キスって、契約の代わりになりますか?

アールケイ

責任、取ってよね

 人は死ぬ。否が応でも死ぬ。どんなに長生きしようと、必ず死ぬ。常にそれは変わらず、生きている限りそれは必ず付きまとう。それが死。

 そして、生と死は常に隣り合って存在している。

 だからこそ、俺、大地碧だいちあおの両親は死んだ。

 俺一人を残して。俺一人を守って。


 ✻


 どっかで、冬休みゼロ日目という概念を見た。実に素晴らしい考え方だ。

 俺の目の前にいるうざったい幼馴染み、天榊あまのさきイカさえいなければ、完璧な冬休みと呼べるというのに……。いや、学校にいるんじゃだめか?


「ねぇあお、早く家に帰ろうよー」


「無理。もうすぐ、冬休みの宿題終わるんだよ。だから、先帰ってていいぞー」


「先に帰っていいってのも聞き捨てならないけど、冬休みの宿題終わったってまじ?」


「もうすぐ終わる、な」


「写さして♡?」


「やだ。てか、邪魔するなら帰れよ」


 まったく。なぜ、わざわざ話しかけてくるのか。俺は冬休みの宿題を終わらせるのに忙しいんだよ。お前に構ってる時間などない。


「それじゃ、適当に待ってるから早くしてね」


 ✻


「ねえ、今日ってなんの日か知ってる?」


「なんだ、急に」


 宿題も終え、家に帰ってきた。帰ってきたはずなのだが、なぜかイカもいる。わけがわからん。普通に家に帰れよ。


「で、なんでお前もいるんだよ」


「今日泊まるから?」


「はっ?」


「宿題写そうと思って」


 そう言うと、ノートとともににじり寄ってくるイカ。

 それならこれでもくらうがいい。

 俺は手刀を思いっきりイカにぶつけた。


「いたっ! もう、なにすんのよ! 痛いでしょ!」


「宿題は自分でやれ。ほら、帰った帰った」


「ねえ、本当に言ってるの? 今日、なんの日なのか知らない?」


「はっ? 冬休みゼロ日目って話か?」


「違うわ!」


「じゃあなんだよ」


「クリスマスイブ、でしょ? だって、12/24だよ?」


「ああ、クリスマス……」


 クリスマス、か。俺にとっちゃ、全くもっていい思い出がない。

 だって、両親が死んだのはその日だから。

 そして、俺がもらった最初で最後のクリスマスプレゼントは、自分の命と両親からのメッセージカード。

 たったそれだけが、俺にとっては宝物だった。


「違う。クリスマスイブ!」


「どっちも同じだろ」


「同じなわけないでしょ。全然違うから」


「それで、クリスマスがどうしたんだ?」


「クリスマスイブ……もう、いいや。それで、クリスマスプレゼント貰おうと思って。碧から」


「はっ? クリスマスプレゼント?」


 そんなもん用意してない。してるわけがない。

 俺のところにサンタが来たのはたった一度で、それ以来一度も来てないのだから。誰かにクリスマスプレゼントを用意するなんて、考えもしてない。


「クリスマスプレゼント、用意してないの?」


「してるわけねぇーだろ。そもそも、渡す予定すらなかったわけだからな」


「えー。それじゃ、宿題を写させてくれるだけでいいよ?」


「だから、自分でやれ」


 そうやって、少しでも楽しようとするな。それに、やってみたら意外とすぐ終わるもんだぞ。

 けど、クリスマスプレゼントか。もう、しばらくは気に留めてすらいなかったな。誰かにあげる予定もなく、誰かからも貰う予定なく。

 考えることすらしない。だから、クリスマスプレゼントなんてものも、クリスマスの存在も忘れていた。

 俺にとってのクリスマスは、平日となんにも変わらない、ただそれだけの日だったから。


「ねえ、碧。宿題写さしてくれたら、ご褒美になんでもしてあげるよ?」


 胸元を強調するように両腕で挟んだり、持ち上げてみたりしてる、そのたわわの実った柔らかな果実は、高校生という身分の俺には、あまりにも刺激が強すぎた。

 ぐぬぬ、だが、しかし、ここで俺が折れてはならぬ。ならぬのだ。

 そんなわけで、気合いという名の強がりで、なんとか堪え、耐える。

 そ、その程度で宿題を写させてもらえると思うなよ。


「とにかく、ダメなものはダメ。宿題はちゃんと、自分でやれ」


「はーい。それじゃ、碧は私の布団を用意しといて? 私は先にお風呂に入ってくるから」


「はっ? 風呂なんて沸かした覚え──」


「勝手にやっといた」


「おい」


「そんなわけだから、私はお風呂に入ってくるね。覗くなよ?」


「のぞかねぇーよ」


 まったく、覗きたくないというわけじゃないが、覗くわけないだろっての。大体、覗いたら社会的にアウトなんだよ。

 俺は、そんなことを一人思うが、イカはそんなことなど気にせず、楽しそうに風呂に入りにいった。

 けど、このときの俺は気づいていなかった。

 このあと起きる、最大の問題に。


 ✻


 布団も敷き、そろそろ夜ごはんでも作るかと思ってたとき、それは起きた。


「ねえ、碧。服持ってくるの忘れたから、なんか貸してくれない?」


 いや、マジかよ。

 そういうの、よくないだろ。てか、泊まるってなら、ちゃんとそういうの用意しとけよ。

 いや、なんとなく予感はしていた。だって、帰宅の際に、それらしき荷物なんて持っていなかった。

 それなのに、泊まるとか言い出した時点で、かなりおかしかった。おかしかったはずなのに、それよりもおかしな状況が、俺を狂わせてしまったのだ。

 こうなっては仕方ない。

 適当な服でも貸してるやるほかない。


「碧、まだ~?」


 脱衣所からは、そんな声が聞こえてくる。うるせぇ! 今探してんだよ! と、目の前にいれば殴りかかってるところだ。

 そんなこんなで、俺は適当に服を見繕い、脱衣所まで持っていく。


「ほら、これでいいか?」


「おう、どうもどうも。くんくん、なんかこれ、碧の匂いがするね」


「匂いを嗅ぐな!」


「はいはい」


 全く、なんなんだ。

 どう考えても、距離感バグってるだろ。一応、俺は異性だぞ。性欲の権化と言わんばかりの、高校生だぞ。

 もう少しその辺、理解して頂きたいものだ。


「俺は夜ごはんでも作るから」


「あっ、待って。ビーフカレーがいい」


「ねぇーよ! てか、急に他人家ひとんち泊まりに来ておいて図々しいな、おい」


「じゃ、ビーフハンバーグステーキで妥協する」


「ビーフカレーより高そうだな、おい!」


「冗談、なんでもいいです」


 なんなんだ、こいつは。もう少し、頭を使って考えられないのだろうか?

 そんなわけで、俺はハンバーグを作ることにするのだった。


 ✻


「あー、食べた食べた。ビーフじゃなかったのが残念だけど、まあ許す」


「なんでもいいって言ったろ」


「そんなこと言って、ハンバーグ作ってくれたじゃん。碧ってばや~さし~」


「うぜぇー」


 まったく。夜ごはんを食べて大満足らしいイカは、ご機嫌に俺にウザ絡みをしだす。

 なかなかに、胃もたれするようなメニューだぜ。

 それに、目の前にいるイカが着てる服が、いつもは俺が着てるものだと思うと、こう感じるものがあるよな。うん。


「俺は風呂入ってくるから、夜ごはんの後片付けをやっといてくれ」


「えっ? 私に家事スキルがあるとでも?」


「いや、お前女子だろ。列記とした女の子だろ。家事スキルは、男の俺よりもあるもんだろ」


「はっ? できませんが? てか、そういう偏見が問題を生む時代なわけだよ、現代は。〇〇ハラ、みたいな感じでさ」


「でも、家庭科で皿洗いとかは習うだろ?」


「私は食べる専門。なにもしてない。というより、なにもさせてくれない」


 なるほど、それはもう、諦めるしかないやつだ。

 そんなわけで、俺は夜ごはんの後片付けもやり、風呂に入ることにした。

 くっそ、なんて日だ!


「私の入った後のお湯だからって、飲んじゃダメだよ?」


「飲まえねぇーよ」


 そんなわけで、俺はいそいそと風呂に入るのだった。


 ✻


「それじゃ、電気消すからな」


 そう言って、俺は自室の電気を消す。

 そこには、本来いないはずのイカが布団で寝てる。

 別の部屋に布団を敷いたのだが、イカにキレられた。同じ部屋がいいというので、仕方なく持ってきたがわけはわからん。

 そんなわけで、俺は眠気に身を委ねようと目を閉じたとき、俺の布団にもぞもぞと誰かが、いや、イカが入ってくる。


「なんだよ。お前には自分の布団があるだろ。そっちで寝ろ」


「今日、なんの日か知ってるよね?」


「クリスマスだったか?」


「クリスマスイブ、ね。もうすぐ、日付変わるよね?」


「あ? たぶんな」


 こいつがなにをしようとしてるのか、全くわからない。とりあえず、なすがままにされておく。


「それじゃ、いい子にしてた碧くんに、私というサンタさんからプレゼント」


 そういうと、イカは俺の唇を奪った。まさに、日付が変わった0時ピッタリに。時計がそれを知らせていた。

 そして、たっぷり二分、ほんのり甘い濃厚なキスをした上で、


「これは、別にあおが好きってことの意味のキスじゃないから」


 そんなことを言う。それも、顔を真っ赤にして。

 俺もその言葉の意味がわからない。キスしておいて好きじゃない。これはいったいどういうことなのか。

 けど、そんな疑問は次のイカの一言で吹き飛んだ。


「これは、あおのお嫁さんにして貰うっていう契約のキスなんだから。責任、とってよね?」


 それだけ言うと、顔を真っ赤にしたまま自分の布団に戻って行った。

 俺はあまりのことに理解が追いついていなかったが、現状を理解して色々込み上げてくる。いっぺんに押し寄せてきた感情の荒波のせいか、その日は朝方まで寝ることができなかった。


 ✻


 次の日、俺が目を覚ますと、イカはすでに布団を片付けて朝食の準備をしていた。

 けど、出来栄えはお世辞にもいいとは言えないもので、味も微妙なものばかりだった。

 けど、焦げてるはずのオムレツだけはほんのり甘くて美味しかった。

 そして、昨日のキスのことを思いだしてしまった俺の頬は朱色に染まっていた。

 両親が死んでから初めてのクリスマスプレゼントは、俺にはもったいな過ぎたから。

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