第52話 目指す標

 

「『螺旋』っ!」


  空気を掴んで体を捻る。

  それに合わせて亡霊の体は宙を舞い、地面へと激突す――


「――よっと」


  その瞬間、体を捩って何かを振り払うような仕草をする。そして、床に手をつき華麗に着地した。


「まだまだね。技のゴリ押し、もう少し工夫とかないわけ?」


  ふっとバカにしたような笑みを浮かべてくる亡霊。だが、言っていることは正しい。そう思ってしまうがために、言い返せない。


「まず、そのスキルは前提として魔力が漂っている場所を把握しておく必要がある。だけど、魔力の流れを見れないんでしょ? あんた」

「……」


  そう指摘されると、どう返したものかと視線を逸らしてしまう。それを見て、亡霊は深いため息を吐いた。


「あのね、確かに魔力は目に見えないし臭いもしない。でも、肌で感じることが出来る」


  わかっている。だから、何となく察せるレベルまでに到達したがそれでは足りないらしい。


「そして、あんたの技の魔力にはムラがある。魔力をどう使うかのスキルだってのに、その魔力の使い方が全然なってないんじゃ意味ないじゃない」

「お前、さっきから正論ばっか言いやがって……」

「そこを責められても困るんだけど」


  呆れたような顔をして頬をかく亡霊。


「そのスキルの主な使い方は補強。全身に纏って防御力をあげるのもいいけど、攻撃に使うなら一点に集中させなきゃ」


  真緒と似たようなことを言う彼女に、俺は顔を歪めながら渋々頷きを返す。


「つーか、なんで敵を相手に助言してんだよ」

「……喋りすぎたわね。再開しましょうか」


  指摘すると、それもそうねと攻撃態勢に入った。

  そして、こちらに助走をつけて殴りかかってくる。


「『螺旋』!」


  空気を掴み、投げ飛ばす。だが、亡霊はすぐに体を捻って魔力の流れから抜け出した。


「ワンパターンだって……!」


  そして、地面に着地したと同時に床を蹴り、こちらに肉薄してくる。


「いってんの!!」

「ぐっ……!」


  繰り出された鋭い蹴りを、顔を庇うようにあげた右腕でガードする。


「『補強』!」


  両腕に魔力を纏わりつかせ、今度はこっちから亡霊の方へと近づいていく。

  『纏うだけじゃ強度が上がっても、威力は上がらない。だから、纏った分を放出……押し出すんだよ』十号とやらと戦っていた時、真緒がそんな助言をしてくれていたことを思い出す。

  押し出すって、どうやって……。と思いながらも、何となく纏っている魔力を膨らませるような感覚を意識しつつ、拳を振るう。


「ん……っ!」


  だが、その拳は上手いこと流され、逆に腕と肩を持たれて投げ飛ばされてしまった。


「チィ……!」


  衝撃が緩和されるよう受け身をとりながら、地面に叩きつけられる。受身はとっても完全には衝撃を殺しきれなかったので、一瞬だけ息が詰まる。

  ただ、いつまでも寝ているわけにもいかないため、すぐに体を起こして亡霊と距離をとった。


「スキル無しでこの強さかよ……!」

「ちゃんと、成り代わっている意味を示せたら、通してあげるわよ」

「そりゃ無理な相談だ」


  デマカセなら、いくらでも出てくる。だが、彼女はそれを許さないだろう。もちろん、俺自身も。けれど、そんな簡単に出てくるものでは無いのだ、目標なんて。たくさんの経験から、人との出会いから、悩みから、憧れから、嫉妬から、目標ができる。何も無い俺に、目標なんてなかった。


「実際、俺が俺自身である必要なんてどこにもねぇんだよ……!」


  咆える。

  そして、『補強』を使って魔力を纏い、やぶれかぶれに突撃する。策なんてものは一切ない、ただの突撃だ。


「真人っつう舞台装置がある以上、今の真人が俺じゃなく、他の誰かだとしても結果は変わんねぇ!!」


  自覚していた。

  どれだけ、それらしく振舞っても。気づいていないふりをしたとしても。俺には存在しない記憶や、俺を通して本物の真人を見ているその目から、俺は、真人の偽物でしかないと分かっていた。


「だからずっと、俺は真人であり続けた! それなのに今更自分の目標だの言われてもわかんねぇよ!!」


  拳を振るう。しかし、直線的なその攻撃は、いとも簡単に躱され投げ飛ばされる。またもや地面に叩きつけられた俺はすぐに起き上がり突撃する。


「また考えなしに……!」

「生まれた時から俺は真人でしかなくて、自我なんてもんは一切ない! だが、偽物だろうが他人のもんだろうが、欠けてるもんだろうが、この記憶は俺のもんだ!」


  目標は、たくさんの経験から、人との出会いから、悩みから、憧れから、嫉妬から、目標ができる。だが、目標は偽りの経験や人間関係、感情から決めてはいけないものなのだろうか。――否。

  ずっと目を逸らしてきた偽りの記憶に目を向けて、考えなければならない。今の俺を構成するものは何なのかを。


「だから、そっから俺の目標は決めた」


  人はそう簡単には変わらない。だから、この気持ちはきっとあの話を聞いてから心のどこかで燻り続けていたのだ。何も無い、佐藤 真人の目標。


  それは――復讐。


  前魔王を殺した、現魔王への復讐。

  この目標は、間違いだと、正しくないと指摘する者もいるだろう。それを邪魔してくる者もいるだろう。

  そして、きっと今の俺では手も足も出ないほどに力の差は大きい。けれど、それなら――。


「何度でもぶつかってやる……!」


  何も持っていない、空っぽの俺自身の目標は、決して褒められるものでは無い。でも、この激情はどうやったって抑えられそうもない。

  本物の真人なら、こうやって感情に囚われて危険な真似をすることはないだろうに。そう思ってしまって、苦笑いを浮かべた。


「成り代わる意味なんてわかんねぇ。だが、俺が目指す標は見つかった」


  それが、本物の真人の望む道ではないとしても。これは、今の真人である俺の問題だ。

  ずっと真人として生きてきて、自分らしさも分からない。だから、しばらくは真人らしさを意識するだろうし、一生真人らしさが抜けることは無い。けれども、目標を決めた今、真人らしくあろうとするのはやめた。

  例え、真人の代わりだとしても。他の誰でも代用できる代物だったとしても。この思いは、憎悪は、俺の俺だけのものだから。


「これが佐藤 真人の答えだーっ!」


  激情に任せて振るった拳は、爆発的に速度が上昇して、初めて亡霊の頬へと届いた。


  ☆ ☆ ☆


「まあ……いいんじゃないの」


  殴られた衝撃で床へ大の字に寝転がった亡霊は、俺の話を聞いてうんと一つ頷いた。


「漠然としてるし、曖昧だけどね」


  一々難癖つけなきゃ気がすまんのか、こいつは……! もう一回殴ってやろうかと企んでいると、彼女はふっとこちらに微笑みかけてきた。


「ま、せいぜい頑張りなさい。今はまだ、目標が決まっただけでしょう」

「そうだな……」


  まったくもってその通り。復讐をするのなら、戦力は必要だ。元幹部を集めて再結成でもするか。


「ああ、そうそう。もう一つ、目標というかなりたいものが出来た」

「……」


 視線だけで、先を続けろと指示を出してくる。俺はそれに、渋々従い口を開いた。


「――――」


  そして、それを聞いた彼女は……。


「あーはっははは!!」


  爆笑した。

  何がおかしいのか目尻に涙を浮かべながら笑い続ける亡霊。俺はそんな彼女に、抗議するような視線を向けた。


「なんだよ」

「いいや、なんでもないわ。確かに、それは貴方自身の答えなんだから文句はないわ」


  深く記憶に刻み込まれた声で、表情でそう言われると、腹の底から湧き上がってくるような不快感に襲われた。


「やっぱり、お前のこと嫌いだわ」


  本当に気持ちが悪い。

  ただ、今は最初の時とは違う不可解な気持ち悪さではなく、はっきりと名称がついているやつだ。

  その単語を思い浮かべ、苦い顔をしていると、何が面白いのかクスクス笑いながら彼女はそっと口を開いた。


「それって……同族嫌悪かしら?」


  俺は、その問いかけに答えることはなかった。

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