第18話 討ち入りだよ全員集合

 



 フウカは、涙を流すシルキィの体を抱き寄せると、鋭い目つきでギュオールを睨んだ。




「デリカシーのない男だな」


「申し訳ありません、気分が高揚しているんです。脱走者とオーグリス、そしてこのペンダント。軍が探しているものがここに集まっているのですから」




 彼が妙に饒舌なのも、気持ちが高ぶっているからだろう。


 ギュオール自身、シルキィたちの反感を買うのは当然だと思いながらも、浮つく感情を抑えられない。


 そんな彼に対し、シルキィは目に涙を浮かべながら、震える声で問いただした。




「このペンダント……割ったら、みんなは解放されるの?」


「さあ、そこまでは。しかし――赤い顔をした化け物が現れたという報告を聞いています、中に入っているものが、それと同じと考えれば――」


「っ……あれは……」


「マユさんのその反応、遭遇した相手はご友人でしたか」




 答えがうまく喉から出てこないシルキィに変わって、アングラズが語る。




「一緒に捕まってた連中だとさ」


「そうですか、でしたらやはり、ペンダントを破壊しても無駄でしょう。人として生きているというよりは、死体に寄生する生命体へと変えられた、と言った方が正しいでしょうから」


「でも、みんなは助けてって言ってるよ!」


「本当に、その言葉に意味はあるのでしょうか? ただ同情を誘うために、そういった単語を発するように設定されている可能性もあるのですから。油断してペンダントから解放した途端、襲われないとも限りませんよ」




 シルキィはあの宿で、人が顔面をえぐられ、殺されるのを見ている。


 その死体が、赤い液体に乗っ取られる場面も。


 クラスメイトを救いたい気持ちは強い。


 だが、ギュオールの言葉を否定することはできなかった。




「およそ人間がすることとは思えないな……」




 右拳を握りながら、フウカは怒りをあらわにする。


 一方でギュオールは、さもそれが当然であるかのように話を続けた。




「アザルド軍は何度もそういった実験を繰り返してきました。オーグリスの前にも、別の世界から呼び出した人々を兵士として利用しようとして、失敗していますからね」


「それって……ずっと前にも、私たちと同じ立場の人がいたってこと?」


「さあ、同じかどうかはわかりません。彼らは実験を強行することはあっても、同じ過ちを繰り返してはいませんから」




 最初にアザルド軍は、異世界から兵力を得ようとした。


 だが強引に連れてきた人間たちが、素直に従うはずがなかったのだ。


 その過ちを知っている軍が、実験材料として使うためとはいえ、ただの異世界人をそのまま連れてくるとは思えない。


 ゆえにギュオールは、はっきりとイエスと言い切ることはしなかった。




「しかし、別世界の人間との交わりは一種の突然変異を発生させ、魔力に優れた民族が誕生しました」


「まさか、それがオーグリスの元になった民族なのか?」


「と、聞いています。軍の研究は、過去の尻拭いと新たな研究を兼ねる傾向にあるようですね」




 その話を聞きながら、ふとシルキィは気付く。


 出会ったときから、フウカという名前が妙に日本人に近いとは思っていた。


 偶然だろうと思っていたが、オーグリスの先祖がこの世界に連れてこられた日本人だとしたら辻褄が合う。


 云われてみれば、フウカの顔つきもどことなく他の面々とは違うように思えた。




「そういやギュオール、さっきの人間が圧縮されたって話だが、結局は何が目的だったのか聞いてねえぞ」




 情報が多すぎて脱線を繰り返す話を、今度はアングラズが修正する。


 ギュオールもそれに気づき、「確かにそうですね」と言って苦笑しながら、軍の目的について語った。




「人間の圧縮実験はオーグリスの前段階。本命はオーグリスを生きたまま圧縮し、武器のように扱えるようにすることでした」


「……私以外は全員、そうなったのか」


「今のところ、あなた以外に生き残りのオーグリスがいるとは聞いていませんね」




 フウカも覚悟はしていたが、実際に聞くと孤独を感じずにはいられない。


 シルキィが横にいなければ、また心が折れてしまっていたかもしれない。




「圧縮以降は、どういった過程を経るのかまだわかっていません。ですが、完成形が“オーグメント”と呼ばれていることはわかっています」


「商人の死体に食われたような形跡が残ってたのは、そいつの仕業か」


「オーグメント……」




 シルキィは自分の右腕を見つめ、きゅっと拳を握る。




「商人の死体の件、まだ私は報告を受けていませんが」




 ギュオールはアングラズの言葉に反応し、軽く彼を諌めるような口調で言った。




「急いでたんだよ、状況が状況だけに1から100まで説明するわけにもいかねえだろ。闇市であのペンダントを売ってた男が、自宅で殺されてたんだ」


「怪物の報告を受けた時点で覚悟はしていましたが、すでにオーグメントまでイニティに侵入していましたか……」


「オーグメントって、あの化物とは、また別なの?」




 シルキィの問いに、ギュオールは大きくため息をついて答えた。




「所有者はオーグリスを越える戦闘能力を得ると聞いています。お二人が逃げきれたということは、おそらく別物でしょう」


「こいつら以上に強い相手か……」


「お前なら戦えるだろう、アングラズ」


「もちろん、やるに決まってんだろ。ギュオールだってそのために俺をここに置いてるんだろうからな」




 オーグリスを圧倒できる人類など、探してもそうそう見つからない。


 ギュオールにしてみれば、アングラズが軍で居場所を失ったことは、まさに渡りに船だったのだろう。




「それにしても、妙に軍の研究に詳しいのだな」




 一連の話を聞いて、フウカはギュオールに疑惑の目を向けた。


 ただの一領主が、なぜそこまで知っているのか。


 まあ、『力を入れて調べ上げたから』と言われればそれまでなのだが、彼女にはどうしても引っかかるものがあったのだ。


 ギュオールも、聞かれることはわかっていたと言わんばかりに、準備していたような言葉で答える。




「私の夢は、王国の勢力図を自らの手で塗り替えることです。いかんせん気長な夢ですので、もう何年も前から軍に密偵を送っているのですよ」


「アングラズの友人とやらもその一人か?」


「おいおい、そんなわけねえだろ」




 半笑いで否定するアングラズ。


 対して、ギュオールは不敵に笑いこう返答した。




「さあ、どうでしょうね」




 そんな彼を見てアングラズはしばし硬直し、「マジかよ……」と驚きとショックが入り混じったような声でつぶやいた。




「まあそれはさておき、今後どうするか、具体的なことについて話しましょうか」


「おい勝手に話を終わらせるなよ、俺は納得してねえぞ!」


「冗談と思うかはあなたに委ねます。さてシルキィさん、フウカさん。すでにオーグメントが街に侵入している以上、外は非常に危険な状態です。そこで提案なのですが、アングラズ君がオーグメントを倒すまでの間、屋敷の地下で戦いが終わるのを待つというのはいかがでしょうか」


「この屋敷、地下なんてあったのかよ」


「万が一に備えて用意された場所です。どこよりも安全だと思いますが」




 フウカは、青白い顔のシルキィの身を案じるように「どうする?」と優しい声で聞いた。


 シルキィはギュオールを見据え、自らの口で答える。




「せめて……クリドーを捕まえる手伝いぐらいはしたい、です」


「あなたに濡れ衣を着せた男ですか。承知しました。命にかかわる怨恨ですからね、他者に委ねられない気持ちはわかります。ではそれが終わるまでは、ご自由に動いてくださって構いません」


「クリドーの一件も、アザルド軍と無関係ではない。金貨1万枚……そんな大金を出せる人間に心当たりはあるか?」


「その額になると、タムガルぐらいしか出せないでしょう」


「タムガル……そんなにすごい人なの?」


「イニティで一番の商人ですよ。私も親しくしているのですが、確かにここ数日は顔も見ていませんね」




 商人がイニティで幅を利かせることができるのは、領主との関係が良好だからこそだろう。


 そんなタムガルという男が、アザルド軍に協力してペンダントを探しているとは、少なくとギュオールにとっては考えたくない可能性だった。




「おいギュオール、万が一タムガルの奴が軍と繋がってた場合、俺ら兵士は踏み込んでいいのか?」


「……許可します」




 葛藤を噛み潰して、ギュオールは言った。


 タムガルを失うのはイニティにとってかなりの痛手だが、今回ばかりはやむ無しである。




「ですが仮に彼の仕業だとしても、脅されている可能性もあります。命の扱いにはくれぐれも注意をしてください」


「わかってる、無駄には殺さねえよ」




 まだタムガルがクリドーの雇い主と決まったわけではない。


 まずは確証を得ることからだが――クリドーにケジメを付けさせるまで、あと一歩だ。


 シルキィにはそんな感覚があった。




 ◇◇◇




 屋敷を出た三人は、ひとまず衛兵の詰め所へ向かうことにした。


 だがフウカの表情が浮かない。


 それに気付いたシルキィが、顔を覗き込みながら声をかける。




「ねえフウカ、聞きたいことがあるなら、まだ戻れると思うよ?」


「やり残しがあるわけじゃない。ただ、どうにも不安でな……」


「わかるよ。アザルド軍がやったことって、本当にひどいもんね」




 ギュオールに話を聞いたことで、二人はまったく同じ立場であることが確定した。


 フウカはシルキィとの出会いを『運命』と呼んでいた。


 前まではそれを大げさだと思っていたシルキィだが、イニティで出会えたこの偶然は確かに奇跡的だ。


 きっと、真実を知らされる瞬間、互いに支えあえるように神様がはからってくれたに違いない。




「ああ、その、もちろんそれもある」




 だが今ばかりは、二人の会話は微妙に噛み合っていなかったようだ。




「だが私が言いたかったのは、あのペンダントのことなんだ。どうしても引っかかるものがあってな。特に、勝手にシルキィに近づこうとする部分に」


「あれは、みんなが私に助けを求めてる……から」


「原理としてはそうかもしれない。だが、クリドーがサミーを殺し奪ったあと、あれは勝手にどこかから抜け出して、シルキィの近くまで来ていたんだろう?」




 赤いペンダントが、最終的にシルキィのカバンに入ってしまった理由は、ファムが間違えて入れてしまったからだ。


 しかし、クリドーの部屋からそこまで移動してきたのは、紛れもなくペンダント自身の“意思”によるものである。




「つまり、離れていてもシルキィの場所がわかるということにならないか?」


「言われてみれば、そうかも。目があるわけじゃないし、視覚以外で私の場所を把握してるのかな」


「仮にそれが、もっと離れていても効力を発揮するとしたら――あのペンダントは、施設から脱走したシルキィを自動的に見つける探知機にも成りうる」




 シルキィは思わず足を止めた。


 フウカとアングラズも、それに合わせる形で立ち止まり、シルキィに視線を向ける。




「じゃああれは、施設からうっかり流出したものではなくて……」


「意図的なものかもしれない。だとすると、シルキィとペンダントが同じ場所に集まるのは、決して好ましいことではないんだ。ギュオールは喜んでいたが」




 むしろ、アザルド軍の思い通りということになる。


 シルキィは言葉を失い、嫌な沈黙が流れた。


 そんな中、アングラズが口を開いた。




「餌だって言うんなら、これまでの持ち主が全員殺された理由も納得が行く。アザルド軍の機密に興味がある人間は多いだろうからな」


「しかもペンダントが辿った軌跡の先には、私もいた。軍に反意を持つギュオールだっている」


「……アザルド軍にとって、都合がよすぎる、よね」




 もちろん、あくまで可能性の話だ。


 ただ、アザルド軍はこのイニティに、まだ正式には完成したことにはなっていない最高機密、オーグメントを投入している。


 確信めいたものを持っていなければ、そんな大胆なことはしないのではないか。


 最高に“嫌な予感”を共有し、先ほどより長く沈黙する三人。


 するとそんな場の空気を吹き飛ばすように、元気な女性の声が響いた。




「あ、いた! やっと見つけたし!」




 シルキィは駆け寄ってくるファム、そしてその後ろに見えるルーシュへ向かって笑みを浮かべた。




「ファムさん。それにルーシュさんも!」


「久しぶりシルキィちゃんっ!」




 ファムはシルキィにぎゅっと抱きつく。


 その瞬間、フウカの頬がわずかに引きつった。




「割り込まなくていいのか? 鬼みてえな顔になってんぞ」


「……べ、別に嫉妬などしていない」




 そう言いながらも、シルキィが解放された瞬間にほっと胸をなでおろしていた。


 マイペースに歩いてきたルーシュは、シルキィの前に立つと事情を説明する。




「そっちの大きい兵隊さんが働いてくれないから、わたくしたちがクリドーを追ってたのよ」


「アングラズさん、働かなかったの?」


「捏造すんな。俺には危険な殺人犯とオーグリスを捕まえるっていう仕事があったんだよ」


「もう犯人ではないとわかっていたでしょうに」


「まあまあ、結果的にシルキィちゃんは無事みたいだしいいじゃん」


「ファムは甘いのよ」




 熱くなりやすいのはファムだが、そのぶん冷めるのも早い。


 一方でルーシュは割と根に持つほうである、アングラズへの第一印象が最悪だっただけに、彼に向けられる視線には棘があった。


 もっとも、アングラズは『軍人時代で慣れている』と気にしていないようだが。




「それでクリドーはどうなったの? 捕まっては……いないんだよね」


「厄介な場所に逃げ込まれたのよ」


「そうそう、大商人の家にね」


「タムガルだな」




 フウカがその名前を口にすると、ファムの視線が彼女のフードを被った頭に向けられた。




「も、もしかしてその子、噂のオーグリス……だったりする?」


「大丈夫だよ、フウカはすっごくいい子だから。人なんて食べないよ! ね?」


「魔力が欠乏すると理性が飛ぶことはある。だが、血を吸えば解決するんだ。今はシルキィに与えてもらっている」


「そー……なんだ。う、うん、シルキィちゃんのこと守ってるトコは見たことあるし、いい子なんだろうけど……ごめん、幼少期から刷り込まれたトラウマのせいでビビっちゃってる」




 ルーシュにきゅっとしがみつくファム。


 怖い話が苦手な子は多いと言うのに、なぜかオーグリスの伝承は必ず幼少期に聞かされる。


 それがこの国に染み付いた謎の風習なのである。




「血を吸う、ねえ。まあ、シルキィがそう言ってるなら信用してよさそうね」




 ルーシュは、品定めするような目でフウカを見つめる。


 先ほどの嫉妬する様子などから、彼女はフウカがシルキィに特別な感情を向けていることに気付いている様子であった。


 シルキィ側もまんざらではなさそうだ。


 そういう意味でも信用できる――と、ルーシュは独特の目線でフウカを品定めしていた。


 ただし、アングラズはここまで一緒に行動していても、フウカの『人間は食わない』という言葉を疑っているようだが。


 実際、牢屋の中では一人犠牲になっているのだから仕方がない。


 もっとも今は、フウカ以外にも人間を喰らう化物がいるようなので、そちらが犯人の可能性も浮上したが。




「そういうわけで、逃げられたクリドーを捕まえるにはタムガルと話し合う必要が出てきたというわけ」


「それでアングラズさんを探してたんだ」


「ただの冒険者であるあーしとルーシュに交渉なんてできるワケないしぃ」


「事情はわかった、とりあえず全員で詰め所に戻るぞ」


「もしかして、やるつもりなの?」


「ああ」




 都合よく許可はもらっている。


 フウカとの決着も付けられず、消化不良のアングラズにとってはお誂え向きの機会なのだ。


 彼は拳を握り、血の気の多そうな笑みを浮かべた。




「兵士を集めて踏み込むぞ。暴力でクリドーを引きずり出す」




 ギュオールと実際に話してきたシルキィとフウカはともかく、てっきり話し合いで解決すると思っていたファムとルーシュは、『えぇ……』と若干引き気味であった。



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