第28話 推しと海って最高すぎませんか

 あっという間に時間は経って、徐々に部屋に足音が増えてきた。優依ちゃん、星羅ちゃんと人が増える度、部屋に活気が満ちていく。朝ごはんはトーストとスープだけで軽く済ませて、当初の予定よりも少しだけ早く準備を始めることにした。


「一応羽織れる上着とかも持っていこうね、二人共」

「ん、りょーかい。んじゃ着替えるか」


 女性だけしかいない空間であることも相まってか、更衣室と似たようなテンションで服を脱ぎ始める彼女たち。なんだか直視するのが申し訳ない気がして、二人から顔を逸しながら自分の服に手をかけていく。


 見えないとはいえ、二人の息遣いや会話、衣擦れの音は勿論聞こえるわけで。服が地面に落ちる音や、服をずらして脱いでいるのであろう音が妙に生々しい。見えていないのにそこにある、という事実が余計に変な妄想を掻き立てられて、鼓動が早くなるのを止められなかった。


 ドキドキが止まらないお着替えタイムの後。どうにか気持ちは保ったまま、パーカーだのTシャツだのを水着の上に着た私達は、ここに来るまでに通った道を戻っていく。車が停まった位置から坂を下って、太陽に照らされて白い砂粒が光を反射する砂浜のあたりにまでやってきた。


 コンクリートの部分が終わり、目の前が砂浜になっているところに着く。ガラス窓から見たのよりも近くて、色の濃い、青い青い海が目の前に広がっていた。澄み渡る青空。眩い光は海面にも反射して、キラキラと輝いている。


 綺麗だと一言で片付けてしまうには惜しい美しさ。ビーチサンダルで一歩踏み出すと、砂に少しだけ沈んだ。


 ちらりと後ろを振り返る。少し後ろに優依ちゃんと星羅ちゃんが、私と同じようにこちらに歩いてくる。片やパラソルを抱えていて、片や昼食用のランチバックを提げて。彼女たちと共にいられる平穏に心が揺れる。凪いだ気持ちと凪いだ海。今日は泳ぐには絶好の日だ。


 何故か居ても立っても居られなくなってきて、少しだけ小走りになって海に駆け出す。


 後ろから聞こえる少し呆れたような、けれど楽しそうな笑い声が、私のことを追いかけてきた。


 ……ああ、今日はこんなに楽しくて、ワクワクして、幸せだ。


「じゃあ今日は目一杯遊びましょう!」

「だね。今日は海も穏やかで危なくもないし、とりあえず脱ぐか〜」


 期待が隠しきれていないのだろうか。目に光を堪えてはしゃいだような声色の優依ちゃんに、いつもよりも口角が上がっている星羅ちゃん。


 星羅ちゃんは水着の上に着ていたTシャツをさっと脱ぎ、その肉感の良い体を惜しげもなく晒す、クロスワイヤービキニ。彼女の水着姿はとても蠱惑的だった。髪はいつものように纏めているため、首元がよく見える。項には可愛らしすぎないデザインのリボンがあしらわれている。マット感のある水色のビキニは彼女の煌めくような金髪によく似合って、思わず目をやってしまう。


 胸元を惜しげなく見せつけるかと思えば、トップスはXを描くようにして大きな胸の下部を少しだけ露出させている。ほっそりとしたシルエットにも関わらず細すぎない太腿も魅力的で、同じ女性ながら見惚れてしまうような美貌である。


 ぼうっと彼女の姿を見ていると、星羅ちゃんに小突かれてしまう。


「ちょっと、何見てんのよ」

「……え、わわっ! ごめん、つい、見惚れてた」


 そう告げると、口に含むようにしたボソリとした声が「お世辞ばっかり」なんて。本心だというのにひどい話だ。どうにか異議でも唱えてやろうと思ったがいかんせん星羅ちゃんが綺麗すぎてどうしようもできなかったから口をつぐんで。


 海に入る前には準備運動を、なんていう学校からの教えに素直に従う優等生の私達は軽く体を動かした後、海水に触れるべくビーチサンダルを脱いだ。


「あ、っついッ!! あつい熱い、しんじゃう!」

「ハハッ! マシロ、だいじょーぶ?」

「無理無理無理!」


 触れた砂粒はただ熱かった。そりゃそうだろうと今ならわかる。八月の灼熱に日の出から焦がされ続けた、光を集める白い粒たちが熱を持っていないはずがない。アッツアツの鉄板にも負けない砂浜たちに負けそうになった私は星羅ちゃんに向かって叫びながら波打つそこに向かって駆けていく。


「死ぬかと思った……」


 無事辿り着いた海。ひんやりとした海水は夏の暑さからも、火傷するかと思うほど熱い砂浜からも逃してくれる優しい冷たさを持っていた。ケラケラと笑う星羅ちゃん。後ろで心配そうに、けれど私達の掛け合いを楽しそうに見ながら微笑を口元に含んでいる優依ちゃん。


 こっちは真剣に熱かったのに、とは思うものの、楽しそうな二人を見ていたらなんだか許せてしまう。ああ、きっと私はこの二人のことが好きなんだなぁ、なんて改めて感じた。


「ッはは、笑ってごめんね?」

「別にいいよぉ……それより早く二人とも、一緒に入ろ?」

「だね、ほら優依も」

「そうね、よいしょっと」


 先程休憩用に立てたパラソルの日陰の下に敷いた敷物に提げていたランチバックを置いた優依ちゃんは、上から着ていたパーカーのジッパーを下ろした。重力に従って開いた胸元からお腹のラインが、清楚ながらもセクシーで息を呑んだ。


 彼女もセパレートタイプのビキニではあるのだが、星羅ちゃんとは対象的に胸元をレース感のあるフリルが覆っている。彼女が動くと揺れる谷間に、それを薄すらとだけ見せてくれるレースのふんわりとした生地。白く艶やかな肌は同じ白を着ていても余計に肌が映える。


 純粋無垢な白は、彼女によく似合っていた。ボトムスは裾がふんわりと広がるスカートタイプだ。生真面目な優等生である彼女だからこそ映えるのだろうその格好に胸が躍るのも確かであった。


 魅力的な二人の姿に、オタクは苦しんでいる。二人が綺麗なことはよくよく知っているのだが、それでもこんなに綺麗になられちゃ困る。死んでしまう。とはいえ今からの時間はこの姿の二人と時間を過ごしていくのだ。全力で脳内フィルムにユイセラを刻みつけねば。


 私が一人そんな決意をしたなど露知らず、上を脱いだ優依ちゃんも準備万端な星羅ちゃんも、私のいる方目掛けて駆けてくるのであった。


 ふと私の頭に浮かんだのは一枚のイラスト。強い太陽の光をバックに、走り出すような優依ちゃんと、海辺に一歩踏み出している星羅ちゃん。波が寄せて水滴が弾け飛び、太陽の光が反射する。


 ゲームのスチルにこんなものはなかったはずだが、私の頭の中に明確に現れたそれは、正しく夏のはじまりを告げているように見えた。

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