なぜか気になるあいつのサイズ

 タワーマンションのエントランスから、あくびをしながらJKがでてきた。

 世良せらだ。

 毎朝、わざわざ見える場所で着替えをしていた姉のおかげか、女子の制服の着こなしもばっちりである。


「……おはよ」

「おう、美玖みくじゃねーか」


 と、世良は〈自分の体〉に向かって手をふった。

 スクールバッグの持ち手を両手でもった姿勢で木陰こかげに立つ男子。


「どうしたんだ? なんかあったのか?」

「いやその……いっしょに登校しようと思って……」

「おいおい。いつのまにおれにホれたんだよ」

「ちがっ⁉ そうじゃなくて、あなた言ってたでしょ」

「なにを?」

「家を出れば七人の敵がなんとかって……襲われたらシャレになんないんだから、ちゃんとボディーガードしてよね?」


 かかっ、と世良はおかしかった。

 外面そとづらをみれば、屈強な男が細腕の女子にボディーガードをお願いしているという構図だからだ。


「いいぜ。じゃいくか」

「ちょっと」


 先を行こうとする世良の腕をつかむ。


太一たいちは……弟はどうだったの? ひどいことされてなかった?」

「カツアゲされそーになってアタマぶん殴られて病院。だがケガはなくて精密検査でも問題ナシ。一ミリも気にするこたねーよ」


 タワマンから最寄りのバス停まで、二人は並木道を歩いていた。

 両サイドのイチョウが、黄色くなった葉をはらはらと落としてくる。


「そっか、良かった……。え? 待って? もしかして昨日、弟と話したの?」

「したよ。そしたら、犯されそうになってさー」

「な――――――――――‼‼‼」

「すんでのところで肘鉄ひじてついれて、まー、事なきは得たんだが」

「な……な……」

「心配いらねーよ。お姉ちゃんは好きな男がいるからあきらめろって、しっかりクギをさしといたからよ」


 なー! と叫びながら美玖は世良の華奢な肩をつかむ。


「やばすぎ! 大事件じゃないのっ! それを……お昼ごはんの話題みたいにさらっと言わないでよ!」

「昼は食堂でカツ丼の予定だ」

「そうじゃなくってっっっ‼」

「どうしたんだよ、そんなカッカして」

「……信じられない。なんてマイペースな人なの」そこで美玖は深呼吸した。澄んだ秋の朝の空気。かすかにキンモクセイの香りがする。「それで……太一には、暴力ふるってないでしょうね?」

「当たり前だろ。肘うちも、たんなる正当防衛だぞ?」


 バスの停留所についた。

 スーツ姿の男女が5人ほど並んでいて、その最後尾につく。


「はー……」美玖が口をひらく。「これから私たち、どうしたらいいの」

「結婚するしかねーな」


 美玖の疑問に対し、世良はかなり斜め上の回答をした。

 もちろん、本気では言っていない。彼女をリラックスさせようとしただけだ。

 彼らの会話が耳に入った、バスの列にならぶ全員が「おっ?」という好奇の視線を向けた。高校生のカップルが「結婚」とか口にしていたら、注目を集めて当然だろう。


「あはは……」


 美玖は笑ってごまかした。今朝はヒゲをそるのを忘れて、あごのあたりに無精ひげがある。


「面白い冗談いうんだから、こ、こいつめっ」


 ぴん、と世良のおでこを指で押す。

 ニイ、と口元だけで笑う世良。

 バスがきた。

 どうか今日も何事もなく終わりますように! と心から願う美玖だった。


 ◆


 じつはウワサはきいていた。

 うちの学校に、手に負えないほどケンカが強い男子がいることを。

 悠馬ゆうまもいつだったか、彼の話をしていた。「あの人はやばいよ」と、まるで男の子が好きなプロボクサーや格闘家を語るときみたいに、すこしリスペクトをこめた口調で。


(確かにやばい……やばすぎ)


 正門、正面玄関、廊下、階段――と、教室までのルートのすべての場所で、みんながササッと道をあける。

 自分が、めっちゃビビられてる。

 こんな感覚は、はじめてだ。

 これが強くてイカついヒトの世界なの? と、うしろをふりかえったが、そこにもう世良はいなかった。

 彼とは、学校に最寄りのバス停に到着したときに、


「わるいけど……ならんで歩いたら登校デートみたくなるから……」

「わかってるよ」


 というやりとりをした。

 そして世良は彼女の少しうしろを歩いた。

 学校の正門を入っていくのを見届けると――


(よし。学校の中にいれば、美玖おれは安全だな)


 ――くるっと体をターンさせた。

 今日は無断欠席してでも、彼には行きたい場所がある。

 それは、倉敷くらしきが通う工業高校だった。

 その学校は、ここから歩いて行ける距離にある。


「なつかしいなー」


 世良はつい、声に出してつぶやいた。

 目の前にそびえる校舎。

 正面玄関の前に横に長い階段が5段あって、そこにずらっとワルそうなのが腰を下ろして談笑している。たまに、気の弱そうな一般生徒たちが彼らをよけて階段を上がっていく。学校は共学なのだが、男子の比率がやけに高い。


「おい」


 適当なヤンキーに声をかけ、頭を小突いた瞬間――


「元気でよろしい」


 ――ケンカになった。

 相手が女子だろうが、彼らは容赦しない。けっして手は抜いていなかった。

 その結果が、惨敗である。


「やっぱ相手にならねー。あいつじゃなきゃ、張り合いがねーな」

「……う……キサマ……なにもんだよ」

「きょうだい思いのかわい子ちゃんだよ」ヤンキー座りして、地面に倒れている男子に問いかける。「なあ、倉敷を呼んできてくれないか? おれもできれば、よそのガッコに不法侵入とかしたくねーんだ」


 そこから時間はかからなかった。

 相手のほうから、飛んできたのだ。

 文字どおり、5段の階段の一番上から、世良に向かって元気よくダイブしてきた。


「会いたかったですよ~~~! エイジさ~~~~ん!」


 すっ、とアフロの大男をかわす世良。

 おっと、と体勢をくずしながらも、倉敷は転倒しなかった。

 すぐに方向転換し、世良(体は美玖)のほうへ突進する。


「エイ…………」

「しつこい」


 ぐーっと、ほっぺを押す。 


「さ、最高……。この手のひらごしに、あなたの愛情を感じるっス!」

「バカいってんじゃねー」


 ほっぺから手をはなす世良。

 灰色のブレザーのえりを正し、倉敷はキメ顔をつくって言う。


「本日は、どのようなご用件で? この不肖ふしょうクラシキ、どんな命令だってお受けします!」


 キラキラした、従順な犬のような目を世良に向けている。

 今日も今日とて、ボリューミーなアフロは健在だ。

 世良は片方の目をキュッと細めた。


(やっぱりおかしいぜ……こいつが、中坊からカツアゲなんかするとは思えねー)


「なあ」

「はい、なんでしょう!」

「おまえ以外で、アフロでヤンチャしてるバカっているか?」

「いやいや」と倉敷は手を左右にふる。「いませんね。日本全国っていうレベルならいるかもですけど、すくなくともこのへんには……」人差し指で自分の頭をさす。「ところで、これイケてると思いません? 格闘家でトニー・バレントっていうのがいて、その人をリスペクトしてアフロにしてんスけど」


 そのとき、倉敷さんちょっと、と横から声がかかった。

 以下、耳打ちで世良には聞こえていない。


「もしかしたら、あの話かもしれないですね」

「あの話だと?」

「倉敷さんの〈なりすまし〉がいるって話です。昨日も、なんかどっかの中坊とモメたとか……」

「本当か?」

「ええ。たぶんアフロのカツラとか使ってるのかと……倉敷さん、思い切ってその髪型やめてみませんか?」

「ふっ。これはおれのスタイルであってポリシーだ! やめられるか!」


 そのかん、世良のほうも一人で考えていた。


 まだ倉敷がクロの可能性もあるが、とにかくこいつをコマとして使ったほうがいいだろう。

 つまり美玖の弟の太一を襲った犯人を、こいつに調査させちまおう。

 ってことは、おれがこの美玖の体に入っていることはナイショにすべきだな。

 なんたって、倉敷とおれは犬猿の仲なんだから。


「よう、ひそひそ話は終わったかい?」

「あっ! これはその……あなたに聞かせるまでもない内容でして」

「ライン」

「えっ、なんですか?」

「ライン交換だ。文句あるか?」


 めっそうもない、と倉敷は画面がバキバキに割れたスマホをとりだす。


「不肖クラシキ、感激ですっ!」

「じゃー、なんかあったらおれに連絡よこせよ。イの一番にな」

「わかりま……あれ? あなたのお名前って『エイジ』さんじゃなかったんですか?」


 世良は美玖のピンクのくちびるをななめに曲げた。

 おれは永次えいじだよ、と胸の内でひとり言をいう。


 さて、その日の放課後。


 美玖は緊張の面持ちで、橋につづく道を歩いていた。

 一級河川【幸寒川こうかんがわ】にかかる、あの橋をめざして。

 世良の体で幼なじみの悠馬ゆうまに告白してしまった、インネンの橋だ。

 頭上は、燃えるような夕焼けの空。


(あー、もー、なんでこんなことに……)


 発端は、世良の机に入っていた一枚の手紙だった。

 そこには「あなたに挑戦します。」という文字と、地図つきで場所が書かれていた。


(こんなときにかぎって、マキって人もつかまらないし)


 真木まきとは、世良の親友だ。

 彼がもっとも頼りにしている友人で、ケンカもつよい。

 だが、彼にはサボリ癖があって、ときどきズル休みをする。今日のように。


(やっぱりムシしたほうがよかったのかなぁ……)


 いいえ、と美玖は首をふった。

 彼女は成績が良く、物事も論理的に考えることができる。

 すなわち、


・挑戦状をムシ→世良がビビッて行かなかったと評判がたつ→ビビってるなら自分がケンカしてやろうという人が出てくる


 という筋道が予想され、そのゆきつく先は望まぬケンカからの〈退学〉である。

 それは避けなければならない。

 ダムは、ありけた小さな穴から決壊するという。

 そうならないように、はやい段階から逃げてはいけないのだ。

 立ち向かわなければならない。


(あれ? ほんとに……ここ?)


 日光の当たりかたで、夕方にハートの形が出来上がる橋の下。

 ちなみに、不良のたまり場やケンカの場所として選ばれるのは、逆サイドの河川敷だ。


「あっ」


 世良をみて、びくっと動いて声をあげた人影。


「来てくれたん……ですね?」


 センがほそく、どこかなよなよした感じの男子。

 とても、これからケンカをやろうというふうには見えない。


「世良先輩」

「あなた……じゃなくて、おまえか、おれを呼びだしたのは」

「あの、すみません、手紙で『挑戦』とか書いて……ああいう書き方じゃないと、先輩は来てくれないと思いましたので」


 言い終わると、スクールバッグを足元においた。

 そのままジッパーをあけて、なにかを取り出している。

 内心、美玖はガクブルだった。

 なにを出す気? やめてよ、ナイフだのメリケンサックだの――――


「これを」


 差し出されたのは、


「クッキー?」

「はい!」


 なんだ~、と安心すると同時に、美玖はピンときた。


(この子、世良このひとが好きなのね)


 美玖は、というより女子は、おおむね好意というものにさとい。

 敏いからこそ、それが相手に伝わりすぎたりしないようにコントロールできたりもする。


(こんなに目を輝かせちゃって……好きのビーム出まくりじゃない)


 美玖はその男子を観察した。

 サイズ感ばっちりのブレザー、ちゃんと結ばれたネクタイ、折り目がはっきり出てるズボン、おとなしい革靴。

 真面目だ。

 耳にかかるぐらいの黒髪をサラッといい感じに流していて、顔つきは中性的。


(女の子みたい)


 くす、と美玖は笑ってしまった。

 こんな男の子に、つい数秒前までビクビクしてたのかと思ったら、おかしくてしょうがない。


「ね」

「は、はい!」

「それ、いっしょに食べようよ」


 背中を押して、土手へあがる階段のところに移動する。

 そこに横にならんで座った。


「おいしい! やばい!」

「やばい……ですか」

「手作りでしょ?」

「そ、そうです。今日の調理実習で……」

「キミ一年生?」

「はい。えっと、やなぎっていいます」

「よく見たら美形だね~。モテるでしょ?」

「いえ、ぼくなんか……はは」


 下を向いて、柳はもじもじしている。

 ここで美玖に、いたずら心がわいた。

 女の子同士で、じゃれあって胸をさわったりすることがある。

 その逆バージョン。

 男の子たちだって、きっとふざけて〈そこ〉をさわり合ったりすることがある、と思った。


「えい」


 誓って、美玖には悪気はなかった。

 ほんの冗談のつもりだったのだ。

 時間がとまった。

 柳の股間に手をのばしてふれた〈そこ〉の感触が、予想外だったのだ。


(やばすぎ……っていうか、なんでこの状況でこんなになってるわけ?)


 大きい。大きすぎる。

 その戸惑とまどいいで心拍数が上がったためか、その状態が美玖にも伝染してしまった。

 ってきたのだ。


「ふいうちですか?」

「えっ……」


 柳は微笑を浮かべて、ゆっくりと立ち上がった。


「先輩って意外とそういうことするんですね。でもぼく、スキンシップは嫌いじゃないので」

「えっ、えっ」

「じゃあ今日はこれで……またぼくと、おしゃべりして下さいね」


 失礼します、と会釈えしゃくして彼は立ち去った。

 信じられない。

 立ち上がれて、あまつさえ走れるなんて……〈ここ〉が〈こう〉なったときって、そんな動作できないでしょ――――


(!)


 ちがう。

 そうじゃなくて。

 あの子は、最初から、ってなかったんだ。

 勃ってないから、立ったり走ったりできるんだ。

 あれ?

 ということは、あの子のほうが標準サイズ?

 もしかして私のって、小さいの?


 美玖は夕暮れの河川敷で、スマホとにらめっこした。

 アレの平均の長さを検索するためだ。

 千円札の横幅が15センチということも調べて、ズボンの上からそっとあてがってみる。


(ほっ……なんだ、やっぱりあの子が特別デカいんじゃない……) 


 安心したところで、スマホから顔をあげると、


「きゃっ‼」

「いいところで会ったな、世良ぁ」


 囲まれている。

 いかにもワルそうな連中に。


「おめーにリベンジしようと思って腕がたつのをかき集めてきたんだぜ」


 目の前にいるスキンヘッドに学ランの男が、眉間に深いシワを刻んで言った。こめかみには血管が浮いている。


「世良。終わり――――だッ!」

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