薔薇の記憶
スコ・トサマ
前話 薔薇の記憶
今日は妻との結婚記念日。
とはいえ、当時はお互い仕事が忙しくて、この日に役場へと書類と提出しただけなので正確には入籍記念日だ。
私は2000年の12月31日に提出して「20世紀最後の世紀末カップル」とかになりたいんだ。と話したのだけれど。
妻は
「そんなの何もロマンなんてないじゃない!」
と言って、24日、つまりクリスマスイブに入籍届を役場へと持っていってしまったのだった。
私もそこまで31日に拘っていたわけではないが、「20世紀最後の12月の24日に入籍」とか、芸能人とか浮かれたカップルが行う感じがして気恥ずかしいところがあったのは確かだ。
なんか、ラブラブカップルが勢いで入籍した感じがしてどうにもこうにも。
仕事が落ち着いた頃に結婚式は行ったので、入籍記念日と結婚記念日は別々となっているから人に話すときは入籍記念日の方を「結婚記念日」と言うことにしている。
今日は仕事を休みにしてあるがそれは記念日だからというわけではなく、定期的に通っているいつもの整体に行く予定を入れていたため。
この歳で「今日は結婚記念日なので休ませてほしい」などと恥ずかしくて上司に言えるわけがない。
その日は通り道にあるホームセンターに猫の餌を買いに立ち寄ったところ、薔薇の花が売ってあるのを見かけた。
ここは数年前からしょっちゅう立ち寄っているのだが、切り花を置いているのは知らなかった。
何気に眺めてみると、淡いピンク色の可愛らしい色合いをしている。
妻は庭に植えてあるイングリッシュローズやモダンローズのような花の形が好きなのだが、こういう剣弁咲の切り花も嫌いではないはず。色も妻の好みだ。
そこで、いくつか買って帰ることにした。
1本200円くらいだから、花屋で買うよりは安いが、それなりに買うと値段は張ってしまう。
手持ちと相談し、飾る場所も考えて
しばらく何本買うか悩んだ結果、家にある花瓶の大きさと、今飾ってある花と、目の前の薔薇の花のサイズをイメージして「こんなものかな」と手に取って決める。
妻はケチくさいと言うかもしれないが、猫にやられないとこに置くには花束サイズは無理なのだから。
以前、花束を花瓶に刺して置いてたら、猫が葉っぱを食い散らかしてその辺で吐きまくるわ花瓶倒すわで大変だった。猫の届かないとこに置くとなると、小さくこじんまりとなってしまう。
猫も1匹ではなく妻が「弱ってる猫を放置できないから!」と拾ってきたのが5匹くらい家にいるので油断ならないのである。
薔薇好き、猫好き、そんな妻なので、一緒に生活していると色々と苦労も多いが、結婚前からわかってたことなので、そんなに問題ではない。
猫の餌とペットシーツも一緒に購入。
私が愛用しているワゴン車の荷室には買った花が痛まないよう、布製のバケツのようなものが置いてある。
時折、このように妻のために花を買うことがあるからだ。
鉢植えもたまに買ったりするのでひっくり返らないように、固定するものが常に用意してある。
妻の付き合いでホームセンターに来ると、いつも土や肥料まで買わされていたので新しく車を買うときに荷物のつめるワゴン車にしたのだった。
ほぼ軽トラ扱いになっていたので、軽トラの方が良かったのではないか、と思うこともあったが、プレアデスがシンボルに描かれたメーカーのこれはこれで走りがいいので気に入っていたりする。
運転が楽しいので、ちょっとした遠出も苦にならない。
今日通う整体は、住んでいる家から40分くらい峠を走ったところにあり、景色が良く高原のドライブ気分を味わえる。
毎回移動するだけで気分転換になるのでこの整体に行く日は楽しみにしているのだ。途中で一人美味しいものを買って食べるのも楽しい。
そして、目的の整体は、ちょっと普通と変わっている。
体の流れを整えてくれたり、筋肉をほぐしてくれたりしてくれるのだけれど、整骨院おようなゴリゴリしたりぐりぐりしたり、そういうことはせずに揉んだりさすったり。
もしくは横になっているだけで、体の不調が直ってしまうという不思議なところだった。
『比良坂ヒーリングサロン』とかいう名前だったかな?
この場所は妻の親戚が元々通っていたところで。
妻の父、義理の父の通夜の時に「ここって不思議だけどすごくいいの」と教えられそれ以来二人で通うようになったところだった。
田舎は親戚の口コミというのは案外重要な情報を伝えてくる。
一度試しに通って以来、妻は気に入って毎週通っていたが、私は仕事があるので月に1回毎月24日か25日くらいに訪れるようにしている。
事務仕事、椅子に長く座る仕事が多いの気づかない間に体に結構ダメージが来るのだ。
ここはそういう不思議な治療が人気なので、先に予約してないと入れないし、今でもクチコミで常に満員という盛況っぷり。
会社を休んでドライブしても、いく価値が十分あるところである。
予約時間10分前に到着、比良坂ヒーリングサロンの庭には薔薇が植えてあり、多数の花が咲く植物やハーブなども植え込んである。
とはいえ、今は真冬なので全て霜にやられてたりするが。
その中で霜が降りても花を咲かせるものもいくつかあり、ビオラなどが植え込まれて花を咲かせている。我が家の庭にもこれが冬になると植えられ、毎朝凍るほどの寒さの中でも花をたやさず咲いているのは不思議な感じがあったものだ。
ここ薔薇たちは私の妻がここの奥さんに差し上げたもので、正直私は
「また妻の病気が始まった」と思って「すみません、邪魔になりませんか?」と尋ねてしまったくらいなのだ。
妻は、自分が「いい」と思うものを人に全力で進めてくる癖があった。
いいもの、素敵なものを手にするとすぐに「これ、あの奥さんにあげたら喜びそう」とか「この薔薇苗はあの家にあげるやつだから」とか購入しては人にあげていたものだった。
そのせいで、すっかりここの奥様は薔薇やガーデニングにハマってしまい、その後も妻を通じて薔薇苗などを手に入れたり、自分で買いに行ったりし始めたようだ。
最初ここにきたときは、殺風景な庭だったのに、今や季節になると花が溢れる美しい庭になっているし。年中何かしらの花が咲くように植えられてたりもする。
行くたびに増える植物たちを眺めては、妻の影響でまた薔薇地獄に陥る犠牲者が生まれてしまった、と思ったものだ。
近所に他にも数軒、妻の育てたバラを見て「いいですね」なんて声をかけたばかりに、妻から苗を譲られたり、育て方を教えられたりで薔薇屋敷になっているとこがある。
薔薇には悪魔が住んでいて一度ハマると抜け出せない魔法か何かを使っているようで、皆、薔薇を育て始めるとどんどんと深みにはまっていく様子。
いやはや、そこの家の旦那さんには申し訳ない、と思うのだけれど。
薔薇を育てることで奥様方もなんだか楽しそうにしているので、まぁいいのかもしれない。
私も時折駆り出されては、草刈りだのつるバラの誘引手伝いとか枝打ちだのさせられてしまうので、そこの家々の旦那さんも同じようにこき使われていることだろう。
夫婦関係を強引につなげるという点でもいいのかもしれないが。
昨年の春には、薔薇アーチのトンネルを作るのだと言われ、通販で妻が大量に買ったスチール製のガーデニングアーチをせっせと作っては立てさせられたものだった。
こちらの整体の先生も同様に、奥様が育てた庭を維持するために、一緒に買い物に行ったりアーチ立てたり庭を作ったりをされているらしい。
ほんと、妻が薔薇を押し付けて、ご迷惑おかけして申し訳ない。
と私が言うと、先生は
「妻がガーデニングに興味を持って、庭を美しくすることにハマってくれて嬉しいですよ、それまで殺風景な庭でしたから。奥様から薔薇苗を頂いたり指導していただいたおかげです」
と言ってくれる。社交辞令かもしれないけれど、そう言っていただけると私もほっとする。私は庭にあるバラはチクチクするし、引っかかるし、刺さるしであまりいい思いはない。
なのだが、妻は薔薇キチとでも言っていいくらいで、棘が痛いとか言いながらも毎日毎日世話をしている。
毎年、5月から6月、そして秋は妻の育てた薔薇の咲き誇る様子は圧巻で、近所の人が観に来るくらい壮観なものだった。おかげで、有料のバラ園を見に行っても「妻の薔薇の方が美しいではないか」とそんなことを思ってしまうようになってしまったが。
妻と初めて出会ったのも、バラ園だったな。
などと、整体の庭に、真冬なのにまだ咲いている薔薇を見ながら、そんなことを考えてしまう。霜にやられても咲き続ける薔薇、そんな品種を妻が見繕って送っていたのだろう。
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