10輪め
おだやかな初夏の日差しが、左手につづく道を照らしている。その先には花が咲き乱れる草原があった。
アキレウスは父ペーレウスがくれた愛馬に戦車をひかせ、ミアが落ちないように腕をまわして操縦していた。ミアは足元のゆれを感じながら、アキレウスの胸に背をあずけていた。
「おぼえているか」
アキレウスは唐突に言った。「お前は草原に行くのが好きで、いつも両手いっぱいに花を摘んで帰ったな」
「はい。でも花を摘みに行きたかったのはアキレウスさまと一緒にいられるからでした」
ミアはおだやかに微笑した。
「王城に出仕するまえに、私がアキレウスさまの家をたずねたのをおぼえておられますか」
「よくおぼえている」
「王城に行くのがいやで、あのときはお嫁さんにしてくださいと頼みに行ったのです」
「……」
「でもあなたに会えなくて、家に戻ってしばらく泣いていました」
「おれはミアをさがして王城に向かう道や草原に行ってしまったのか」
「はい。でもそれを聞いたとき、嬉しかった……」
ミアはアキレウスを見上げ、そっと手で彼の頬にふれた。アキレウスは優しくそれに応えた。やわらかく重ねた唇は深くなり、互いの若さを感じあった。
唇がはなれると、アキレウスはミアに言った。
「おれはこれから戦に出る。待っていてくれるか」
「もちろんです」
英雄の妻として覚悟していますから、とミアはほほえんだ。アキレウスはその表情がたまらなく愛おしくて耳元でささやいた。
「英雄の妻になるということは、その子供を産むということだぞ」
そう言って、ミアの腹をやさしくなぜた。赤面したミアに「まだ子どもだな」とアキレウスはからかう。
ミアの髪飾りに手を伸ばし、おもむろに外した。
「おまえには宝石よりもこちらのほうがいい」
アキレウスは花の冠をミアの頭にのせ、抱き寄せた。彼女の髪からは花のあまい香りがした。
伝説にはこうある。アキレウスとリュコメデス王の娘とのあいだに男の子が生まれ、エペイロス王家の開祖となった。アレクサンドロス3世(アレクサンダー大王)はその子孫である。
<花の冠・おわり>
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