第74話 『個』

 


「おいおいマジかよ」


  その光景を見て、思わず口から溢れ出た。


「おーおー、盛り上がってんねえ」


  空気をぶち壊すかのように、脳天気な声が耳に入る。はあ……と小さくため息を吐くと、気だるげに首を動かした。


「よう。負けたんだってな」

「そーそー、完膚なきまでにやられちまったわ」


  はっはっはと笑う真緒の横で、頭痛を抑えるように眉間に手をやるレイの姿があった。


「……何があったんだ?」


  レイは心底疲れきった表情をしており、ちろりと抗議の視線を真緒に向けてこちらに向き直った。


「この人、何故か私の後ろについてきてたんですよ……」

「は……?」


  意味がわからず聞き返す。いや、なんでまたそんなことを……。


「いやー、レイちゃんについて行けばいいんじゃねえかと思ってな! ずっとついてってたぜ!!」

「いや、お前試合何回目だよ。レイが案内してくれることなんてなかっただろうが」


  キリッとした表情で告白する真緒に、俺はげんなりとした態度でそう返す。


「……てへっ」

「てへっじゃねえよ。てへっじゃ」

「ま、いいじゃねえか。上手くいったんだろ?」

「さあ? それはまあ、まだ分からん」

「とは言っても、あの人なんか吹っ切れた感じ出してますけどねー」


  まあそんなもんだから、あとの問題は一緒に来てくれるかどうかだけではあるが。


「ってか、お前らはどっちが勝つと思う?」


  膝を着き、荒い息を繰り返し吐き出している御幸の姿を眺めながらそう尋ねると、真緒はじーっと目を凝らして考え込んだ。


「うーん……、このままいくと負けそうだけど、鳥井はまだスキル使ってねえだろ」


  顎を引いて同意を示す。今のところ彼はスキルを使っていない。あのスキルを使用すれば、今のアロガン相手なら互角以上に戦えるだろう。だが――


「無理だな。あいつじゃあ、あの獣には勝てない」


  俺が口を開くその前に、割って入ってくる声があった。なんだと思い振り向くと、そこには幸の薄そうなおっさんが座っていた。


「久しぶりだなあ。魔王軍やめたってのわあ本当だったか」


  その口ぶりから俺を知っているらしいが、俺には心当たりが一切ない。

  ってことは、真人を作るにあたって要らないとされた情報かナツミさんが知らない存在かだよな。


「おー、おっさんじゃん。元気にしてたか?」

「元気だ。相変わらず薄給でよく死にかけてるが、五体満足な以上元気だと言える」


  ……真緒も知ってるうえ、親しげな感じ。となると、魔王軍関係者か? いや、それなら俺が覚えていないはずがないし……。


「どうした。まさかオレのことを忘れたのか?」

「い、いえーす……」


  こくこくと頷いてみせると、それを見てピクリと眉が動いた。


「そうか。ならばもう一度だけ自己紹介をしてやろう。騎士団団長のハガレだ。覚えておけ」


  ちらりとこちらを見てそう言い切ると、さっさと試合の方へ目を向けた。


「……特に捕まえようとかしないんだな」

「今更貴様から得られる程度の情報なら既に知っている。それに今は非番だ」

「はあ……」


  それでいいのかと思いつつも、こちらに都合のいい展開ではあるので納得しておく。


「それで、勝てないってどういう意味なんですか?」


  レイが割って入ってきて、ハガレにそう問いかける。ハガレはクイッと顎をしゃくって、試合を指し示す。


「上には上がいることだ。見てればわかる」


  と、そう言った。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「これで終わりか?」


  ニヤニヤと、あくどい笑みを浮かべながらそう言ってくるのに対し、立ち上がることで答えを示す。

  どうせこのままやり合ったところで、負けるだろう。ならば――


「『氷鬼』」


  体温が奪われていく。手足の指先から全身にかけて体中が凍っていくかのような感覚。まるで、冷凍室に閉じ込められたかのような感覚だ。


「こおるこごえるひえてひやしてこおりに……」


  脳が麻痺して、全身が支配される。……ああ、本当に久しぶりだ。このスキルを使うのは。

  『氷鬼』とは、自身の体質を過去存在していたという氷鬼という種族と同一にするというもの。だが、このスキルには曖昧ながらも意志を持っており下手に使用すると乗っ取られてしまう。


「暴走なんて一番面白くねえ方法だな」


  アロガンは心底呆れきったかのようにそう吐き捨てる。

  ああ。本当にそうだ。暴走なんて、一番面白みに欠ける終わり方だ。そんな終わり方は僕が許さない。


「……そ……んなわけ……ない……だろう?」


  手足の感覚が戻る。特別な能力だとか、魔法だとかそんなものは必要ない。暴走を止めるのなんて、意志の力で十分だ。


「最初に言っただろう? 僕は強くて美しいと」


  髪を靡かせ、格好をつける。


「さあ、第2ラウンドの始まりだ」



  戦況は若干押しているといったところか。

  僕は動き回りながらそう判断する。ヒットアンドアウェイを繰り返し、少しずつ行動パターンを把握していく。


「ふははは! どうしたんだい? 貴方の力はこの程度なのかな!!」


  高笑いをしながらも、正確にフェイントを織りまぜながら攻撃を繰り出し続ける。攻撃を捌かれてはいるが、少しは押している実感はある。

 

「……っ」


  大きく横に振る拳が脇腹にモロにくらう。ガラスが割れるような音とともに、僕の体が砕け散る。


「『氷剣』」


  破片から剣が生成され、アロガンの体を貫かんと飛んでいく。しかしそれは難なく躱されるも、それに追撃として生成した剣を投げつけた。


「ちぃっ!」


  舌打ち混じりに荒々しく腕を振るい、氷の剣を粉々砕け散る。しかし砕け散った破片がアロガンの腕に突き刺さり、そこから少量の血が流れ出ていた。


「あーもう、仕方ねえ」


  忌々しげにそう呟くと、アロガンはすぅっと空気を肺に溜め込んだ。そしてそれをゆっくり吐き出すと、アロガンの体は徐々に変わりだした。

  アロガンの皮膚から柔らかそうな毛が生えてくる。そして最後には、黒い毛並みの二足歩行の狼へと変化した。


「月狼。てめぇの氷鬼と同じ時代に存在した化け物だ」


  ゴウっと風を斬る音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には地面へと叩きつけられていた。


「……!」

「さっさとやられてくれりゃあ、このスキルは使わなくて済んだんだがな」


  忌々しげにそう言いながら、ぐりぐりと執拗に地面へと押し付けてくる。

  ……ああ、本当に強い。パワーアップをして、ようやく互角までもっていけたのに、相手までパワーアップしたんじゃあ意味が無い。無理だと、そう思い諦めるのが普通なのだろう。だが――


「『氷剣』」

「その程度の攻撃じゃあ、もう儂には効かねえぞ」

「『氷化』」

「……っ!?」


  僕は他の誰でもない鳥井 御幸である。

  普通だとか、そんな枠に当てはまるつもりなど毛頭になく、溢れださないわけもない。


「凍っていく……!」

「ふふふ……はーはっはっは!」


  動揺で一瞬力が弱まった隙に、無理やり押し返した。アロガンはたたらを踏んで数歩後ろに下がるのに対し、僕は立ち上がり一歩前に踏み出した。

 

  ……数時間前の僕ならば、諦め地に膝をついていただろう。


「……何笑ってやがる」


  不可解なものを見るかのような目も、今やただただ気分を良くするものでしかない。


「やはり僕は、思った以上に僕のことが好きなようだ」


  全能感が全身を満たし、根拠のない自信が湧いてくる。久しぶりの感覚、久しぶりの感触。変わって以来、ここまで気分が良いのは初めてだ。


  空気を読み、周りに合わせ同調すること。これも確かに必要なのだろう。けれど、それでも「個」がなければ真の力は発揮されない。

  「個」。すなわち、一人で戦い抜く力と覚悟、それから自信。


「さあ、勝負といこうか!!」


  めちゃくちゃ簡単に言うと、そう。

  自分を肯定できる今の僕は最強ということだ。

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