第13話 想定外たちの交差点
シルキィとフウカがクラリッサの家に匿われていた頃、パーティメンバーのファムとルーシュは、ようやく化物が出現した宿屋から解放されていた。
フウカが建物から脱出したあと、すぐさま衛兵に連絡が入り、駆けつけた彼らの取り調べを受けていたのである。
もっとも、面倒なことになりそうなのでシルキィとパーティを組んでいたという話はしなかったが。
「クリドーのやつ、どこに逃げたんだか」
ようやく陽が上り、空はすっかり明るくなっていた。
人通りも増えてきた大通りを、ファムとルーシュは並んで歩く。
「昨日、色街の女性に聞いた限りでは、近々大金を手に入れる予定だったと言っていたわ」
「あのあとすぐに動いとくべきだったんかなー」
「帰ってきたら、もうクリドーはいなかったものね」
シルキィたちの脱獄を知り、ペンダントを依頼人に渡すために宿屋に戻ったクリドー。
しかし彼は、本来あるべき場所にそれが無いことに気づき、絶望して外へ出ていった。
それきり行方知れずのままである。
ファムとルーシュから見ると、酒場で別れて以降、一度も顔を見ていないわけだ。
その間に、城門は閉じられ、化物とフウカが戦う姿を目撃した。
「門が閉じたまんまじゃ仕事もできないよね」
「何か、とてつもなく大きな陰謀が動いている予感がするわねぇ……お金になるかしら」
「金の前に命が足りないって。見たっしょ、昨日の。あの明らかにおかしい化物」
「捕まえたら、新種の生物として国に高値で買い取ってもらえないかしら」
「絶対に無理だし! いくらルーシュでもそれは反対だから!」
「ふふっ、冗談よ」
「金のことになると無茶なことするから、冗談に聞こえないっつうの……」
ぼやくファムに、それを見て楽しそうに笑うルーシュ。
二人は和やかな空気のまま、冒険者ギルドまでやってきた。
先ほどファムが言っていたように、外に出られないため仕事はほとんど無い。
それゆえに、いつもなら多くの依頼や手配書が張り付けてあるギルドの壁は、珍しく何もない状態だった。
もちろんそれはわかっていた。
二人の目的は依頼ではなく、クリドーの動向を掴むことである。
まずは受付嬢に話を聞いてみるため、カウンターに近づこうとすると――前方に座っているのとは別の受付嬢が、小走りで近づいてきた。
「ファムさんとルーシュさん、ですよね。少々時間よろしいですか?」
面識はあるが、友人とは呼べない関係の相手だ。
こうして個人的に話しかけられるのも初めてである。
ファムとルーシュは不思議そうに顔を突き合わせた。
受付嬢の表情から察するに、何やら深刻な話らしいので、ひとまず彼女についていき物陰に移動する。
「ありがとうございます。実は、お二人に聞いてほしい話がありまして」
「告白ならファムで間に合ってるわよ?」
「こら、こんなときにふざけるなっての」
「私は事実を言っただけだけれど」
「はいはい。で、あーしらに用事って何よ。もしかしてクリドーのことだったりする?」
「なぜクリドーさんのことだと……もしかしてご存知でしたか?」
図らずも的中してしまい、逆に困惑するファム。
その様子を見て、ルーシュは再び楽しそうに「くすくす」と笑う。
「ごめん、適当に言ったら当たっちゃった」
「あ……そうでしたか。実は私、シルキィさんが捕まった日、クリドーさんからの伝言を預かって彼女に渡したんです」
「それってシルキィがパーティ辞めさせられた後だよね」
「クリドーのやつ、そこまで準備を整えていたのね」
「そんで、内容はどんな感じだったの?」
「これなんですが。新しい仕事を用意しているので、指定の場所まで行くように伝えてほしいとのことでした」
受付嬢は、ポケットから取り出したメモを二人に見せた。
そこには文字で住所が示してある。
ルーシュはそれを見て眉をひそめた。
「この場所は――」
「風俗街だとはわかっていました。ですが、後で調べて、そこで人が殺されたってこともわかったんです」
「じゃあクリドーのやつ、シルキィちゃんを殺人現場に誘導して、そこで捕まえさせたってことじゃん!」
怒りをあらわにするファム。
ルーシュも、さらに不機嫌そうな顔をしている。
「シルキィさん、牢獄から逃げ出したんですよね? もしかしたら、無実を証明するためにそうしたのかも、と思って。このメモ、何かの役に立たないでしょうか?」
「預かっていい? わたくしたちの方から衛兵に渡してみるわ」
「ぜひお願いします! あんな、オーグリスなんて怪物も一緒だって聞きましたし、もしシルキィさんが死ぬようなことがあったら、私……っ」
受付嬢は声を震わせ、目に涙を浮かべた。
彼女は何も知らなかったとはいえ、シルキィに濡れ衣を着せる手助けをしてしまったのだ。
罪悪感に押し潰されそうになっているのだろう。
「よしよし、泣かないの」
ファムは受付嬢の頭を撫でる。
「ぜーんぶクリドーが悪いんだからさ」
「お金にはならないけど、同じパーティの人間として放っておけないわね」
「あーしらがどうにかするしかないよねー……」
「ねえ貴女、クリドーが受けてた依頼を調べることはできないかしら? 実はね、あの男は近々大金を手に入れる予定だったそうなの」
「えっと、それは……」
「こらルーシュ、それルール違反だし」
ギルドの受付嬢は、冒険者が受けている依頼を他の冒険者に教えてはいけない。
時に報酬の横取りなどが行われ、トラブルのもとになるからだ。
「今はルールなんて言ってる場合じゃないわ。大丈夫、悪いようにはしないから。ね?」
ルーシュは受付嬢の手を握りながら、情に訴えるような声で頼み込んだ。
「……わかりました」
彼女は断りきれず、ためらいがちに首を振る。
そして駆け足でカウンターの向こう側へと消えていった。
「さすが、見た目は清楚そうなのに金に汚くて他人を騙すのに躊躇がない悪い女」
「だからこそ、見た目はやんちゃそうなのにお人好しで困ってる人を放っておけない善い女と並ぶと、バランスがいいんでしょう?」
「……く、ちょっと嬉しかった自分が恨めしい」
「わたくしの勝ちー」
「ぐぬぬぅ……!」
二人がじゃれあっていると、ほどなくして受付嬢が戻ってくる。
彼女の手には、一枚の紙が握られていた。
「お待たせしました。おそらくこの依頼のことかと」
「ありがとう、必ずシルキィを救ってみせるわ」
「演技こわー……んひっ!?」
ぼそっとファムが言うと、ルーシュは脇腹をツンツンと突いた。
そこはファムの弱点なのである。
おふざけもほどほどに、ルーシュは手配書を読み上げる。
「紛失したペンダントを探しています。発見していただいた方には金貨1万枚を報酬としてお渡しいたします」
「い……いちまん!?」
「一生遊んで暮らせる額ね」
「持ち運ぶのも一苦労じゃん。まずイニティでそんだけの枚数を持ってる人間が限られるし。依頼人は――」
「ウィリアム・スミスって書いてあるわね」
「誰なの?」
「さあ?」
「私も知りません」
ファムもルーシュも受付嬢も知らないとなると、完全にお手上げである。
だが、そんな誰も知らないような相手が、1万枚もの莫大な報酬を払えるとは思えない。
「たまにあるよねー、こういういたずらみたいな依頼」
「みなさんそう思われて、誰も手を付けていなかったんです……クリドーさん以外」
「それで大金が手に入るって言ってたんだ。でもさ、こんなのに手ェ出すなんて、よっぽど確実な心当たりが無いと無理じゃない?」
「赤いペンダントって書いてあるけど、文字からだと外見も分かりづらいわ。チェーンとフレームは金色、はめ込まれた石は直径3センチほどの正円で……わたくしはピンとこないわね。ファムはクリドーが持ってるところを見たことはない?」
「いやあ、そんなのあるわけ……」
ファムは軽く最近の出来事を思い出してみた。
すると、案外早く関連性のある記憶がヒットする。
彼女は思わず「あ」と濁点の付きそうな喉を絞った声を発した。
「心当たりがあるのね」
「何日か前に、依頼を終わって帰ってきて、宿にあるほうの酒場で休んでたじゃん?」
「覚えてるわ」
「そんとき、床に落ちてたんだ。デザインからして女物だったし、近くにあったのがシルキィのカバンだったから、『ああ、こっから落ちたんだな』と思って……入れちゃった」
「入れちゃったの」
「うん」
「本人に言わずに?」
「うん……」
ファムは、カバンの開いた口から落ちたものなら、戻したと言う必要も無いだろうと思ってしまったのだ。
気まずい空気が流れる中、さらに受付嬢が申し訳無さそうに情報を付け足した。
「あのう……私も無関係ではないので、ちょっとだけ事件のことを調べていたんですが……被害者の方、財布はそのままなのに、ペンダントだけ奪われていたそうなんです。その見た目まではわかりませんでしたが」
「え、えっ? それって、もしかして……」
「死んだ被害者から盗まれたものを、現場を訪れた怪しい女の子が持ってた、ってことになるわね」
さーっとファムの血の気が引いていく。
面白いように顔面蒼白になり、体が左右に揺れ始める。
「あ……あーしが……やっちゃった? ペンダント戻したせいで、シルキィちゃん……つか、つかまっ、ツカマッチャッタ……」
ついには壊れたロボットのように発音まで怪しくなってきた。
さすがに可愛そうだと思ったのか、ルーシュはファムの頭を胸に抱き込み、「よしよし」と頭を撫でる。
それでもファムは胸に挟まれながら「ツカマッチャッタ……ツカマッチャッタ……」と繰り返していた。
「ごめんなさい、余計なことを言ってしまって」
「いいのよ、大変なことしたって気づけたんだから。貴女もあまり長く話していると怪しまれるでしょう? あとはわたくしたちに任せなさい」
「はい、よろしくお願いしますっ!」
受付嬢は深々と頭を下げて去っていった。
「さあファム、気持ちは落ち着いたかしら?」
ファムはルーシュにしなだれかかったまま、顔をあげた。
「うぅ……まさかあーしがやらかしてたとは思わなかったし……シルキィちゃんに超申し訳ないことしちゃったし……」
喋れるようにはなったが、まだどん底に落ち込んだままだ。
ルーシュは凹んだファムをかわいいと思うタイプなので、内心では『眼福だわ』などと邪なことを考えていた。
「だったら訂正しにいかないと、でしょう? ほら、しゃんとしなさい。事件を調べてる衛兵に会いに行くわよ」
「うん……頑張って説明するぅ……」
半ば幼児退行状態のファムを連れ、ルーシュは兵士たちの詰め所へと向かった。
◇◇◇
ちょうどその頃、アングラズは化物たちとの戦闘を終え、へとへとの状態で詰め所へ戻っていた。
ハルバードを壁に立てかけると、どすん、と椅子に腰掛ける。
「思った以上に手こずってしまったな。しぶとい奴らだった……」
斬っても斬っても、化物たちはまだ動こうとする。
幸い、斬り落とした部位はそのままだったが、四肢を失ってもなお飛びかかり、噛み付いてこようとする執念には、さすがのアングラズも驚かされたようだ。
「正体もわからねえ、殺しても何も残らねえ。本当に何だったんだよありゃ。オーグリスの仕業だってのか?」
化物たちは、ある程度まで体が破損すると、顔を埋め尽くしていた赤い半固体の物体が消えると同時に機能を停止した。
残された死体の顔面には大穴が空いており、本来脳が入っていたはずの場所が空洞になっていた。
「いや、あいつらも襲われてやがった……わかんねぇ……全然わかんねえ……」
頭を抱え、ため息をつく。
すると部下が部屋にやってきて、彼に声をかける。
「隊長、ちょっといいですか」
「何だ」
「若い男が尋ねてきたんですが、赤いペンダントは無いかって言うんですよ。赤っていうと、死んだ娼婦が持ってたやつだと思うんですが」
「あれを?」
「ええ、数日前に盗まれたので、押収した盗品の中にでも混ざっていないかと。外で今も待ってます」
倉庫でひとりでに動き、声を発したあの赤い宝石を思い出し、眉をひそめるアングラズ。
「男の名前と風貌は」
「クリドーって名前です。年齢は20代前半、髪は青色で短かったです。腰に剣をさげてたんで冒険者じゃないですかね」
「はぁ、クリドーねえ……」
聞き覚えのない新たな関係者の登場に、彼はうんざりした様子でため息をついた。
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