。あの時、本当は別のこと言うつもりだったんだけど、なんか恥ずかしくてさ。だから、ついあんな感じになっちゃって。……えっと、あの時の言葉っていうのは?……忘れて! とにかく、今のは全部なかったことにしなさい。わかったね?……は、はぁ。
僕は呆気に取られていた。……つまり、あの時の言葉というのは冗談だったというわけか。……はっ、なるほどなぁ。……でも、あの時はちょっとドキッとしちゃいましたよ。……へ、変なこと言わなくていいから。ほら、用が済んだなら切るからね。……ちょ、待ってください! まだ聞きたいことがあるんですけど! 僕は必死になって引き止めた。……何? 手短にお願い。……あの、小鳥遊唯花さんは僕が書いた小説を読んでくれましたか?……読んだよ。……感想はどんなものでした?……ん? 別に普通だけど。……そうですか。ありがとうございました。では、失礼します。僕はそう言うなり通話を切った。全てはあいつのせいだ。あの作者さえいなければ……。
■ ■ ■
とどのつまり私は、あの作者に復讐する方法だけをずっと探し続けていただけかもしれない。
「……私も」
気づけば口が動いていた。
「私も、そうだったのかもしれませんね」
それはきっと、自分でも驚くほど穏やかな声音で。
「あなたは、本当に優しい人なんですね」
そんな言葉を口にしていた。
「え?」
彼はきょとんとした顔をする。
「いや、俺はただ自分のことしか考えてないよ? こんな俺を優しいなんて言うのは……」
「でも、私がこうやって悩んでいることを見抜いていたじゃないですか。そしてそれを解決するためにこうして一緒に考えてくれているんですから」
「……」
「それにさっきだって、私の悩みを聞いてくれましたよね?……その優しさがなければ、あんな風に誰かに相談したりなんかできませんでしたし……。だからやっぱりあなたのおかげなんですよ」
彼の顔を見つめながら微笑む。すると彼もまた照れくさそうな笑みを浮かべた。……ああ、この人はこういう表情をするんだ。今まで知らなかった一面を見た気がしてなんだか嬉しく思う。
「ありがとうございます」
もう一度頭を下げる。今度は心からの感謝を込めて。
「どういたしまして」
彼が笑いかけてくれる。この物語はこれで終わりだ。だが、復讐はこれからも続く。
《END...LESS》
こんな作品があってもいいかと、そう思った 平野 光星 @wisnvwieroww
★で称える
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