今日は変人、明日好きになる

宇田川竜胆

前編:変人一号

 人間は一人では生きていくことができない生き物だ。しかし、独りで生きていくことは可能だ。だからだろう。一人ではないが独りでいる人間は、決して餓死することなく、至って健康に生活することができている。

 彼らの健康が犯されるとしたら、精神的に何かしらの問題が発生した時。そう、孤独に耐えられなくなった時だろう。そして、それはとても恐ろしいことだ。故に孤独は可能な限り回避しなければならない。回避しなければならないはずだが。

 「さて、どうしたもんかね?」

 俺はぽつりとつぶやいた。

 今は高校一年生の四月。入学式から一週間が経ち、友達もできて一番楽しいはずの時期だろう。

 しかし、不思議なことに俺には友達ができていない。

 辺りを見渡すが、クラスメイトは全員が誰かしらと会話をしていて、独りで席に座っているのは俺だけだ。

 今の時間は昼休みで、友好を深めるための時間のはずだ。

 おかしい。明らかにおかしい。ちょっと自己紹介で失敗をしたかもしれない。かもしれないが、一人くらい友達ができてもおかしくないはずだ。

 俺がこの状況を不思議に思ってキョロキョロとしていると、ふとクラスメイトの女子の一人と目が合った。すると、その女子は慌てて俺から目を逸らした。

 これは脈ありかもしれない。友人はできなかったけれど、恋人はできるかもしれない。脈あり子ちゃんと名付けよう。俺がそう思っていると、脈あり子ちゃんと数人の女子の会話が聞こえてきた。

 「うわぁ……あのヤバい人と目が合っちゃったよ……」

 「可哀想」

 「早く忘れないと『ゲロを吐きかけろ』って脅されるよ」

 「怖ーい」

 脈あり子ちゃん……いや、脈なし子ちゃんたちの会話を聞いていると俺の心が折れそうだったので、俺は耳を塞ぎ、寝たふりをすることにした。

 本当にやめて。気持ち悪いとか言わないで。自己紹介で『女子にゲロを吐きかけられたい願望があります』とか言ったけど、半分冗談だから。いや、半分だけなのかよ。

 俺が落ち込んでいると、ポンと肩を叩かれた。

 顔を上げると、初めて見る少女が立っていた。

 学校指定の制服こそ着ているが、他の女子よりも少し長めのスカートと制服の上から着ているパーカー。そして明らかに平均よりも整っている顔。極めつきは、創作物の中でしか見たことがない銀髪。

 彼女は明らかに他の女子とは違っていた。

 俺は彼女とは面識がない。それどころか、彼女のような変わった外見の人間を見たことすらない。だから、俺を訪ねてくるなんておかしい。何かの間違いのはずだ。

 そう考えて、俺は彼女に適当に話しかけることにした。

 「やあ、キャサリン久しぶり。そんなに俺が恋しかったのかね?」

 「ああ、何てこったジョニー。遂に脳みそがハニートーストからバターロールへと変わってしまったか」

 「……」

 彼女の返答は俺の予想外のものだった。俺が予想していたのは、彼女が人違いだと気付き、謝罪してくる。若しくは、俺を気味悪がり、俺の目を見ながら後ずさりして教室を出て行くと予想していた。俺は熊かよ。

 しかし、彼女は俺から逃げるどころか会話を始めようとしてきた。しかもノってきた。

 俺はどう反応すればいいかわからず黙り込んでしまった。すると、彼女はゆっくりと口を開いた。

 「おい、そこの何黙り込んでるんだよボーイ。お前だよ。私の名前は天海真水あまみまみずだ。放課後、風紀委員室にて待つ。じゃあね、子猫ちゃん。迷える子羊にならないようにお願いしますね」

 天海真水と名乗った少女は言いたいことを一方的に告げると、教室を出て行ってしまった。

 「一体何だったんだ? 俺よりも変人ってそういないぞ?」

 だいたい何だよ、何黙り込んでるんだよボーイって誰だよ。俺の名前に一文字もかすってないから。

 俺が呆気に取られていると、クラスメイトの会話が聞こえてきた。

 「あの人ってあれじゃない?」

 「あれって?」

 「知らない? この学校の有名人なんだけど、変人一号って言われてる人」

 「何それ?」

 「なんかね。あまりにも変人すぎて、まともに会話をできる人がいないみたい」

 「へぇ、そうなんだ」

 どうやら彼女は変人一号と呼ばれているらしい。

 入学してから一週間しか経っていない一年生でも存在を知っているということはよほどの有名人なんだろう。

 そんな有名人が俺にどんな用事があるのか。俺は純粋な疑問を抱いた。

 「うーん、でも放課後はすぐに家に帰って遊びたいしな……」

 彼女は『放課後に風紀委員室で待つ』と言った。これは呼び出しではなく、ただ俺に放課後にいる場所を伝えただけとも考えることができる。ということは、放課後に風紀委員室に行く義務どころか、約束も存在しないということだ。あるのは権利だけだ。

 風紀委員室に行かなくても、何もおかしくはない。おかしくはないが。

 「ちょっとあの人は面白そうだ」

 俺は彼女と話したいと思ってしまった。放課後に風紀委員室に行く権利を行使したいと思ってしまったのだ。

 「あの人、一人ごと言ってるよ? ゲロを吐きかけられる妄想でもしてるのかな?」

 「気持ちわるー」

 クラスメイトたちからは俺を罵倒する言葉が聞こえてきたが、昼休みの終わりを告げるチャイムがそれを掻き消した。

 まあ、放課後のことは放課後の自分に考えさせればいいだろう。

 ケセラセラ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る