聖なる夜に想い出を

天ヶ瀬衣那

聖なる夜に想い出を カクヨム出張版SS

「瀬奈見て、ほら」


 生放送の音楽番組が終わり、私たちがスタジオを出てすぐにあることに気づき夜空を見上げた。


「雪が降るなんて聞いてなかったのに」


「今年は積もるのかな?」


「わからないけど、これぐらいなら積もらないんじゃないかな」


 隣り合って見上げていた瀬奈の方を見るとフラットな声音と違ってなんだか楽しそうな表情を浮かべていた。


 ずっと眺めていると瀬奈が私の視線に気づいた。


「どうしたの?」


「え、えっと、なんていうか……」


 口ごもっていると肘で突かれた。


「……見惚れてました」


 白状すると瀬奈は体を寄せてきた。


「佐奈って本当に私のことが好きなんだね」


 表情は前髪に隠れていて見えてないのに微笑んでいる気がする。


「うん、大好き。言葉じゃ表せられないぐらい。そういう瀬奈も私のこと好きだよね」


「大好き、愛してる」


 即答だった。即答すぎていまここで押し倒したくなる。


 そんな欲望剥き出しな私を止めたのは、前髪から見えた瀬奈の寂しそうな目だった。


「雪が解けてくみたいに私たちが過ごしてきた何気ない日も忘れていくのかな?


 ほら、いまでもそう、出会ってから今日まで一日も忘れてない日なんてないでしょ? それが嫌だなって、雪を見てたらなんかね」


 寄りかかったままの瀬奈が私の顔を見上げた。


 確かに忘れてない日なんてない。でも……


「そういう日が積もり積もっていまの私たちの関係を作ってくれたって思ったら素敵じゃない……かな」


「……せめて自信もってほしいんだけど」


 瀬奈の目が少し怖い。と、思っていたらさっきよりも深く寄りかかってくる。


「でも、そういう例えは好きかも。それに今日は忘れられない日になりそうだし」


「どういうこと?」


 聞き返すと手首を私に見えるように差し出してきた。誕生日にプレゼントしたパステルピンクの腕時計をまだ使ってくれていることが嬉しい。


 時間を確認すると日付が変わっていることに気付いた。


「イブ、過ぎたんだ」


「うん、だからホワイトクリスマス。佐奈、ちょっといい?」


 そう言って手招きしてくる瀬奈。


 言われるまま顔を近づけると頬にそっと、瀬奈の唇が触れた。


 多分これからも忘れる日はあると思う。だけど今日という日は忘れられないと思う。


「佐奈、帰ろっか?」


 頷くと、寄りかかっていた瀬奈は離れてから私の手を取った。


 こんなにも印象的なクリスマスはもう来ないかもしれない。幸福感を抱きしめながら、私たちは雪の降る街を歩き出した。

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