神使のアケビ
aqri
一日目、夜
アケビ
ハナカマキリというカマキリがいる。真っ白い姿をして白い花に潜むと花と区別がつかなくなる。そうやって蜜を吸いに近づいてきた蝶を大きな鎌で捕らえる。
擬態はありとあらゆる生き物の生きるための手段の一つだ。特に昆虫は擬態が多い。天敵に狙われないように身を隠すためのもの。獲物をとらえるために周囲に溶け込むもの。そうしないと生きていけないからだ。
本物だと思っていたら実は偽物だった。それは、体の大きな人間の目から見てしまえば些細なことだ。他人事でもある。
別に虫にそこまで興味があったわけでもない、好きなわけでもない。でもふと思い出してしまった子供の時のあの嫌な気持ち。いつだっただろうか、山かどこかに行ったときに誰かがアケビが生っていると取ってくれたのだ。手渡されたアケビを受け入れることができなかった。繭に入った大きな芋虫にしか見えなかったからだ。
目の前に出されたアケビを見て固まってしまった
「いかがなされました?」
「あ、いや。すみません、実はアケビ苦手で」
「あら、そうなんですね。では代わりの甘味をお出しします」
「いえ、お茶でいいです」
かしこまりました、と丁寧に言うとアケビをさげた。隣にいた木村教授がほろ酔い状態で覗き込んできた。
「なんだ、香本はアケビが嫌いなのか。裏の山で取れたっていう、この旅館ご自慢の一品なのに」
声が大きいし大きなお世話。酔っているから尚更だ。だからこの人の隣に誰も座らなかったんだろうなと思う。周囲の人間にあまり好かれていないのは有名だ。あまり耳元で大声を出さないでほしいのだが。
「アケビ独特の甘味が苦手で。ブルーベリーとか、甘酸っぱいのなら好きですけど」
「ブルーベリーとか、女子か!」
何が楽しいのかゲラゲラ笑っている。どうせただの酔っ払いだ、相手にしても無駄だと自分に言い聞かせ適当に相槌をうってから会話を切った。今のアケビのエピソードでも話してやろうかという気持ちになる。
大学のサークルである民話や伝承を研究する集まりなのだが、ただ大学の研究室で本を読んでこれといった成果のない話し合いなどしていても面白くない。そんなことを最初に言い出したのは木村教授本人だ。
そもそもサークルというのは学生の集まりであり教授がでしゃばるものではない。しかしこの教授、自分の興味があることには金を惜しまないし飲み会も好きでよく開催する。自分の自慢話をしたいだけの典型的な中年だが、安い金で飲み食いできると学生が集まりやすい。
今回も何か催しをしてちゃんとした研究結果を出そうと三日ほどの合宿を提案してきた。中高生じゃあるまいし、と思ったが研究結果を大学生コンクールへ応募するという意外としっかりした取り組みに興味がわいた。詳細は現地で、という事でどんな内容なのかはわからないが、謎解きやミステリーのようなものらしい。
このサークルで本当に民話や伝承を研究する目的で入っている者は少ない。香本の見込みでは自分を入れても三人だ。歴史文化専攻の梅沢大志と父親が民族研究をしているという守屋茜。本当に研究だけするなら木村教授を入れてこの四人で終わったのかもしれないが、旅行のためについてきた者が二人と、巻き込まれたであろう助教授が一人。合計七人だ。
この助教授、久保田はいつも木村にこき使われているという印象だ。口数も少なく表情もない、しゃべりがうまい木村にいいように扱われているという印象しかない。
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