逃走成功率100%のジョブ『逃亡者』になったので、戦ったら負けかなと思ってる ~追放? 濡れ衣? 指名手配!? でも逃げるほど強くなれるので、この世界で幸せになります~
kiki
第1話 人殺しにされた日
「お前はもうパーティに必要ない」
酒場に響く騒がしい声とは裏腹に――青髪の男は、落ち着いた口調で告げた。
彼の前には、テーブルを挟んでこの国では珍しい黒髪の少女が座おり、彼女は慌てた様子で弁明をはじめた。
「でもクリドーさん、私……結構、雑用で頑張ってたと思うんだ。それに今度からはもっと頑張るから!」
少女――シルキィは頬を引きつらせながらそう主張する。
だがクリドーの表情は険しいまま変わらない。
パーティのリーダーであるらしい彼は、より直接的な言葉でシルキィに現実を伝えた。
「逃げるしか能がない腰抜けなんて必要ない、そう言っているんだ」
「う……」
有無を言わさぬ迫力に、シルキィはすっかり気圧され、何も言い返せない。
「君のジョブは何だったっけ?」
この世界で生まれた人間は、誰もが生まれつき“ジョブ”と呼ばれる才能を与えられる。
生まれた瞬間から人生が決められているようで、シルキィはあまり好きではなかったが、それを受け入れるのが常識だ。
農民、大工、戦士、魔法使い……戦闘職から非戦闘職まで、数多くのジョブが存在するが、中でも特に重要視されるのは戦闘職だ。
非戦闘職の場合は、頑張ればジョブと関係ない職業に就き、働くことだってできる。
しかし戦闘職に関しては、人類に仇なす魔物を狩り、また他国へのプレッシャーにも成りうる貴重な戦力だ。
生まれつきフリーの冒険者や、傭兵になることを定められた、才能の持ち主と言えよう。
だが、シルキィのジョブは――
「『逃亡者』、です……」
クリドーも聞いたことのないような、
「スキルは?」
「『逃走確率100%』……」
「他には無いのかい?」
「……ありません」
「それにはどんな効果がある?」
「逃げられそうなとき、絶対に逃げられる……かもしれません」
「逃げられそうじゃないときは?」
「発動できませぇん……」
「敵に立ち向かいたいときは?」
「うぅ……役に立ちません……」
ジョブは、経験を詰めば詰むほどにレベルがあがっていく。
そして一定のレベルに達すると、スキルと呼ばれる特殊な技能を身につけるのだ。
シルキィは『なんだか作り物みたいだな』と常々思っていたが、それを受け入れるのが常識だ。
これは非戦闘職でも、戦闘職でも同じである。
そんな中、シルキィの『逃亡者』はすでに10レベルほどまであがっていたが、彼女は『逃走確率100%』という、なんだかすごそうで全然すごくない、効果もよくわからないスキルしか持っていなかった。
「一方で僕のジョブは『勇者』だ。レベルも30に達し、10個を越える剣技や魔法を習得した。そろそろ強力な魔物との戦闘も増やしていこうと思っている。はっきり言うけど、君は足手まといなんだ」
「そんなぁ……」
「すまないが、明日からは来なくていい。地元にでも帰って畑でも耕したほうがいいよ」
「でも私、帰れる場所が無くって!」
「それじゃ、僕はもう行くよ」
「待ってくださいっ、クリドーさん! クリドーさーん!」
シルキィの呼びかけも虚しく、クリドーは二人分の料金を支払い店を出ていった。
がっくりと肩を落とした彼女は、テーブルの上に残された料理をぼんやりと見ながらつぶやく。
「帰れる場所があるなら、冒険者なんてやってないよぉ……」
住民の依頼を受け、魔物を狩る職業“冒険者”。
先ほど説明した通り、基本的にこの仕事を選ぶのは戦闘用のジョブを持つ人間だ。
だが、中には非戦闘職なのに冒険者を志す者もいる。
もちろん戦闘能力は低いので、パーティの雑用係が主な役割になるし、立場も悪ければ、報酬の取り分だって少ない。
それでも冒険者を選ぶのは――身寄りがなかったり、犯罪者だったり、
◇◇◇
シルキィはクビになった翌日、さっそく冒険者ギルドへとやってきた。
ここは冒険者に仕事を斡旋したり、仲間を紹介してくれるありがたい施設である。
彼女はどんよりとしたオーラを漂わせながら、受付のお姉さんに声をかけた。
「あのぉ、雑用係を募集してるパーティってありますかね?」
「条件の合致する募集が無いか確認いたしますので、冒険者証をお預かりしてもよろしいでしょうか」
非常に物腰の柔らかい女性で、ほっとするシルキィ。
彼女はかばんから取り出した冒険者証を受付嬢に渡した。
冒険者証の後ろには、自分のジョブに関する情報が記されている。
【名前:シルキィ】
【ジョブ:逃亡者】
【レベル:10】
【習得スキル】
『逃走成功率100%』
『 』
『 』
『 』
受付嬢の手元に置かれた冒険者証を改めて見てみると、実に空白のスペースが多い。
(足手まといなのは現実なんだよねぇ。逃亡者ってジョブの名前もかっこ悪いし)
こればっかりは、戦闘職になれなかった自分を恨むしかない。
それにしたって、何だかんだでレベル10になったのだから、そろそろ新しいスキルを覚えたっていい頃なのだが――
「落ち込まれることは無いと思います」
「へ?」
「パーティメンバーの女性が、シルキィさんの仕事ぶりを褒められていましたよ。きっと外されたのは特別な事情があったのでしょう」
「そう言ってもらえると救われます」
冒険者は魔物と殺し合うという性質上、気質の荒い人間が多く、そんな冒険者に対応する受付嬢の心も荒みやすい。
ひどいところだと、雑用係と口にするだけで鼻で笑われたりするのだ。
ちなみにこの“冒険者証”だが、各地のギルドで『冒険者になりたいです!』と声をかけると、最低限の筆記試験と実技試験をクリアするだけで発行してもらえる。
戦闘系のジョブを持った人間なら子供でもクリアできるぐらい簡単なものだ。
シルキィはそれに五回は落ちた。
「……ああ、そういえば」
受付嬢は、ふいに作業の手を止めて、デスクの引き出しからメモのようなものを取り出す。
「私としたことがうっかりしていました。クリドーさんから伝言を預かっていたんです」
「私にですか?」
「ええ、この場所に行けば、次の仕事がもらえる……と言っておられました」
そう言って、受付嬢はシルキィに二つ折りにされた紙を渡す。
開いてみると、そこにはこの街――イニティのとある場所を指した地図が書かれていた。
「クリドーさぁん……いい人だぁ……!」
思わず目に涙を浮かべるシルキィ。
クリドーのパーティは、シルキィを含めて女性三人、男性一人の組み合わせだった。
付き合いは三ヶ月程度だったが、戦力のバランスも良く、パーティ内の人間関係に不和もなく、女性二人はよく話しかけてくれて、割と居心地がよかったのだ。
正直言って、『うまくやっている』という自信があったぐらいだ。
それだけに、クリドーからの急なクビ宣言がショックだったのである。
しかし希望はまだ残されていた。
「ですがその住所は……」
ふと、受付嬢の表情が曇った。
「ここがどうかしたんですか?」
「あ、いえ……クリドーさんも善意で動かれたはずですから、大丈夫だと思います」
「はあ……」
結局、彼女はその理由を教えてくれなかった。
シルキィはギルドを後にし、指定された場所へと向かう。
◇◇◇
「わざわざこんなのを用意してくれるぐらいだし、クリドーさんも悩んでくれたんだろうなぁ」
しみじみとクリドーの思いやりから伝わってくる暖かさを胸に噛み締めながら、路地を入り、治安の悪そうな通りを抜け、怪しげなが立ち並ぶ区域に突入する。
そこで彼女は足を止めた。
「どう見ても場違いだけど、ほんとにここで合ってるのかなぁ」
数ヶ月この街に滞在しているシルキィだが、一度も踏み入れたことのないエリアだ。
それもそのはず、ここはいかがわしい店の立ち並ぶ、いわゆる風俗街だったのだから。
(受付嬢の人が変な顔してたの、こういうことだったんだ。もしかして私、騙されて……冒険者なんてやめて体を売ったほうがいいってこと? いやいや、クリドーさんに限ってそんなはずは)
冷や汗が背中を濡らす。
そしてついに目的地に到達すると――シルキィは思わず周囲を見回した。
そこは表通りではなく、とある店の裏側にある、まったく人の居ない場所だったからだ。
「ここ、だよねぇ。うーん……100%文字を読めてる自信があるとは言い切れないけど、たぶん合ってるはず……」
メモとにらめっこしながらぶつぶつとつぶやいていると、
「おい、そこのお前」
「ひゃんっ!?」
誰かの手が肩に置かれた。
恐る恐る振り返ると、そこには強面の男が二人立っていた。
鎧を身に着け、手には槍を持っている。
「衛兵さん?」
「そうだ、とある事件を調査している。お前はなぜここにいる?」
「仕事を……」
「娼婦か?」
「あ、い、いえっ。仕事を紹介すると言われて、ここに来たんですけど……」
素直に答えるシルキィだったが、逆に訝しまれてしまった。
「お前、怪しいな」
「いえいえめっそうもございません! 私はただの冒険者でっ」
「カバンの中を確認する、開け」
「は、はいっ!」
特に断る理由は無かったので、素直にかばんを開くシルキィ。
衛兵のうちの一人は武器を手に彼女を睨みつけ、もう一人が乱雑に中身を漁る。
すると彼は、中からナイフを取り出した。
シルキィは一瞬ドキッとしたが、仕事で使うものだ、やましいことは何もない。
衛兵が柄から抜く様子をじっと見守っていると――中から出てきたのは、赤黒い血で汚れた刃だった。
「何だこれは」
「なんですかそれ!?」
「動くな! なぜナイフが血で汚れている!」
「私も知りませんっ!」
「そんなはずはないだろう、お前の持ち物だぞ!?」
「そうなんですけど、本当に心当たりはなくって!」
「他には何か持っていないか……ん、これはまさか……!」
さらに衛兵はかばんの中から、赤い宝石が埋め込まれたペンダントを取り出した。
シルキィはまったく知らないものだ。
「証言にあった、死んだ娼婦が持っていたペンダントだな」
衛兵の目つきが、犯罪者に向けるものへと完全に変わる。
「しょ、娼婦? 死んだ?」
「白々しいな」
「知りませんっ、私、本当に何も!」
「犯人は犯行現場に戻ってくるというやつだ。よし、連行するぞ」
「待ってください、本当なんです!」
「抵抗するな! 何ならここで首を落としてもいいんだからな?」
槍の冷たい穂先が、シルキィの喉元に当たった。
彼女は「ひいぃっ」とか細く悲鳴をあげ、体をすくませる。
逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。
しかし、まったく状況が理解できない中、そんな決断ができる人間がこの世にどれだけ存在するだろう。
「違う……違うっ、私は……本当の本当に何も知らないのにぃぃぃー!」
衛兵はシルキィの両手を後ろで縛り、乱暴に引きずり連行した。
見世物にするように、わざわざ道の真ん中を通りながら。
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