第2話 運命のS/準備室の令嬢

 浮足立つ気持ちを抑えながら俺は放課後に美術室へ向かう。3階の芸術棟とも呼ばれる部分にある美術室は普通科の俺だと選択授業で取らない限りは入らない部屋だ。俺は何となく音楽の授業を選択したから用があるとすれば同じ棟にある音楽室で、美術室へ入るのは初めてのことだった。


 そして、扉の前に立った時、俺はふと思う。


(部活中に部外者がいきなり入るのっておかしくね?)


 てっきり扉の前で涼花ちゃんが待ってくれている感じかと思っていたが、そんなこともなく室内では少しの話し声と何らかの作業をしている音が聞こえる。聞く話によるとうちの学校の美術部は男子がいないらしく、そんなアウェー感の中に入るのはもしかしなくても相当勇気がいることではないかと思い始める。


(いや、しかし……涼花ちゃんがわざわざ俺を名指しで呼んだのだ。ここで怖気づいてどうする!)


 何とか自己解決して、決意がみなぎった俺はそのままの勢いで……とりあえずノックする。


「お疲れ様です。わたくし、本日ここに所属している捻木さんに呼ばれた三雲輝邦と申しますが……」

「あっ! 三雲クン、そのまま入っていいよ!」


 涼花ちゃんの声を聞いて少し安心した俺が扉を開けると、中では部員の皆様が用紙を置くスタンドの設置や資料の整理など今日の活動の準備をしていた。高校から帰宅部の俺からすると、この雰囲気は久しぶりに感じる。


 その部員の皆様は俺のことを見ると……「おー」という反応を見せる。歓迎されていないわけじゃないし、悪い空気は出てないけど、不思議なものを見る感じ。

 でも、そういう反応をするということは俺が来ることをわかっていたということになる。

 

 そんなことを考えながら自分の身の置き場を探していると、涼花ちゃんが駆け寄ってくる。


「ようこそいらっしゃいませ、三雲クン。今日は本当にありがとうねっ!」

「い、いえいえ。本当に暇だったのでお気になさらず……」

「もう、そんなによそよそしくしないでもいいよ? 尾通クンと話してる時みたいにしてくれて大丈夫だから!」


 涼花ちゃんの気遣いの心に俺は心打たれた。こういうところがさっき秀吾に言いたかった涼花ちゃんの良いところだ。


「わかった。それで今日は捻木さんのために何をすればいいの?」

「ううん。用事があるのは私じゃないよ」


 そんな涼花ちゃんのためになるならたとえ火の中水の中、あの子のスカー……あれ?


「……え。今なんと?」

「用事があるのは私じゃないよ」


 涼花ちゃんは微笑みながら丁寧に同じ言葉を繰り返してくれる。こういうところもさっき秀吾に……ってそうじゃない。


「それじゃあ、いったい誰が何の用事で俺を……?」


 当然出てくる疑問を口にしながら俺は改めて室内を見回す。部員の中には見た覚えはある同級生はいるが、どの女子も特別知り合いというわけではない。

 それならば美術部全体に俺へ用事が……と考えるとやっぱり最初に思ったことに戻ってしまう。帰宅部で美術を選択していない俺が美術部の誰かに呼ばれる用事とはどういうものなのか。


「三雲クンに用事があるのはあっちの部屋にいる子」


 そう言った涼花ちゃんが指差した方向に見えるのは美術の授業でも使うであろう黒板の隣にある扉だった。


「あの部屋は……」

「美術準備室だよっ。今は訳あって本来の準備室としては使われてないんだけどね」

「そ、その準備室にいる子が……それって、俺の知り合いだったりする?」

「どうなのかなぁ。私、三雲クンのこと同じクラスの男子ってことしか知らないからわかんない」


 少し距離を感じる言い方で突き放されてしまったが、今はそれどころじゃない。涼花ちゃんに言われた時から想像していた展開とだいぶ違う。


「とにかく入って話を聞いて貰えると嬉しいかなっ」

「わかった! 行ってきます!」


 悲しいかな、涼花ちゃんの笑顔と共にそんなことを言われてしまったら俺は進むしかない。準備室の扉の前に立つと、またノックをして反応を待つ。

 すると、中から「どうぞ」という女子の声が返ってきた。俺は「失礼します」と言ってゆっくりと扉を開けて恐る恐る中へ入る。


 その部屋の香りや雰囲気は直前にいた美術室とさほど変わらないが、美術準備室という名の通り絵を描く道具やモデルとして使う像が置かれていた。部屋の大きさとしては普通の教室と比べると半分もなく、色々と物があるせいか余計に狭く感じる。

 そんな部屋の窓際の辺りに先ほども見た用紙を置くスタンドが見えた。その奥に座っていたのは――


「よく来てくれたね」


 一人の女の子だった。でも、その子を見て俺は懐かしさを感じることもなければ、運命的な何かを感じることはない。完全に初めて会う子だ。

 それなのに女の子の方は俺のことを知っている風な出迎え方をする。


「は、はい。初めてまして……ですよね?」

「そんなに畏まらなくていいよ。アタシ達同級生なんだから」

「そ、そうなのか。それで、繰り返しになるけど、初めましてで――」

「本当に来てくれて嬉しいよ。こんなに早く来てくれると思っていなかった」


 立ち上がった女の子は長い髪の先を自分で弄りながらこちらへ近づいて来る。


(……やっぱり知らない。仮に会っていたとしたらこんな子を忘れるはずがない)


 俺がそう思った理由を包み隠さず言うならばこの子が普通に美人さんだと思ったからだ。俺は勝手に涼花ちゃんをクラスのマドンナだと言っているが、この子に勝手に二つ名的なものを付けるとしたら深窓の令嬢とか、ミステリアスビューティーとかそういう言葉が当てはまる。

 そして、俺はそんな空気に少しだけ見惚れていた。先ほどまで涼花ちゃんに呼ばれて浮ついていた心は一瞬にして塗替えられてしまった。


「じゃあ、早速で悪いんだけど……」

「は、はい……」


 そんな美人さんが更に顔を近づけて俺を観察すように見てから言ったのは……


「脱いで貰えるかな」

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