取り調べ2回目

 食べ終わると同時に館内放送が響く。宿泊客は全員エントランスに集まってください、との事だった。帰れそうにないな、と思いながら香本はエントランスへと向かった。

 エントランスに行くと他の客が集まり始めている。遺体が見つかったという事実を知らされていない彼らは一体何があったのかとざわざわしている。


 ――うるさいな。うるさいのは嫌いだ。


「あー、この旅館で他殺と思われる遺体が発見されました。監視カメラ等確認しましたが怪しい人物が玄関を出入りした様子はありません。この中に犯人がいる可能性が高いので皆さんには許可が下りるまで各自の部屋から出ないでください」

 その言葉に他の客は驚きと戸惑いでさらにざわつき始める。数人の客は明日から仕事がある、一体いつ解放されるんだと警察に訊ねるが、警察の男は「事件が解決するまでずっとです」とそっけなく言うとやや威圧的な態度で「さっさと部屋に戻ってください」と指示をしてきた。先程の坂本たちのようになんだその態度はと文句を言う客もいたが、警察の男は聞こえるように大きく舌打ちをすると、ドスの効いた声でこう言った。

「ごちゃごちゃうるせえ、戻れって言ってるだろうが。指示に従わねえなら、何かごまかしたり隠そうとしてるってことだよな」

 まるでヤクザを思わせるその雰囲気に先ほどまで文句を言っていた者たちも黙り込んでしまう。そしてなんだこいつは、と口々に言いながらぞろぞろと部屋に戻っていた。

「犯人の第一候補の皆さんはちょっと残ってな」

 鼻で笑いながら香本達にそう言うとドカっとソファーに座ってふんぞりかえる。

「旅館から通報を受けた時あれこれ聞いてたから、さっきの聞き取り軽く済ませたが現場を見てとんでもないことがわかったんでな。お前等ん中に殺した奴がいるって確信した」

 現場を見ただけでなぜそんな確信ができたのだろう。そしてそれなら何故他の客を閉じこめる必要があるのかと疑問に思っていると、警察の男の態度に嫌気がさしているらしい坂本や梅沢、守屋は不快感を隠そうともしない。

「聞かれたことだけ答えな。ここからは任意聴取じゃなく取り調べだ。拒否したら被疑者としてその場で逮捕。理解できたかお子ちゃま」

 まっすぐ坂本を見ながら言った。おそらく坂本は何を聞かれても答えないつもりだったのだろう。そんな事は先ほどからの態度を見ていればわかる。それにおそらく香本が内線で話した内容でやり方を変えてきた。一般常識を知らない口先だけの奴だったら適当に丸め込んでやりたいようにやっていたのだろうが、先に香本に黙秘権のような先手を打たれたのでこのやり方に変えてきた。加えて久保田もいる。ある程度世の中の常識を知っているであろう久保田が何かを突っ込んできたら面倒だと思ったのかもしれない。

「何で私たちの中に犯人がいるって確信したんですか」

「捜査情報ペラペラ喋るわけねえだろ。アニメの見すぎだ、自分たちが対等な立場だとでも思ってんのか。聞かれたことだけしゃべれっつってんのに数秒前に言われたことも覚えてないのかてめぇの頭は」

 相川は普通に聞いただけなのに一方的にまくし立てられ、黙り込んでしまう。恋人である坂本はますます怒り心頭といった感じだ。

「じゃあ聞くぞー。被害者のオヤジとヤった女はいるか」

 あまりな内容に全員が黙った。はあ? という反応や、女性陣は眉間に皺を寄せている。

「いるのかいないのかどっちだ」

「黙秘します」

 はっきりと答えたのは守屋だった。

「取り調べなんだけどな」

「取り調べにも黙秘権があります」

「やましいことがあるって言ってるようなもんだぞ、お前が犯人ってことか」

「あなたのことが嫌いだから答えたくないだけです。他の方だったらお答えします。黙秘権を使っただけで犯人扱いとか漫画の読みすぎなんじゃないですか」

 まるで台本を読むようにすらすらとそう答えると、隣で坂本と相川がくすくすと笑う。特大のブーメランじゃん、とひそひそ話している。


 チラリと刑事らしい男を見る。


 ぞっとした。人形のように無表情、時が止まっているかのようにピクリとも動かない。

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