第25話 その欲望は解放してはいけない
中楚の発言に驚いた俺は固まってしまうが、向かい合う中楚は尚も不服そうな顔をやめない。
別段中楚の口から出るワードとしては珍しくもないけれど、具体的に俺を指されてしまうと話が変わってくる。
「きゅ、急に何言ってるんだ!?」
「アタシ、自分で言うのも何だけどスタイルはいいし、出るところは出てると思う。それに自分で言うのも何だけどかなり清楚かつ美少女だと思う」
「……その枕詞付ければ謙虚になると思ってる?」
「じゃあ、自分で言うのは悪いとも何とも思ってないけど、おっぱいとか顔とかそういうところは自信はあるの!」
声を大きくしながら中楚は開き直った。そこまで言われるといっそ清々しい。
「そんなスーパー美少女のアタシと密室空間でこれだけ一緒にいるのに……テルクニは普段から何とも思ってないのかと思って」
「そ、それが普通だろ。邪な目で見てる方が問題がある」
「そうなんだけど、全く何も思われないのはそれはそれで……ちょっと傷付く」
中楚は上目遣いで俺を見てくる。その言動が何かの作戦か素でやっているのか、あまり冷静ではない俺では判断できなかった。
「さっきのアタシの水着姿、少しは見たと思うけど……その上でテルクニは何も感じなかったの? むしろ見たくもないって思ったの?」
「お、落ち着け中楚。別に俺が何を思っても中楚が自信を無くす必要はないから……」
「アタシが今聞きたいのはテルクニがどう思ってるかなんだけど」
中楚は前のめりになって俺に顔を近づけるので、俺は咄嗟に体をのけ反らせる。
「テルクニ、アタシの顔そんなに好きじゃ……」
「ち、違う! 急に近づかれたら誰でも驚くだろ!?」
「じゃあ、ちゃんとテルクニの言葉、聞かせて欲しい」
椅子に座り直した中楚はそう言うが……いったい何を言ったら正解なんだ!?
中楚は俺のことを勘違いしている。俺だって時には妄想の一つや二つはするもので、男の子的な発想は少なからずあるものだ。
そんな中で俺はいつかの野球拳で中楚が脱ぎかけたシーンを時々思い出してしまうし、この前教室で中楚に抱き着かれてからその感触や香りが忘れようにも忘れられない。
悔しいが美少女の中楚の二人きりというシチュエーション自体は男の子的にはそそられると言っていい。
だから、もしもその先で何か起こっていれば……と考えることだってあるのだ。
それに、ついさっき一瞬だけ見たはずの中楚の水着姿も頭の中にしっかりと残ってしまって……今中楚の制服の下にあると思うと非常にドキドキしてしまう。
でも、それはあくまで脳内や想像の範囲内で留める話であって、当の本人に伝える話ではない。今の関係性が決して健全とは言えないが、それを俺が言ってしまえばマジの不健全になってしまう。
ただ、逆に考えれば俺のそういう感情を知りたがっている中楚って実は俺のことを……いやいや、待て! いくら涼花ちゃんの件で傷心気味とはいえ、そんなことは考えるもんじゃない!
きっと中楚は長らく教室へ行っていないから人との距離の詰め方を忘れてしまっているんだ。だから、急にこんなことを……言うか? 当然ながら前例がないのでわかるわけがない。
だったら、俺は輝邦的にまずい項目を避けつつ、冷静かつ真摯に中楚の疑問に答えてやるしかないのだが……それを考えていくと、俺はまた中楚に向かって恥ずかしい台詞を吐くことになる。
「テルクニ……?」
心配そうに俺の様子を窺う中楚を見て、わざとやっているわけじゃないのがわかってしまった。その瞬間、俺は心の中で覚悟を決めて喋りだす。
「……水着については本当に一瞬しか見ていないから何とも言い難いけど、別に似合ってないからとやかく言っているわけじゃない。むしろ、たぶん似合うんだろうなとは思ってる」
「そうなの?」
「いつか言ったかもしれないが、俺の中楚に対する初期印象は普通に……綺麗な女の子だと思ったし、今も黙っていればそういう空気を感じることもある」
「喋ってたら?」
「半減する」
「なんでぇ!?」
「そういうところだよ。でも、まぁ、それで中楚の評価が著しく落ちるわけじゃないから……要するに! 俺もふとした時はドキドキすることもあるってこと!」
途中で言葉を選ぶのが面倒くさくなってしまった。この後、どうなるのかさっぱりわからないが、もう煮るなり焼くなり好きにしてくれという気持ちで。
そして、俺のやけくそ気味の答えを聞き終えた中楚は……
「なーんだ! じゃあ、テルクニもちゃんと性欲あるんじゃない!」
俺が想像していたのとは全く違う感想を述べる。
「現役男子高校生なのにテルクニがエッチな感情ないのかと思って心配しちゃった」
「はあぁぁぁ!? なんだよそれ!?」
「大事なことでしょ。そこを確認しておかないとアタシの今後の方針も変わってくるし」
「おま……俺が……どんな……くぅ!」
怒りたいのか悲しみたいのか、自分でもわからない感情が渦巻く。どうして今日は二回も情緒を乱されないといけないのか。
「それでテルクニは……水着ちゃんと見てないんだよね?」
「そ、それがなんだよ!」
「テルクニが見たいって言うなら……見せてもいいんだけど」
「今更見たって俺は脱ぎはしないぞ!?」
「それはいいから……本当に似合ってるかちゃんと見て欲しいし」
そう言った中楚は……少し照れていた。その言葉に誘われて俺はまた制服を見て、その下を想像して、生唾を飲んでしまう。
中楚、いったいどういう感情でそれを言ってるんだ……? 俺はもうわからないよ。女の子って案外水着を見て貰いたいものなのか? 似合ってると言われると嬉しいのか?
確かに中楚の言う通り、水着自体はエッチなものではないんだ。中楚も望んでいるのだからもう1度くらい見てもバチは当たらないのでは?
「どうする? テルクニ」
中楚は再び聞き返しながら制服の上のボタンに手をやる。
もしかしたら今日の空振り具合は、中楚の水着を見るための貯めだったのかもしれない。そんな風に思考が行き始めるほど疲弊した俺は――
「へっくちゅん!」
少しの沈黙を破ったのは思ったよりも可愛らしい中楚のくしゃみだった。ちゃんと直前に手で口を抑えたのはマナー的に満点だ。
しかし、それと同時に俺は現実に引き戻された。
「……み、水着なんか着てるから寒くなってるんじゃないか?」
「ここは温めてたからそんなことは……くしゅん!」
「それでも水着と下着じゃ話が違うだろ。今の中楚に必要なのは脱ぐことじゃなくて着込む方だ。何か羽織るものないのか?」
俺はそう言いながら立ち上がって準備室内をわざとらしく見回す。羽織るものなんてないのはわかっているのに。
「はっ!? それならテルクニが全部脱いで上着をアタシに着せてくれたらいいのでは!?」
「全部脱ぐ必要はないだろ!? コートとか着て来なかったのか? というか、朝学校に来るまでが寒かったんじゃ……」
それから中楚が口を挟む暇がないように立て続けに喋った俺は、直前の流れをうやむやにすることに成功した。
もしもあの瞬間、中楚がくしゃみをしていなかったら、俺は中楚の誘いを断ることができたのだろうか。それで水着を見たところで中楚に対する感情が変わったのだろうか。
結局、中楚の意図はよくわからなかったが、何とか関係性は崩れずに済んだ……ってなんで俺がそんな心配しなきゃならないんだ。
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