ギャルゲーの『不人気ヒロイン』に転生したので主人公より先にヒロインを攻略して推しを護りたいと思います

エルトリア

第一章 不人気ヒロインは推しを護りたい

第1話 姫女子はギャルゲーに転生したい

 夕暮れが空を覆っている。薄い雲が流れ行く様は秋のそれを彷彿とさせたが、今の季節は春だ。紅い葉の代わりに桜の優しい桃色が空を流れる。


「もう世間は色々と始まってるんだろうな……」


 名前も知らぬサラリーマンが忙しそうに早足で駆け抜けていったり、慣れない制服に身じろぎしながら通学をしているのであろう女子中学生か高校生を眺めて、ふとそんなことを思う。


 残念ながら、私のお仕事は誇り高き自宅警備員であるために、そんな世間の様子なんて全く興味がない。けれど、久々に外に出たら桜が色づいていたり、吹く風が少し暖かかったりしていて、なんだか気分がよくなって、周りに目をやる余裕がでてきたというわけだ。


 赤らんだ空は、世界と青の空を蝕んでいる。ビルの窓はほんのり桃色の光が反射して輝いている。さながらイラストのようなそれに、目を奪われた。


 ただ買い物に来ただけ。ただの散歩のつもりが、思ったよりも綺麗な景色と巡り会えてしまって、なんだか気分がいい。手に提げたビニール袋は風情の欠片もないというのに。


 まぁいいか。とりあえず、今日のところは満足したので家に帰ることとする。

 穏やかで優しい春の風が、優しく私の歩みを追いかけた。



◇◇◇



「ただいま、我が家〜」


 昔からの癖で、ただいまと行ってきますだけは口にしてしまうのだけれど、家に誰もいないときは寂しいだけだ。


 こんなときは可愛い女の子たちに癒やされるに限る。そんなわけで、過去プレイしてきた百合ゲーやギャルゲーに思いを巡らせてみる。


 今日は、最近遊んでいなかったギャルゲーを遊ぶことにしようか。今の私の頭に浮かんでいるのは、今個人的に最も熱い百合カプである『ユイセラ』だった。


 何がいいかって、そんなの語り尽くせないほどの良さがある。星羅せらちゃんの気怠げな表情とは裏腹の優しさとか、優依ゆいちゃんは完璧に見えるのにたまに抜けたところがあったりして、そんな二人が自分の穴を埋めあっているみたいに見えるところとか……。


 やばい、同人誌読み返したくなってきた。でも本家のゲームをやりたい欲求も強く出てきて、とりあえず自室に駆け込んだ。


「よぉし……やるかぁ」


 そのままゲームの起動をして、プレイを始める。いつも通りの起動画面。懐かしい、私の心を浮足立たせる音楽と映像。一巡目をプレイしたときの、あのワクワク感が奮い立たされる。


 さて、ゲームのプレイデータを選択……しようとした、その時だった。


 ギャルゲーならどんなゲームにもあるであろう、選択肢。そのフォントと画面なはずなのに、その文言は全く見たことがないものだった。


『ギャルゲーの世界に、興味はありますか?』


 選択肢は、はい、と、いいえ。


 私の頭に浮かぶ疑問符。なんだこれ。今まで数度かプレイしてきたこのゲームで、こんな表示が出てきたことなどなかった。


 まさか、次回作に向けてのアンケート調査だったりするのだろうか。それとも最近流行りの転生モノ!?


 なんて、私の気持ちが高まる。オタクの私としては、はい、を押さざるを得ないだろう。迷うこと無く、はいを選択する。


 なんだかんだ期待をしながら「はい」を押したのだが、特になにも起こらない。


 ……はぁ、やっぱりなんかのアンケート調査だったのかな。


 ちょっぴりだけでも、転生できると思った私が馬鹿だったのかもしれない。


 はぁぁ、優依ちゃんと星羅ちゃんの実物が目の前で見れるかなとか思っちゃったよ。実物というか実態というか、画面を通さないというかなんというか。やばいオタク丸出しみたいになってきて切なくなってきて、思い出されるイベントたちに胸をときめかせて目を開く。



 ———そこには。



 目の前には、そう。ユイセラが、何度もプレイした『放課後メルティーラブ』の、あのキャラクターが、動いて、いや、んん……?


 そこで気付く。息が止まる。鼓動が、高まる。大きく息を吸う。ゆっくりと、時間をかけて吐く。そしていつの間にか閉じていた目を、心を決めてゆっくりと開いた。


 頭の処理が、まったくもって追いつかない。けれども、優依ゆいちゃんと星羅せらちゃんが目の前にいるという事実があった。


 そして二人は、……信じがたい、というか、これが本当なら私はもうこの世に悔いなどない、が。


 二人の下に広がるのは、赤、青、黄、緑の4色の円が均一に並んだマット。それが示すのは、ツイスターゲーム。その上に陣取った二人の顔は、いつ触れてもおかしくないくらいに近かった。


 あぁ、だめだ。呼吸が荒くなる。妙齢の女性にあるまじきことだが、鼻息すら荒い。でもそれも仕方がないくらいに彼女らが色っぽい雰囲気を醸し出しているのだ。


 足や手の位置の関係で、二人の体は絡み合うように密着している。しかも二人は制服を着てツイスターゲームを行っているのだ。スカートの裾が、彼女らの体がふらつく度にひらひらと揺れる。見えそうで見えないこのもどかしさ。私の目線も、いけないところを追いかけるように揺れて。


 二人の構図、焦りと照れが入り混じった表情、滴る汗、全てにおいてユイセラの良さが全面に出ている。神様、ここが天国ですか。


 頬が緩む。溶け出しそうなくらいゆるゆるとした表情。こんなのだれにも見せられない。


「ねぇ、マシロ? はやく次の指示を……って、えぇ…なんてカオしてんのよ、あんた」


 美しい絵画を、或いは神絵師の描いた作品を眺めるようにして浸っていた私の背筋が、びくりと伸びた。見せられないと言ったばかりの私の表情が、星羅そのものの彼女に、暴かれてしまう。


 その端正な顔が、綺麗な瞳が、私を見つめる。呆れたような顔で、私の名前——否、『放課後メルティーラブ』の、もうひとりのヒロインの名前を呼んだ。


 そこで私は悟ってしまった。


 ここは、……私は。


 心から愛してプレイしたギャルゲー『放課後メルティーラブ』の、柊 真白ひいらぎましろに転生したのだと。

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