第75話 好き

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  試合は苛烈を極めていた。

  試合会場はもはや原型を留めておらず、至るところで凍ったりクレーターが出来上がっていたりしていた。


「『アイスアーバ』」


  まるで植物が生えてくるかのように、氷が空をめざして地面から生成されていく。それを踏みつけ、僕は宙を駆ける。


「『アイスエッジ』」


  氷塊を飛ばし、それに遅れて僕も飛び込む。案の定氷塊は破壊され、辺りに結晶が飛び散った。


「『結晶』」


  僕とアロガンの体が、飛び散った結晶に触れた箇所から凍っていく。だが、今の僕は元から凍った身体。動き自体に支障はない。


「『アイスラッシュ』」

「ちっ!」


  僕の攻撃はアロガンの胸元まで届き、アロガンの脚は僕の腹部に届く。


「バースト」


  凍った箇所が小規模な爆発を起こし、アロガンはその衝撃で吹っ飛ばされ、僕もそれと同時に吹っ飛んだ。


「小賢しい真似を……!」

「……っ! 消えた!?」


  すぐに立ち直った彼は、体をゆらりと揺らしたかと思うと音もなく姿を消した。


「『アイスエッジ』」


  一際大きな氷塊を生成し、それをド派手に破壊する。辺り一面に破片が飛び散り、僕の周りには霧のようなものが出来上がっていた。


「『結晶』」


  辺りの破片を結晶化させ、索敵を試みる。すると、パキりと微かに音が聞こえた気がした。

  音のした方を振り向き、目を凝らす。ほんの少しではあるが、影が微かに揺らめていた。


「『アイスエッジ』」


  牽制とばかりに氷塊を飛ばすと、案の定それらは破壊される。


「……月狼と言やあ、ほんのちょっとした影にも同化して奇襲する種族。ま、暗殺を得意って方が通りがいいか」

「わざわざ説明して大丈夫なのかい?」

「問題ねえ。知っててどうにかなるもんじゃねえし、てめぇ程度のレベルじゃあ対応できないだろ」


  揺らりと揺らめきまたもや姿を消す。それとほぼ同時に、背後から音が聞こえてきた。反射的に振り返り、木刀を振るおうとするが足が動かず振り向いた体勢で動きを止める。


「『影縫い』。種族特有のスキルかなんかだ。動けねえだろ?」

「魔法を使えば問題はない。『アイスエッジ』」


  氷塊がアロガン目掛けて飛んでいく。しかし、アロガンは避けようとも受けようともせずただ佇んでいた。


「『影光反転』」


  氷塊はアロガンの体をすり抜けて、その奥の地面に音を立ててぶつかった。


「なっ……!?」

「これは影と自分の立ち位置を反転させるスキルだ。この状態だと物理、魔法の攻撃は実質無効化できる」

 

  そう言いながら、ゆっくりと着実に僕の下へ歩み寄ってくる。そして目の前で立ち止まると首を掴んできた。


「ぐっ……!」

「このスキルは他のものとは毛色が違う。超能力を使えるようにしてるわけでもねえ。ただ、使用者の体質をその種族のものに変化されている。てめぇらに分かりやすく言うと、転生みたいなもんだ」


  脳に酸素が回らなくなり、思考が纏まらない。


「そして、このスキルの力を引き出すには野生の本能を刺激……要は、生命の危機に瀕した時初めて本来の力が出せるようになる。そっからは、スキルの中にこびりついている意志を喰らえばいい」


  くる……し……い……。


「見せてみろよ、てめぇの力の本質を……!」


  アロガンは牙を向き出しにし、瞳孔が開く。なにか言い返してやりたいが、声すらも満足に発することが出来ない。



「――!」


  瞬間、全身の体温が奪われた。

  寒い寒い寒い寒い。環境が変わった訳でもない。ただ、全身が氷像のように冷たく感覚がない。

  これは寒いどういう寒いこと寒いなんだ。

  思考が乱れ、判断力が鈍ってきていることがわかる。けれど、首だけが暖かい。アロガンが触れている箇所だけは、とても暖かかった。


  寒い、暖まりたい、寒いのは嫌だ、暖かいのがいい、羨ましい、妬ましい、いいな、いいな……。


「サム……ィ……」


  ゆっくりと、感覚のない腕を無理やり伸ばす。アロガンはそれを見ても払おうとも、避けようともしない。徐々に手が近づいてきて、あとほんの少しで届くその瞬間。


「おいっ、何やってんだ御幸!!」


  声が、聞こえてきた。


「鳥井、気合いだ気合! 気合いがありゃあ、どうにかなる!!」


  無責任なアドバイスが、聞こえてきた。


「えー……と、が、頑張ってー……?」


  名も知らぬ少女が、戸惑いながらも応援してくれた。


「騎士様ー! 頑張ってくださーい!!」

「副団長、勝てますよあなたなら!!」


  観客が、騎士団の部下が、後輩が、僕へ応援をと声を張る。


「……」


  そこで、真人さんの隣に座る団長と目が合った。彼は声を出すでもなく、ただ目と口の動きで伝えてきた。「信じろ」――と。


「ふ……」


  笑みが、溢れる。

  冷たかった身体が、心の奥底から暖まってくる。


  そうだ。最初から、僕は一人じゃなかった。父も母も兄も、みんな僕を認めてくれていた。それをただ、僕が受け止められなかっただけなのだ。

  今なら、真っ直ぐに向き合える。認めてくれていると、信じられる。

  伸ばした手をぐっと握りしめ、勢いよくアロガンの頬を殴った。そして一瞬力が緩み、その隙に掴んできている手を振り払う。

  苦しくなんてない。寒くなんてない。冷たくなんてない。とても暖かい。


「僕は美しく、そして強い。だが、それは僕だけの成果では決してない」


  脳が働き思考が纏まる。ちょうどいい緊張感と集中力。

  そんな僕を見て、アロガンらとても楽しそうにそして獰猛に笑った。


「そうか。なら……『陽狼』」


  さっきまでと違い、細い狼の姿は毛深い大きな狼の姿へと変わる。ギラギラとした瞳をこちらに向け、もう一度ニヤリと笑みを浮かべる。


「かかって来いよ。そろそろ、終わりにしようぜえ」

「分かりました」


  互いに睨み合い、そして構えをとる。どのタイミングで動くのか、両者共に相手の動きに注視してジリジリと距離を詰める。


「『氷冠終雪』」


  先に動いたのは僕だった。

  僕が一歩動く度に、地面は氷の床へと姿を変える。


「『陽炎』」


  それに対して、アロガンは体から蒸気を発しながら突進してくる。

  そして、その二つは遂に衝突した。


  全てを凍らせる剣と、陽の光が凝縮された拳。その二つは、互いに互いを呑み込まんとせめぎ合う。

  会場にいる誰もが、瞬きを忘れて魅入っていた。一秒、十秒、数分、十分。どれだけの時間が経っただろうか。均衡は唐突に崩れ、試合は決着へと進む。


「はあ……はあ……」


  僕の木刀の切っ先が彼の胸元に届いており、アロガンは降参とばかりに両手をあげていた。

  魅入られた観客は、中々試合に決着が着いたことに気が付かない。それにいち早く気づいたのは、これまでの試合を実況し続けていた者だった。


「武闘祭! 今、決着が着きました!!」


  その声で、ようやく観客たちは我に返る。結果はわかっているものの、皆一様に実況の声に耳を澄ませる。

  実況は、一度大きく息を吸うと今までで一番大きな声で決勝の結果、すなわち優勝者の名前を告げた。


「今回の武闘祭の優勝は、『氷結の騎士』ミユキだー!!」


  その声を合図に、会場中がわっと湧く。しきりに手を叩くもの、満足げに頷くもの、悔しがるもの、興味を失ったかのように立ち去るものと反応は様々だった。

  僕は安堵か疲労か、ふらりと全身から力が抜けて倒れ込む。見上げる空は真っ青に澄んでいて、とても綺麗だった。

  視界にアロガンの姿が入る。


「やんじゃねえか、おい」

「僕は美しく強いですからね」

「そうだな」


  この試合で何度も言った言葉に、アロガンは初めて肯定の意を込めた言葉を返した。

  ほらと、ぶっきらぼうに手を差し伸べてくる。


「勝者が倒れ込んだままじゃあ、格好がつかねえだろ」


  小声で感謝を伝えながら、彼の手を取り立ち上がる。それを見てまたしても観客は盛り上がった。


「それじゃあ、儂はもう行くわ」

「どこにですか?」

「自分の領地に決まってんだろ」


  さっさと立ち去ろうとするアロガン。その背中に、僕は頭を下げ言葉を紡いだ。


「ありがとうございました」


  アロガンは決して振り返ろうとはしない。けれど、片手をあげて手を振りってきた。


「ありがとうございました。てめえの力の本質、見せてもらったぜ、御幸」


  そう言い残して、彼は試合会場から姿を消した。

 

  こうして、武闘祭は僕の優勝という形で幕を閉じたのだった。

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