第36話

「そういやお前、ずっとそこにいて腹は減らないのか?」


 獣人族の集落で、味付け加工したいろんな肉と、それに魚、調味料各種、野菜を譲って貰ってから電気くんの所へと戻って来た。

 集落までの三日間も、毎朝ここに戻って来て体力を貰っていたので久しぶりでもなんでもない。


 電気くんがどういう経緯で封印されているのかは分からないが、とにかく今いる範囲からほぼ動くことが出来ない。

 周辺にはモンスターも寄り付かないし、それはもちろん動物も一緒だ。

 いつからそうなのか……電気くんはきっと何も食ってないだろう。

 

 俺のこの人生において、食えないこと以上に辛いことはなかった。


「お前、肉食うか?」


 最初は同情からだった。

 でもふと思いついたんだ。


 こいつを──餌付けできないかって。


「セシリア、狩りに行くぞ!」

「ふえ? まだ昼だよ?」

「ルガーウルフを狩りに行く訳じゃない。肉を狩りに行くんだよ!」


 丘を越え、手頃な肉を探す。

 近くの茂みから音がして、飛び出してきたのはホーンラビットだ。


 瞬き一つ。

 ジャンプした体制のまま止まった奴の体は、そのまま宙を飛ぶ。

 正面からハンマーでぶん殴れば、一時停止解除後にピクピク痙攣しながら血泡を吹いてそれっきりだ。 


「これ一匹じゃ足りないかな?」


 電気くんは十トントラック並みのデカさがある。ホーンラビット程度じゃ、おやつにもならないだろう。

 せめて五匹ぐらい狩るか。






「獲れたて新鮮だぞ!」


 封印石の内側には入らないよう注意しながら、狩った獲物を電気くんに向かって投げ入れた。

 お、電気くんが鼻をひくひくさせているぞ。

 よしよし。餌付け作戦成功するんじゃないか?


 ──と思ったその瞬間。


 ホーンラビットが飛んで来た。


「あぶねっ! 角刺さったらどうすんだ!」

「電気くん、いぁないってことじゃない?」


 ホーンラビットを飛ばしたのは、もちろん電気くんだ。

 丸くなって寝ていたくせに、気づけば起き上がって兎を猫パンチしてこちらに飛ばしてきやがったのだ。


 猫──というよりは毛の長い虎といった感じか。

 そいつが今、封印石を挟んで俺との距離は十メートルほど。


 は、はは。

 ずっと蹲っている姿しか見ていなかったけど、立ち上がるとほんとデカいな。


 ホーンラビットを送り返した後は、また興味無さそうに踵を返して定位置で丸くなった。


「ちっ。食わないのかよ。いいさ、だったら俺たちだけで食うからさ」


 ホーンラビットの解体に取り掛かる。毛皮は……取っておくか。


「リヴァ、出来ぅ?」

「で、出来る! やる!」

「じゃあ見ててあげぅ」


 くそっ。セシリアの奴め、お姉さんぶりやがって。

 俺だってちゃんと出来るさ。


 うん、こうだろ。で、こうやって……。


「ヨシ!」

「ヨシ違うでしょっ。身ぃ皮にいっぱい残ってうぅーっ」


 ……細かい奴だなぁ。

 捌いた肉をステーキの厚みに切って、集落で貰ったタレに漬け込んで──暫く放置。


「セシリア、明るいうちに茸とか木の実を集めようぜ」

「うん。茸、なんでも採っちゃダメよ」

「……分かったよ」


 獣人族の集落に向かうまでの間、俺が見つけた茸はことごとく毒茸だった。

 ちくしょう。なんで毒茸ばっかりなんだよ!

 そういや日本に自生する茸も、毒茸の種類の方が多いんだっけ?


 茸を見つけてはセシリアにダメ出しされ、見つけてはダメ出しされ……見つけては──


「うん、それはイイネ!」

「食えるのか!? よっしゃ!!」


 ようやく見つけた茸を手にテントへと戻ると、さっそく味噌汁の準備だ。

 具材は茸と、それから集落で貰った大根だ。

 あとはじゃがいもを皮付きのまま焼いて、食う時に塩を振れば十分美味い。


「町で小麦粉を買っておくべきだったなぁ」

「うんうん。私、買いに行く?」

「いや、いい。なければなくても死にはしないからな」


 それよりも、ひとりで人間の町に行かせる方が心配だ。


「よし、それじゃあタレ付けにしたお肉さまを焼くとするか」


 タレに漬け込んだ肉は、ダイナミックに串焼きにする。これが一番うまいと獣人族に教えられた。その為の串棒まで貰ったんだからな。


「おぉ、さっそくいい香りがして来たな」

「ん~、早く焼けないかなぁ」


 魔石ではなく焚火で炙る肉を、時々回転させてまんべんなく火が通るようにする。

 十分ほどすると、肉汁滴る美味そうな焼き加減に。


 ──ガサ、メキッ。


 そんな音がして、背中に悪寒が走る。


 ま、さか……封印石が……


 振り返り、瞬き──


 そこには奴がいた。

 封印石の、その範囲内で奴は──


 涎を垂らし、じっと──じっと見つめていた。


 タレ漬け串焼き兎肉を。


 一時停止中でも、奴の口から垂れ出た涎はだらーっと地面に落ちていく。

 そして一時停止が解除されると、その量は一気に増した。


 串を掴み、肉を右に振る。

 電気くんの視線がそれを追う。

 肉を持って左に走ると、電気くんが追いかけて来た。封印の範囲内で。


「生肉には反応しなかったクセに」

「味付きがいいのかなぁ」

「なんて贅沢なモンスターだ」


 だが。

 これで餌付け作戦、成功するかも?


 串に刺した肉をぽーんっと投げると、奴は上手くそれを口でキャッチ。

 そのままもぐもぐと口を動かした後、ごくんと飲み込んだ。


 ぺろりと舌で口の周辺を舐めると、再び俺を見る。


「まぁあれじゃ足りないか。仕方ない」


 もう一本の串焼きを投げてやると、それもペロりと平らげる。

 再び俺を見るが、ちらりと視線を逸らした後踵を返して定位置に戻って行った。

 何を見た?

 あぁ、焚火か。


 焼いている肉がもうないことを理解して、戻ったようだ。

 へんなところで賢い奴だなぁ。

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