第7話風邪をひいた日
この街に到着した次の日。
俺は見事に風邪をひいた。
「あー……」
目を覚ますと、古ぼけた天井が目に入る。
……どのぐらい寝てたんだろうか……。
上半身だけ起こして窓から外を見てみると、朱に染った空が目に映った。 ……夕方か。
「少しは体のだるさは抜けた……か」
背伸びをして凝り固まった身体をほぐす。ポキポキと小気味のいい音が聞こえてきた。
「明日には、治るか」
もう一度寝ようかとも考えたが、寝すぎて今は逆に気分が悪い。これ以上寝たら悪化してしまいそうだ。
「多分、熱も下がった……よな」
念の為熱の確認をして、部屋を出る。宿屋の入口付近では、ぼーっとしているこの宿屋を営んでいる女性の姿があった。
「……あー、すいません。俺と一緒の部屋に泊まることになった、このぐらいで髪が青みがかった黒色の人、どこいったか知りませんか?」
部屋にいなかったので、どこか買い物に行ったのだろうと予想しつつも、そう聞いてしまう。すると、女性はああ、と何かを思い出したように声を漏らすと、続けた。
「あの子なら、薬売ってるところについて聞いてきたね。こっから出て、右の進んだところにあるって教えたんだが……。あれから結構時間が経ったけど帰ってこないねぇ」
うーむ。と、頬に手を当てて唸る女性。
「薬屋ですか……。ありがとうございます」
軽く礼をして、店から出る。
長い間帰ってきていないのなら、迷子になっている可能性がある。探さないと……。
少し急ぎ足で教えられた薬屋へと向かう。
しばらくすると、薬屋と木で作られた看板にデカデカ書き込まれた字が目に入る。
「すみませーん」
店の中に入ると、店の奥の方に座っている初老の男と目が合った。
「なんだい。今はあまり薬がないからね、何を買いに来たのか聞いておくよ」
初老の男がそう申し出てきてくれたが、俺はそれを顔の前で手を振って返す。
「すみません。このぐらいで髪が青みがかった黒色の女性を探しているんですが、心当たりはありませんか?」
聞くと、初老の男は、はてと呟きながら首を傾げる。何かを思い出しているようだ。
「……ああ! 確か、少し前にそんな子が来たなぁ。お前さんは、その子の連れかい?」
手をパンっと軽く叩いて、うんうんと頷くと、俺にそう尋ねてきた。
「ええ、まあ。それで、その人はどこに行ったか分かりますか? まだ帰ってなくて……」
そう聞くと、今度はふるふると首を横に振った。
「いんや、分からん。薬を買いに来てくれたんだが、生憎と買いに来てくれた薬は今は置いてなくてね。それで、その薬を作るための薬草はどこで手に入るのか聞かれたなぁ……」
薬……薬草……。
その単語が、頭の中で宙に浮いて何かを思い出させようとする。
「その質問にどう答えたんですか……?」
「確かなぁ、リンドウの森で手に入ると教えたんだが……まだ帰ってないのか。あの辺は危険な魔物とかは出ないはずなんだが……」
リンドウの森。その一言で、あの衛兵の人が話していた内容を思い出した。
「まさか……!」
一つの仮説が頭の中に生まれて、背筋がゾッと凍る。最近盗賊が出た場所と、衛兵の人が話していたはずだ。
「……っ! ありがとうございます!」
一言礼を言うや否や、すぐさま走り出す。
店から出て、慣れない道を走り抜けてこの街の外を目指す。
しばらく走ると、この前の衛兵の人の姿が目に入った。
「あの!」
はあ、はあ。と、荒い息を整えながら昨日の衛兵の人へ話しかける。
「おおっ、どうしたんだい。そんなに慌てて」
「あのっ! 昨日俺と一緒にこの街に来たやつ、ここに来ませんでしたか!?」
「僕はちょっと前に交代したばかりだからねぇ……。どうしたの?」
「リンドウの……森に行ったみたいで……!」
そう伝えると、衛兵の人は目を丸くした。
「リンドウの!? いや、でも……さすがに大丈夫だよ。昨日も言ったけど、騎士の人達が見回りしてくれてるし、そう何度も同じ場所を襲うってことはないんじゃないかな」
俺を落ち着かせるように、ゆっくりと話す衛兵の人に、「いえ」っと言って首を横に振る。
「出てから、しばらく時間が経っているらしいんです……」
「それは……うん、わかった。こっちは上に人に事情を説明して探してくれるか頼み込んでみるよ」
「あ、ありがとうございます!」
深く一度礼をすると、衛兵の人に一度リンドウの森の場所を聞き、街の外へ出た。
レイのやつ、心配かけさせやがって……!
☆ □ ☆ □ ☆
「あった……!」
やっと見つけた。思わず頬が緩んでしまう。
手の中には、目当ての品が、薬草があった。
「随分と遅くなっちゃったなぁ……」
手に持った薬草を袋に入れ、空を見上げると、空は透き通るようなオレンジ色に染まっていた。
「綺麗……」
思わずそう呟いてしまうほど、その夕焼けは綺麗だった。
「早く戻らないと、心配かけちゃうかな」
そう思い、気持ち少しだけ足の速度を早める。
「まさかここまでするとはですよ、この私が」
レイ自身、自分が面倒くさがりなことはよく分かっている。それなのに、面倒なことをしてまで、彼――サトウさんのために動いた。
「……分からないなぁ……」
そう呟く彼女の横顔は、少しだけ嬉しそうだった。
そんな時、ひとつの声が辺りに響いた。
「フハハハハ! そこの小娘よ、持っているものを置いて立ち去るが良い! さすれば、命だけは助けてやろう!!」
聞き覚えのない声。その声のするほうを見てみると、そこには恰幅の良い、眼鏡をかけた男が立っていた。
「……む? 聞こえなかったか。荷物を置いて立ち去れ! さすれば、命だけは助けて――」
男が何かを言い切る前に、レイは走り出していた。
「あ、ちょっ、待っ……!」
男が何やら呼び止めようとしてくるが、レイは一切振り向くことなく走る。
彼女は、戦闘に関してはまったくのど素人。唯一戦闘の際に役に立てることといえば、指示を出すことと罠を張ることのみ。だが、今の状況は指示を出す相手はおらず、罠の用意もない。すなわち、彼女には今、逃げるしか道が残されていないのである。
「ちょっと待って! あと、何か反応をしてー!!」
あの男は、見た目に反して足が早い。いや、あれはどっちかっていうと足の運びが上手い。走りにくい大きな石やら木の根っこがある地面で、スピードを落とすことなく走り続けている。
「これ、結構やばいかも……」
この半年間、盗賊を少し嗜んでいたため、一般人よりかは体力に自信はあるが、あの男は見た目とは裏腹にそれなりに戦いなり、それに近いものの経験があるタイプだ。おそらく、逃げ続けることは不可能だろう。
「クっ! ならぱ、我の秘められし禁断の力を使うべきか……!」
何やらおかしなことを叫んでいるが、レイはそれらを全て無視して走ることだけに集中する。
と、その時、ゾッと何かが身体中を這うような感覚に陥る。
「……っ!」
左へ大きく飛び退ける。と、それとほぼ同時にドォンと、大きな音がした。
音がした方を見てみると、大木の中心に穴が空いていた。
その穴の位置は、先程のレイがいた場所よりもいくらか右に逸れた位置。あのまま走っていたら無事では済んだだろうが、もし右に飛んでいたらどうなっていたか分からない。
「……ふぅ。汝がまさか反応するとは思わず驚いたぞ」
男は、少しずつジリジリとレイに近づいてくる。
「ふん、安心しろ。荷物を置いて帰るのなら、我は汝に何もしない」
こうなったら、隙をついて逃げるしかない。
レイはそう決意して、キッと男を睨みつける。
すると男は一瞬たじろぎ、隙が生まれる。その隙に逃げ出そうとしたその瞬間、不意に男が頭を下げた。
「……え?」
そしてその頭上を通り過ぎていく銀色の光を放つ何か。おそらく、ナイフかなにかだろう。
新手かと警戒して飛んできた方向へと視線を向ける。
けれど、相手を視認したすると、警戒は一瞬にして霧散した。
その男は、鬼のお面を頭につけて、荒い息を整えながら、
「お前、こんな時間までどこほっつき歩いてんだ……!」
と、言うのだった。
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