第8話元戦闘員と怪しい男


目の前にはレイと、眼鏡をかけた太った男がいた。

へたりと座り込む少女と、その前には怪しい男。

俺は荒々しく息を吐き出して、なんとか頭を冷静に働かせるように切り替える。


「むほんむほん……。なんだ、貴様は!」


男は、俺をビシッと指さして何やら喚いている。

……なんか見覚えあるな、こいつ。


「鬼の面をつけて、ヒーロー気取りか」

「いや、そんなんじゃねぇけど……。なあレイ、こいつ何……?」


レイにそう聞くと、何故か男の方がばっと大袈裟に手を広げ、高らかにぺらぺらと話し始めた。


「フハハハハ! 命が惜しくば荷物を置いてけ! さすれば見逃してやろうではないか!!」


なるほどなるほど……。つまり盗賊ってことか。もしかして、最近この辺に出没している盗賊ってこいつか……。


「……逃げよう」

「なんでだよ、ここで盗賊捕まえたら礼金がっぽりでウハウハだろ」

「ええ……」


おいやめろ、その生ゴミを見るような目は。


「ふっ、何を喋っている。さっさと荷物を置いて逃げるがよい!」


額に手を当て格好よくポーズをとる男。


「へっ、おいおい何言ってんだ。お前捕まえたら俺は礼金貰えてウハウハなんだよ!」

「うわ……ほんとに言った……」


おいこらそこ……。それと、なんで盗賊のお前まで、うわぁみたいな顔してんだよ。


「そ、そんなこと言うとあれだぞ? 痛い目をみるぞ?」

「なんで弱気になるんだよ……」


呆れてため息を吐き出しながら、男へ徐々に近づいていく。


「な、なぜ近づくのだ!? ちょ、ちょっと、ちょっと待って!!」


制止してくる男を無視して、近づいていく。


「くっ……仕方がない」


キラリと、一瞬妖しく眼鏡が光った。


「《重力加速》」


バラバラの大きさの石を宙に放り投げる。

石は宙を弧を描くように飛び、俺の頭上でピタリと止まる。そして、一気に落下してきた。


「これが我の必殺! ヘビーメテオ! フハハハハっ!」


高らかに笑う姿にイラッとくるが、それを表情に出さないように気をつけて、足を前に進める。


――知っている。


彼が、俺に、レイに危害を加える気がないことを。

俺の真横に次々と落ちていく石。およそ石が落ちただけとは思えないほどに鈍い音が聞こえるが、そちらに一切目もくれず、ただ足を進める。


そんな俺の姿を見て、たじろぐ男。

手の届く範囲まで近づくと、男の頭をガシッと掴み、鬼の面を自分の頭から外す。


「久しぶりだな、八代」

「ほぇ……?」


惚けたおかしな顔を浮かべる男――八代の頭をギリギリと強く握る。


「痛い痛い痛いっ! ちょっ、えっ、め、盟友!?」


懐かしいな、その呼び方。

と、考えながらさらに手に力を込める。


「ちょっ、ほんとに痛いから。すみません、ちょっ、ほんとに悪かったから、許してくださいお願いします!」

「あっ……」


いけないいけない。忘れてた。

涙目になりながら、頭をさする八代こと、山田 八代。


「うぅ……久しぶりの再会なのに……」

「いや、それ言ったら盗賊なんかになってた同僚を見た俺はどういう反応すればいいんだ?」


ボサボサになった茶髪を直しながら、ぶつくさ文句を言う八代に俺は反論する。すると、うぐっと唸ってすぐさま黙り込んだ。


「……まあ、その……なんというか。お、俺にも色々あったんだよ!」

「いや知らんし。あと、一人称。キャラ戻ってる」


相変わらずのメンタルの弱さに、呆れてため息が漏れ出てくる。


「ってか、なんでまた盗賊なんかしてんだ。こんな非効率的な……」

「ええ……それ、君が言うんだ……」


はいそこ、静かにしようね。

何か言いたげなレイを無視して、むぅと唸っている八代の方へと目を向ける。


「んで、なんで盗賊なんかになったんだよ。お前、元魔王軍幹部だろ。魔族の国で何かしら職に就くなりすりゃいいじゃねぇか」


何気なくそんなことを言うと、は? と、小さな声が横から聞こえた。


「え、なに、どしたの?」


気にかかり、問いかけてみると、レイは苦笑しながら尋ねてきた。


「この人、元魔王軍なの? 人間にしか見えないんだけど……」

「……? そうだぞ、こいつは人間で、魔王軍元幹部だ。ちなみに名前は山田 八代。多分、名前で呼ばれると反応が鬱陶しくなるから、適当に山田さんとでも呼んでやってくれ」


そんなことを言いながら、考え込む。

はて、何かおかしなことでも言っただろうか。

思い返してみるが、おかしな所は見当たらない。うーむ、謎だ……。と、首を捻っていると、ぶんぶんとレイが勢いよく首を横に振っていた。


「いやいやいや、なんで人間が魔王軍の幹部やってるのか全っぜんわかんないんですけど」

「そんなにおかしなことか? 元魔王軍の幹部の大半っつーか、俺以外全員人間だったぞ。なんなら前魔王も人間だったし」


確か人間じゃなかったのは俺だけだった気がする。


「うん……、なるほど。理解できないことを理解したよ」

「はあ……、そうか」


何言ってるのかよく分からんが、納得したのなら良かった。


「あっ、てか、これ先に渡しとくんだった」

「えーと、なんですかね、これ」


不意に思い出し、レイに懐から取り出したあるものを投げ渡す。それを、危なげなく受け取ると、レイはしげしげとそれを眺めた。


「方位磁針だ」

「ふむぅ。何故ゆえこのタイミングで方位磁針を……?」


むむむっと唸る八代。

いやおい、なんでお前が戸惑ってんだよ。

俺は、懐からもうひとつ方位磁針を取り出す。渡した方は針の部分が赤色だったが、こちらは青色だ。


「この二つは、それぞれの針がもう一方の方位磁針の方をさすようになってるんだ」

「それ、方位磁針って言うんですか……」


もっともな意見だが、いかんせん名前が思いつかなかったのだ。仕方ない、そう、仕方がないのだ。


「……なあ盟友、それ、互いの命の危機に差し迫ったら、燃えたりするのか?」

「は? なんで燃えるんだよ、怖ぇよ」


何やら真剣な顔で考え込みながら、そんなおかしなことを言いだす八代。


「いや、ないのならいいんだが」

「はあ……」


何が言いたかったのか理解出来ず、首を捻る。


「あー、で、それ持っとったら、またはぐれた時もすぐ見つけられるだろ?」


言うと、「あー、そういう……」と何やら納得したかのように何度も頷いていた。

と、レイへの用事はこの辺にして、そろそろ本筋に戻らないと……。


「で、なんで盗賊になったんだ?」


話を本筋に戻して、再度問いかける。

八代は突然水を向けられ、一瞬フリーズしかけたが、すぐに復活した。


「いや、その、な? そのー……我も、就活に励みはしたんだがー、その、我、コミュ力があれだろ? その、人よりは少しだけ劣ってると言うか――」

「おう、少しっていうかかなりな」

「ブホォ、辛辣ゥ……。ま、まあいい。そ、そのおかげで、魔族の国も人間の国でも、ほぼ全ての就活に失敗したわけだ……」


ずーんと落ち込んで、心做しか八代の体が小さく見える。見えるだけで、実際にはかなり大きいが。


「だからって盗賊ってお前……。というか、女子供を攫うなんてお前らしくない」

「……は?」


何言ってるのか分からない。とばかりに首を捻る八代。

こいつ……、今さら言い逃れようとしてんのか……?


「おいおい、しらばっくれんなよ。近くの街の衛兵の人が言ってたぞ。最近盗賊が女子供を攫ってるって、なあ?」

「確かに言ってたねー。でもさ、サトウさん、私的にはこの人じゃないと思うんですけど」


同意を得るために尋ねてみると、レイが否やの声をあげた。


「……なんでだ?」

「この人、私を追いかける時、全然慣れてなかったからさ。……まあ、単純に動きは良かったんだけど」


そう言われてみれば、八代が盗賊というのは違和感がある。こいつは、奥手中の奥手、ヘタレである。なんならチキンであると言える。


「そーいえば確かにそうだな……。おい八代、そこんとこどーなんだ?」

「む? 何がだ?」


なにやら考え込む仕草をしながら、黙り込んでいる八代に水を向ける。が、話を聞いていなかったようで、問い返されてしまった。


「いやお前、何考え込んでいたんだよ……」


呆れながらそう漏らすと、ああ、と口を開いた。


「盟友の名前について考えてたんだ。なるほど、受け継がれる意志、と言うべきか……。我、そういうの好きだぞ!」

「ああ……そう」


こいつを相手にまともな会話を求めたのが間違いだった。

とりあえず、話を本筋に戻すとしよう。


「いや、だから、お前は女子供を攫ったりしたのか?」


再度問いかけてみると、心外だと言わんばかりにふるふると頭を横に振った。


「いや、我は今日この日、初めて盗賊活動を始めようと思ったのだが、ちょうど貴様に止められたところだ」


つまりは、こいつは人攫いなんてしていない、ということになるのか。彼が言うからこそ、説得力がある。だって、こいつ実際に悪事を働くことが出来ない小心者なのだから。

思わず八代を疑ってしまったことを心の中で謝りつつ、思考の海に潜り込む。


と、そこで一つの案が思い浮かんできた。

それが思い至るとほぼ同時に、レイかわなるほどとパンっと手を叩いた。


「つまり、人攫いを行っている盗賊はまだいるということに――」


レイの言葉を遮って、草が踏みつけられる音や草を邪魔そうに払い除ける音、そして足音が聞こえてきた。


「……なにか来た」


レイを庇うように前へ出る。

すると、俺の目の前に大男が現れた。

大男は、下卑た視線でレイを舐めまわすように眺めた。そして――、


「上物がいるじゃねぇの」


ニタニタと、血のついた頬を吊り上げて嗤った。

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