第33話 新米くんの冒険譚(1)

 舞衣と加藤が戦い始めてから、30分が過ぎた頃。2人が森の中を走っていたところ、新米くんが立ち止まった。


「石井さん。やっぱり戻った方が。」


「いや、だめです。舞衣様が仰ったことです。それに、私達があの場に戻っても、舞衣様の邪魔になるだけですよ。いいですか。私達がしなきゃいけないことは、ただ生きて蒼天の城まで戻ることです。」


「でも......」


「それに、戻っている途中で北尊の城へ向かった方々と出会うことができれば、頼んで、舞衣様を助けに戻れます。それに、舞衣様は強いです。今の隼翔の同盟国の中でもトップクラスですよ。負けるわけないじゃないですか。」


 自信を持って言っている、その唇だけは嘘をつけなかった。


「やっぱり、石井さんも不安なんですよね。僕は、戻ります。舞衣様の元へ。その間に、石井さんは助けを求めに行ってください。それでいいですよね?」


 新米くんは、さっきと違い、凛々しい表情になっていた。その顔を見て、石井も決断したようだった。新米くんに約束をした。


「一つ約束してください。あなたは、さっき舞衣様と別れたあの場所に舞衣様がいないことを確認したら、はやく戻ってきてください。」


「分かりました。」


「あ、それと、もう一ついいですか?次会う時は、舞衣様も連れてですよ。絶対ですからね。」


「もちろんです。それじゃあ、行ってきます。」


「気をつけてくださいね。」




 こうして、新米くんは舞衣の元へと、走る。

 もう、この道も3度目となるから、暗い森の中であっても、知り合いの木々に問えば、どこを通ればいいのかが分かる。



 森を抜けると、荒野が広がっていた。


「最初に戦っていた場所だ。」


 しかも、ここからでも東唯の城は見える。もう少しだ。もう少しで見えるはずだ。舞衣様と加藤が戦っている姿が見えるはずだ。


(舞衣と別れてから、すでに1時間以上経っている。)




 だが、東唯の城にどんどん近づいているはずなのに、一向に見当たらない。周りを見渡しながら、進んでいたら、もう、さっき別れた門の前まで着いた。


 が、誰もいない。隈無く探してみたが......。さすがに城の中に入るのは、まずいと勘が申している。

 でも、城の中に舞衣様がいるかもしれないじゃないか。いやいや待て。そうなら、舞衣様はめっちゃ元気か、それかすでに死んでいることになる。それなら、僕が城に行くだけ無駄だ。


 それに、石井さんと約束したんだ。すでに、少し破ってるような気もするけど、できるだけはやく蒼天の城に帰ることが僕にできる最大限の仕事だ。


 新米くんは踵を返し、もう一度さっき通った道へと向かう。

 その道中で、一番可能性があることを思いついた。もしかして、すれ違いになった?それなら、はやく戻らないと。自分が遅くなったら、みんなに心配をかけてしまうかもしれない。



 再び森に入っていく。さっきは使命感に燃えて森を通っていたおかげで、木々を知り合いと錯覚してしまう程に、道標が見えた。でも、今はそんなものはない。

 冷静になってみれば、森はとても怖いもので、地面に落ちている草や枝を踏んだ時に鳴るラップ音にもビビってしまう。


 長い間、森を駆けているうちに、ラップ音にも馴れてきて、足が地面につく、規則的な音が心地よくすら感じる。



 本来は、もう疲れ果てて動けないだろう。


 だって、ここまで蒼天の城から歩いて来て、その後戦をした。さらに、東唯の城まで2度も行き来している。そりゃあ、疲れている。足だって感覚がないほどに。

 その足を動かすのは、君主の舞衣様や、僕のことを行かせてくれた石井さん。それに、一緒に農家から、兵士になることにした友達。

 誰かのために兵士になったのに、誰かに心配されるようじゃ、本末転倒だ。絶対に帰るんだ。胸の高ぶりを強く感じていた。


 そのドキドキを違う意味に変えたのは、たった一瞬のこと。


 自分しか奏でてはいけないはずのラップ音を、他の人が出したのだ。

 しかも、沢山だ。話し声もちらほらと聞こえる。


 新米くんは木で自分の体を隠しながら、敵か味方か探った。


「あー。それにしても、隼翔のやつら、まんまと神谷さんの作戦にハマったな。」


「敵もかなりの作戦だったけどな。神谷さんには勝てないってことだな。俺、一生あの人についていこう。そうすれば、一生安泰だわ。」


「冗談でもそんなこと言うのやめとけよ。あの人にとっては、俺たちは駒なんだから。すぐに捨てられるぞ。今日の東唯の城に残った人みたいに。」


「急に脅かすなよ。でも、確かにそうだな。ただ、そんな神谷さんの悪口言わないほうがいいぜ。誰がチクるか分かんないからな。」


「おうよ。太一だけだわ。本当に信用できるの。」


 新米くんは、特に声が大きくて聞こえやすかった会話に焦点を当てていたが、涙が自然と溢れてきていた。北尊に向かった景泰達の身を案じたからである。


 息を潜んで、敵が通り過ぎるのを長らく待ち、敵がいなくなった時には、緊張の糸が切れていた。どの感情を表せばいいのか。最適解を見つけられないままであった。

 ただ一つ分かるのは、自分が蒼天の城に帰って伝えるべきことを伝えることである。


 そのために駆け出した。

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