第7話 寂しさに釣られてみる?
「テルクニが全裸になってくれないならこのまま何もやることがなくなってしまうんだけど?」
部屋の湿気がようやく取れてきた頃、中楚は俺を責めるようにそう言う。昨日は榎沢先生が途中介入してくれたおかげでそのまま帰宅できたけど、そういえば今日はいつまでここにいればいいかわからなかった。
「やることないって……一応美術部の活動があるんじゃないのか?」
「直近にある文化祭の作品はもうできているし、この後は各々参加したいコンクールへ出すために作品を練る時間だから今は活動らしい活動はない期間」
「そうか。展示を考えたらもうできてないと駄目な時期か。そうなると……」
「全裸になるしかなくない?」
「なくなくない。もう解散でいいんじゃないか?」
高校から純粋なる帰宅部となった俺はそう言い放つ。いや、別に帰宅部じゃなくとも脱げと言われるだけの空間で時間を無駄にしたくないのだ。
「せったく来たんだから一回くらい脱いでいってよ」
「そんな軽々しく脱げるか」
「……なるほど! それは盲点だったわ!」
中楚は僕の言葉を聞いて何かを閃く。凄く嫌な予感がする。
「最高のモデルになって貰うためにはそれに相応しい雰囲気作りが必要だったわけね。昨日のアタシはとにかく全裸が見たい……じゃなくて、脱いで絵を描きたい気持ちが強かったからそういう心を忘れていたわ。どんな時でもおもてなしの心が大事なのよね」
「まぁ、言っていることはちょっと正しいから何ともだけど、どうされたって脱がないからな?」
「とりあえず、換気はこれくらいにしましょうか。あっ、窓はアタシが閉めるからテルクニはそこで待ってて」
おもてなしモードに入った中楚はテキパキと窓を閉めたり、室内の物を動かし始める。元はといえばお前が過ごしづらいジメジメした部屋にしたのだが、と思いつつも僕は暫く様子見する。
そして、準備を終えた中楚は僕と向かい合うようにして椅子に座った。
「よし、これで完璧ね」
「そうなのか? 脱ぐつもりはないけど、絵を描くんだったら用紙とか絵の具とかいるんじゃ……」
「それは後。まずはモデルさんに気持ちを作って貰わないとね。だから、これからアタシが雰囲気作りに協力するから」
微笑む中楚からはこれからやろうとしていることが何なのか予想できない。でも、モデルに気持ちを作って貰うというのは本当にやるかどうかは知らないけど、それっぽい感じはする。まさかこれで俺も全裸になっていいという気持ちになったりするのか……?
「最初は自己紹介からして貰おうかな。名前と年齢からどうぞ」
「え、えっと……三雲輝邦、17歳」
「へー 17歳ってことはもう誕生日は迎えたんだ? 何月生まれ?」
「7月だけど……」
「夏生まれかぁ。それじゃあ、好きな季節も夏だったり?」
「うーん……どっちかというと夏かもしれない」
「そうなんだ……もしかして緊張してる? 大丈夫、初めてでも優しくするから」
「……おい、中楚」
「それじゃあ、まずは上半身から……」
「おい! 待て! 一旦止まれ!」
「何? めっちゃいい雰囲気だったのに」
不服そうな中楚に「どこがだよ」と俺はツッコむ。急に馴れ馴れしい口調になったかと思ったらとんでもないことをしてきやがった。
「何が悪いの?」
「何もかもだよ。いったいどこでそんな知識を……」
「アタシ、テルクニが何を言ってるのか全然わからない。アタシはテルクニのことを知りながらリラックスして貰おうとしていただけなのに、テルクニはどこが悪く感じたの?」
「いや、それはその……」
「さっきの会話に不自然なことあった? 御年17歳のテルクニが不味いと思うようなことあった?」
そう言われてしまうと……何も不味いところはない。いや、でも、中楚はわかって言ってるだろ。俺はこの一連の流れが何のことだかさっぱりだけど。
「フッフッフッ。反論できないようね」
「……帰る」
「えっ!? なんで!?」
中楚にそう聞かれるけど、俺は何も言わない。ただ、心の中では何でこんな馬鹿馬鹿しいことをしているんだと思っていた。
「テルクニ、ちょっと……」
「俺にだって色々都合があるんだ。今日はもういいだろう」
それと同時にこのまま不毛なやり取りをしていても仕方ないと思って少し突き放していた。中楚が飽きるまでは開放されないのならこれくらい言う方が離れやすいはずだ。そう考えての行動だった。
「わ、わかった。今日はもういい……けど」
「けど?」
「あ……明日もまた来てくれる……?」
そう言った中楚は……少しだけ寂しそうな表情をしていた。初めて見る表情と言うにはまだ付き合いが浅過ぎるが、それでもこの短い時間の中で見せてこなかった表情だ。
中楚に対する疑問は尽きない。裸夫のモデルに選ばれた理由は未だに納得してないし、妙にきわどい言葉を使うのは何なんだと思うし、他の美術部員と混ざらないでここに一人でいるのもどう考えたっておかしい。
ただ、昨日も思っていたことだけど、中楚は決して悪い奴ではない。いや、学校教育上良くない言動はしているし、頭が悪いことはしている気もするが、その多くは裸夫を描くことを目的にしているからであって、悪気はないのだと思う。
現に蒸し暑い部屋を用意したことは俺が来ることを期待してやったことで、好意的に解釈をすれば楽しみにしていたのだろう。
「……来ると思う。さっきも言ったが、俺にも事情がある」
俺が榎沢先生の頼みを聞いたのはそんな中楚に対する疑問を解決したい気持ちと何となく感じる同情心もあると思う。
「……そうなんだ。わかった。それじゃあ今日は……」
「それと……もう少しだけならいてもいい。色々都合があるけど、俺は帰宅部で暇ではあるからな」
「テルクニ……」
それに余計なことを言うなら、女の子にそんな寂しそうな顔をさせるのは気分が良くない。たとえ中楚がちょっとズレていようが、飽きるまでの付き合いだろうが、俺は紳士的な対応をすべきなのだ。
「……ちょろいわね」
「……は?」
「まさか泣き落としが一番有効だったなんて、最初からこれを使えば良かったわ」
「……やっぱり帰る」
「待って! アタシには病気の弟と行方知れずの愛犬が!」
「どういう設定なんだよ!? しかも俺を帰らせない要素としては全然関係ないし!」
「もう一回! もう一回だけインタビュー形式でテルクニを気持ちよくさせてみせるからー!」
「語弊がある言い方するな!!!」
前言を撤回しよう。この変人には同情心とか紳士的とか、そういう一般的な思考はいらないようだ。早くこの生活から脱するためにも飽きられる方向にがんばろう。
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