異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
一章
第1話:スタンピード
人は……死の淵に立たされた時、何か特別な力にでも目覚めるのだろうか。
ここはそういう世界なのだろうか。
それとも──
「はぁ、はぁ、はぁ……」
魔石の明かりに照らされた通路を、
「死にたくねぇ、死にたくねぇんだよっ」
「わっ──」
突然誰かに肩を掴まれ、そして後ろに放り投げられた。
後ろからは無数のモンスターが迫っている。そのモンスターに向かって、僕は投げ飛ばされた。
『ガルルァァ』
「あ……いや、だ……僕だって死にたく、ない」
そう願っても、それは叶いそうにない。
僕の後ろには血に飢えた無数のモンスターがやって来ていた。
スタンピード──生息階層を離れることのないモンスターが、突然地上を目指して大行進する。
数年に一度起きるかどうかというソレが、今……起きた。
そして僕は今、ここでモンスターに喰われる。
たった十年の命だったけど、僕が生まれてきたのはこの時のためなんだろうな。
だってダンジョンの居住区画で生きている人は、スタンピードが起きた時のために生かされているのだから。
鎮圧部隊が到着するまでの時間稼ぎ──つまりモンスターの餌だ。
「そ、そうだよ。僕がここで死ぬのは、最初から決まっていたことなんだ。は、はは。決まっていたことなんだから、怖がる必要もないんだ」
『グルルルァ』
「怖くない怖くない怖くない怖く──い、やだ……死にたくない死にたくない死にたくないっ」
そう願っても死ぬんだ。
ぎゅっと目を閉じ、その瞬間を待つ。
モンスターの吐く息がすぐ傍で感じられた。
その瞬間──記憶が蘇った。
ここではない別の世界──地球という惑星の日本という国で生きていた、藤谷隆二という男の記憶が。
おいおい。二十代前半で事故死した前世より、今世の
よりにもよって死ぬ直前に記憶が蘇るとかどうなんだよ。
四十年にも満たない二つの人生で二度寝ならぬ二度死とか……。
あぁーっ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
止まれ止まれ止まれ止まれーっ!!
「それ以上俺を喰おうとするな!」
閉じていた目を見開き、俺を喰らおうとしていたモンスターを睨む。
これは異世界転生だ。だったら転生者特典とかあって当たり前だよ!
睨むだけで相手を殺せるとか、目からビームとか!!
あ、ビームは出ないみたいだ。
けど……
「なんでこいつ、止まってんだ?」
口を開けたまま、獣のようなモンスターは動きを止めている。
「あ? なんだ、この数字」
視界の隅に数字が見える。手を伸ばしても触れられない……この数字、減っていってる?
2……1……0。
『ガアァァッ』
「うぇっ。急に動き出した──くそっ──く……止まった?」
ビックリして瞬きした瞬間、またモンスターが止まった。
数字は10……十秒か?
十秒だけ止まって……いや、止めている?
「や、やった! 今のうちに逃げ……は? これはなんだ」
次から次に、いったんなんなんだ。この黄色い三角マークはよ。
どうせこれも触れないんだ──
[強奪するステータスを選択してください]
──はい?
だ、誰の声?
『グガ……ガ?』
「やべっ。動き出した」
モンスターが混乱している間に早く逃げなきゃっ。
「止まれ──」
と叫んだが止まらない。じ、条件が違うのか?
『グルルルルゥ』
念じるだけじゃダメ? 他には……他……瞬きか!?
止まれと念じながら瞬きをする。すると案の定、モンスターの動きは止まった。
しかも後ろのモンスターも揃って止まっている。
は、はは。こりゃいい。
いいけど、動きを止めたところで俺にはどうすることも出来ない。
モンスターを倒す? この十歳の体で?
無理無理無理無理。
逃げる!
それしかない。逃げで──振り向いて動きを止めて──逃げて……。
「う……眼が痛い。もしかして、使用回数の上限があるのか?」
これじゃあ逃げ切れない。十秒足止めしたところで、子供の足じゃあ直ぐに追いつかれる。
せめて避難区画にまで逃げ込めれば……そう思っていたけれど、そこまでまだまだ距離がある。
あと何十回と動きを止めなければ、とてもじゃないがたどり着かない。
ダメ……なのか……
そう思った時、突然すぐ横の通路へと引きずり込まれた。
「よく頑張ったな坊主」
「え?」
俺を担ぎ上げたのは獣人族の男だった。
虎をそっくりそのまま擬人化姿の獣人族は、灰色の珍しい毛色をしている。
「お前ぇ、軽いな。だったらこの先の空気穴から放り投げれば、届くだろう」
「なっ。く、空気穴って、天井まで五メートルはあるんだぞっ」
「なぁに。俺様は筋力には自信がある。めちゃんこだ。だから届く!」
おいおい冗談だろ。確かに獣人族は人間に比べてパワーがあるって、記憶が蘇る前の
だからって五メートルだぜ。いくらなんでも届かないだろ。
それに上の階──地下三階の町まで地面の厚みだけでも数メートルあるんだ。
届く訳がない、届く訳が──
『ルガアァァッ』
「ち、もう来やがったか」
止まれっ──咄嗟にモンスターの動きを止める。
止めきれなかった奴らに押し出され、硬直したモンスターが雪崩のように転がって来た。
「うっらあぁっ!!」
雄たけびにも似た声と同時に、俺の体が宙に投げ出された。
まっすぐ、垂直に上昇。
視線を移すと、あの獣人族がニッコリ笑って俺を見上げていた。
「長生きしろよ、坊主」
「あ……ああぁぁぁっ」
カウント0……。
優しい笑みを浮かべた獣人は、押し寄せたモンスターの波に攫われ……
「止まれえぇぇーっ」
空気穴から見える僅かな視界では、ほんの数匹しか動きを止めることは出来なかった。
この瞬間、眩暈がして──
「おい、穴から子供が飛び出して来たぞ!?」
「キャッチ! もう大丈夫だぞ少年」
地下三階まで飛び出した俺は、ゴツゴツとした腕に抱き留められた。
薄れゆく意識の中、俺は必死に懇願する。
「この下に……俺を……俺を助けてくれた人がいるんだっ。助けて、助けてっ。誰かあの人を助けて!!」
そこまで叫んだあと、意識はぷっつりと切れた。
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